イタミ_2014_06

24歳でようやくデビューできた、元漫画学科学生の今だから思うこと。


「30歳で漫画家を諦めるつもりだった。
でも、良い漫画が描けるのはこれからな気がする。」

先日2年ぶりにマンガ学科生の頃の同級生と飲み会をしたときのこと。
一人がつぶやいた言葉に、わたしは共感しました。

マンガ学科を2017年に卒業した私たちは、
もう今年で25歳になろうとしている。

周りは着々とキャリアを積み、職場では後輩だっている。
年収には差が付くばかり。
出せども通らないネームとラフ画は書けどもお金になりやしないし、バイト繋ぎの生活はボーナスがないので金銭的な余裕はない。

それでも可能な限り、漫画を描きたい。

漫画に捕らわれて、ただその一心でこの年齢まで漫画を描き続けてようやくデビューし今ようやく思えたこと・気づけたことについて話します。


そこには後悔もあるし希望もある。


これを見た10代の漫画家志望者がわたしの後悔をどうか生かしてくれたら嬉しいし、希望が未来をイメージする手助けになればいいなと思います。



10代のころは無敵だった。
フリーター漫画家志望の現実


わたしが漫画家になる、と決めたのは
高校1年の終わり頃です。

当時は『諦めさえしなければ漫画家になれる』と思っていましたし、
自分の将来に不安なんて何一つありませんでした。


別にそこに根拠はないけれど、とにかく無敵でした。


周りが安定を求め大学に進んでも、
「なんでみんな夢を諦めるんだろう」
なんて思っていたくらいに。

けれど歳を取るにつれ、
そんな無敵の鎧は徐々に綻びをみせはじめます。


専門学校卒業、わたしは生活を安定をさせるため
一度一般企業に就職しました。

『普通に働きながらマンガを描き、
連載とったらやめてやろう』

なんて考えで入社したものの、
当然仕事を甘くみちゃいけない。


自社他社問わず新商品がでるたびに
家に帰って勉強もしなきゃいけない…
時間がなくて漫画が描けないストレス

お客さんが「いらない」と言っているものを
あの手この手で何度も勧めなきゃいけない
仕事へのストレス

結局職場のトイレで吐いたことをきっかけに半年で退社しました。


その後学生時代働いていた
元バイト先で再度働かせて頂くことに。

業務内容は楽しいし、
アルバイトなので社員に比べ責任感も軽いし
嫌な営業はしなくてもいいし。

最初は「フリーター最高!」と思っていたのですが…

そこから徐々に1年、2年とかけて
将来の展望が見えなくなっていきます。


毎朝バイトの準備をしながら
もやに隠れた10年後に恐怖するようになり

預金を見ては同世代に比べ少ない額に
不安感を憶え心臓は痛くなるし

周りを見て焦燥感に駆られ、

親と話すたびに申し訳ない気持ちで逃げ出したくなるし、


正直言って精神的につらいことが多くなりました。


そうなると人は不安で頭がいっぱいになり、
目の前にすべきことがあるのに手がつかなくなるんですね。

何からしたら良いのかわからない

というかこの不安感をまず片付けたい

女性ならわかると思うのですが、
血の洪水週間(リボーン風に)の前なんかは
気が滅入るわ滅入るわでもうぐだぐだです。


無敵だった私、グッバイ。


それでも。
ここまで落ち込んでもまだ漫画を描いています。

昔知り合いが「漫画家志望者は皆マゾ」と言ってましたが
反論の余地がないですホント。

でもそれでも、「描くしかない」ということは
ひとつ大きい理由だと思います。


私は一般大学に行かず漫画の専門学校に進学しました。

みんながサークルやゼミだとやってる最中
ずっと漫画と向き合っていたんです。


当然学費も当然払っている。

そこで担当編集さんにもついていただき、
今だって未熟者のために時間を割いていただいている。

後には引けない、といった強制感があるのも事実です。


それにやっぱりなりたいんです。
みんなそうだと思いますが…

もし漫画家になるのを辞めて普通の道を選べたら…
さぞ心は軽かろうと思います。
それは同じような境遇の同級生も言っていたこと。


でももし辞めずに続けて
来年連載できる未来があるなら?

10年後にあるのは今と同じ状況ではなく、
アニメ化もされアシスタントも抱える漫画家という自分なら?


結局、そんな希望を捨てきれず
今日までなんとかしがみついているわけです。

ほんとどうしようもないですよね、漫画家志望者って。


変化する価値観、教養は漫画を広げる


そうやって憂鬱で希望に満ちた日々を送りながら
漫画を描いているわけですが。

そんな日々で色々変化していったものも多くあります。

なかでも大きく変化したのは価値観

昔…特に学生時代20歳くらいまでの私は、
勉強大嫌いの無知ガールでした。

日本の地理ですらてんでダメで、
何がどこの特産だとか
山陰地方はどこだとか
全く知りませんでした。


だってバカだとみんなが面白がるし、
困る事なんてなんにもない。


最低限の点数をとって、
ちゃんと留年せず卒業すればいい。


あくまで勉強は
「学生でいるための最低限の義務」

けど社会にでて、無知は恥である
段々と自覚していきます。

別に誰に言われたわけでもない。

「ロンドンはイタリアの首都だよね」なんて
爆弾発言を繰り出す人も周りにいたくらいで、
誰かを手本にしたわけでもない。

ただなぜか、そのように感じるようになっていきました。


きちんと順序立てて話すこと。

綺麗な言葉を使うこと。

過去の偉人や史実を交えて冗談を言えること。

ことわざ使って表現すること。


それこそが「本当のカッコいい大人」であり、

これらこそが漫画をユニークに、
そしてより深いものに仕上げるのに
必要だったのだと気付きます。

ここで一つ、ゲーム実況者の話になるのですが…


皆さん、「○○の主役は我々だ!」という
ゲーム実況チームはご存じでしょうか?

