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結局ヨガ哲学って何なの?(前編)

さて、今日と明日はガチなヨガ哲学のお話です。いつも話すように、ヨガ哲学は理解するものではなく感得するものであり、感得したものを日常で使用することによって初めてその意味をなします。

机の上の知識を増やしたところで、それを活用する機会がなければ意味がありませんよね。
(※僕たちはヨガの学者や研究者ではない)

ヨガ哲学を日常で活用するためには、いかにシンプルに、そしていかに自分流の調理をするかという部分が大事なのですが、そのためには本物を知っておくことも大事だと考えています。

ということで今日と明日はちょっとガチなヨガ哲学のお勉強回にしてみました。興味がある方はぜひお読みください。


インドに哲学が生まれるまで

紀元前1500年頃、インドより少し北の西トルキスタンの平原部で牧畜を営んでいたアーリヤ人という人種が波状的に移動を始め、その一部が北西インドに侵入してきました。

アーリヤ人は『ヴェーダ』という、供物や犠牲獣を聖火に投じ、ソーマという酒を神様に捧げて福を得るというような儀式を重んずる宗教を持っていました。

何やら怪しいイメージですが、よく考えたら仏壇にはお供えものがありますし、ロウソクや線香の火もあります。結婚式やお葬式、地域のお祭りなどのいわゆる儀式では、必ずと言っていいほどお酒があります。
そう考えると、僕たちが日常で当たり前にやっている行為は、ヨガ哲学の元であるこのヴェーダ由来のものがたくさんあるのです。

このヴェーダの儀式は時代とともにどんどん複雑化、そして大規模化していきました。その結果、儀式にかけられる費用は社会で負担できるレベルを超え、どんどん民衆からの支持を得られなくなっていきました。
※バラモン(儀式を担当する僧侶)が調子に乗り過ぎた結果です。

こういった社会の流れがあり、民衆の意識は儀式そのものよりも、その儀式の意味や理由といった「知識」の部分に向けられていったのです。

儀式→知識

この知識をまとめたものを「ウパニシャッド」といって、ここをヨガ哲学のはじまりと言っても良いのではないでしょうか。

ウパニシャッドは別名ヴェーダンタ(ヴェーダの終わり)といって、儀式の終わりと知識のはじまりを示しています。


6つに別れたヨガ哲学

ウパニシャッドの後、仏教やジャイナ教などの新しい宗教が出来ました。これまでのカースト制のようなヒエラルキーの無い平等主義ということもあり、民衆からの支持を集めていき、これら新興宗教の教えを学問として研究されるようになっていきました。

このように宗教の学説を体系化する流れが生まれ、インド(ヴェーダ由来のバラモン教)は以下の6つの流派に別れました。

①サーンキヤ学派
②ヨーガ学派
③ミーマンサー学派
④ヴェーダンタ学派
⑤ヴァイシェーシカ学派
⑥ニヤーヤ学派

これらをシャッド・ダルシャナ(六派哲学)と呼びます。このように哲学が体系化され6つの流派に別れていったのですが、これがなんと紀元前から始まった流れというのが驚きですね。

ちなみに、僕たちが普段何気なく使っている「ヨガ哲学」という言葉は実は結構曖昧で、②ヨーガ学派の教えを指すこともあれば、別の学派の教えの話をすることもあるのです。

明日は6つの学派の中から、いわゆるヨガ哲学に関係の深い部分を中心に解説していきます。

つづく

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