私があの方々の動画を見たのはちょうど20歳くらいのとき。

友人に「これめっちゃ面白いからみて」と勧められた
HoI実況動画がきっかけでした。

(※HoI
・・・Hearts of ironという戦争戦略ゲーム。
各人が各国を担当し、史実になぞらえて起きる戦争や事件を戦略で乗り越えながら自国の領土拡大を目指す。…で合ってるはず。)


HoIというゲーム自体はよくわからないです。
プレイもしたことありません。

「あーなんか操作してるな」
「なんか始まったな」くらいの感覚での視聴でした。

でもわたしはあの動画でようやく
「歴史の面白さ」
を認識します。


歴史は「なにがあった」という
ただのイベントではない。

「こんな人とこんな人がいて、
こんな背景があったからこうなった」

そんな微妙な人のすれ違いや策略、
そして失敗や成功、その結末を見るひとつの物語なんだ、と。



まずは特に大好きな国・イタリアの歴史を調べ始めました。

色んな本を買いあさっては
読んで。読んで。読んで。


そこからイタリアの文化に根付く
「エスプレッソ」の歴史にも
深く関心を寄せるようになり、

合間にエスプレッソを扱う店に足を運んだりして
積極的調べるようになりました。


学生時代には考えられないくらい
本を読んではノートにまとめて。

しかもそれは漫画を作り出すくらい楽しい。

自分がすこし大人になったような気分になり
少し心が軽くなったような気もしました。


知ることが楽しいとようやく気付くと、
そこからドイツやイギリスのコーヒー文化にも触れるように。

わたしはコーヒーを愛飲しているわけではありません。

どっちかというと紅茶のほうが好みですし、
もっというとココアとかのほうが好きです。

あとカフェインを飲むとお腹を壊します。

でもコーヒーの歴史が面白くて、
そのアレンジや飲まれ方が面白くて。


「コーヒーが好きなんです。」


初めての打ち合わせの日。
そんな話を担当編集さんにすると、「面白そうだね」と一言。

そうして生まれたのが今回デビュー作となった
『一杯分のファンタジスタ』
でした。



価値観の変化が作品を変えた。


先にも話した通り、学生時代のわたしは
本当に勉強もしないし学びもしない

知ろうともしない無知な漫画家でした。


ですが少し歳もとり、大人になった。

色んなことを知りたい、
知識を深めたいと思うようになった。


若くてもデビューできる人はいる。
素晴らしい作品を描ける人はいる。

でもそれはほんの一握りです。


「一握り」を学生の頃のわたしは
きちんと理解していなかったんだと思います。

わたしたちはそのほんの一握りを
「漫画家」という小さなグループで見ている。

でも実際「漫画家志望者」
何十倍も大きなグループで。

そのなかに何人、そんな人がいるかというと
いたらとっくに漫画家になってるだろうから
いないと思うんですよね。


わたしの漫画家への道は、
今ようやく歩き出したところなんじゃないかな…

少し大人になって、
社会に触れて、
世の酸いと甘いをちょっとだけ理解して、

教養の大切さを知って、
学ぶことの楽しさを知って、
色んなところにアンテナを張って
色んなものを取り入れる努力をする。


良い漫画が描けるのは、
これからだと思うんです。

24歳、焦りもあるし
不安感もあるけれど

まだまだこれからだぞ、と。



公開された漫画を自分で読んでおもった。やっぱり漫画は最高だ!


上までの文章は
漫画が掲載されると決まって、載るまでの間に描いたものです。

今わたしは自身の漫画が世界に発信されたのを見届けて、
この締めくくりの文章を書いています。


よくTVCMとかみてて思うことがあります。

「CMになってる会社に勤めてる人は
自身の会社がTVにでてるのを見てどう思うんだろう。」

今回わたしは自分の作品が
誰かの手で私の作品がネットに公開される
という経験をしたわけです。


前日の夕方くらいから手の震えが止まらなくて、
夜中2時くらいまでベッドでおじさんを何十人も描いてました(?)。


今日は朝から何回もサイトを更新したりして。

昔、艦これのサーバーをゲットするために
サイトに張り付いていたことを思い出したりしました。


公開された作品は表紙にタイトルが飾られ、
サブタイトルみたいなものまでつけてもらっていて。

一気に緊張が興奮に変わっていきました。


沢山の方から読んだよ、とメッセージを頂き
みんな細かいところまで見てくださって…

本当によかった、とカリーナとセオドア、ロベルトに
抱き着きたい気持ちでいっぱいです。


今作は作画も結構時間がかかり、
前で話した通り仕事が変わったりもして
大変ではあったのですが。

みなさんの言葉を読み
また自分のこの胸の感情をかみしめて思うんです。


あぁ、やっぱり漫画は最高だ!と。





橘 いくに

日本生まれのイタリア大好き漫画家です。好きすぎて留学してました。漫画をきっかけにイタリアに興味をもち、5年以上とあるカフェでバリスタとして勤務していました。