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おさけと上手につきあえるようになったと思ったのは勘違いだった

とてもイレギュラーで、数日だけ船に乗っていません。だから、久々に陸上でお酒を飲みました。

酔っ払ったーーー

楽しい飲み会だったけど。

酔ったときの自分を後悔するのは、普段わたしの奥底に沈めている自己顕示欲やチヤホヤされたい願望がアルコールの摂取量に比例して顔を出してきて、それが最大値に達すると、私を見て!見て!な人間になるからだ。そういうことに5年前くらいから気付いては、いる。

とくに、男性のいる飲み会での自分が嫌いだ。

格好いい女性に憧れて、なんとなく女扱いをされたくないがために積み重ねているいろんな種類のバリアが外れていくと、今度は「女性が嫌いな女性の仕草」百選に載っていそうな(だけど似合わない)ぶりっ子をする自分が顔を出す。普段はみんな違ってみんないいみたいなスタンスを装ってるくせに、自分が可愛いと思う子ばっかり、可愛い可愛いと伝えてしまう。ホストに行ったら一番ハマりやすいタイプの人だと思うし、実際以前知り合いのホストたちと(彼らはプライベートで)飲み会をしたときに一番ハマりそうとお墨付きを頂いた。だから行かないけど。

しかし女姉妹で、しかも高校を女子ばかりの環境に身を置いていたから、どんなに「男女関係なく友達になれます」を気取っていても本質的には“男女は別の生き物”っていうのがあって、だからこそ男性にチヤホヤされたいという感情を抱くんだと思う。

結局どう足掻いても私の本質はそれで、だから普段はそういうタイプの人間があまり得意ではないのだ。(本当はそんな自分も許容して曝け出せるさまが羨ましいのかもしれない)

わたしもここ数年は、そんな自分の本質を少しずつ愛して許容してあげて、その上に新しい考えや人との付き合い方積み重ねてなかなか壊れない頑丈な地層を作りたいと考えているのだけれど、アルコールというドリルはまだまだ脆い私の地層を定期的にブッ壊して最下層まで貫いていく。

やっぱり、冷静に酔った自分を思い出しながらこれを書いていても恥ずかしいし、そういう自分を認めるのはキツイ。徐々に自分の本質が普段装ってる自分に侵食されていけばいいのに。

というか飲まなければいい話なのだけど、

結局そこは自分の弱さで武装し続けているのが辛いのだ。

そうやって定期的にアルコールのせいにして曝け出さないと、やってられないんだと思う。

でもこういう部分を自分で言葉に出来るようになった事自体、少しはそんな自分も許せたのかもしないなあと思うことにして後悔に区切りをつけようと思います。(諦めともいうかもしれないけど)


追伸 : 毎度毎度自分語りの文章ばかり綴ってすぐに公開できる。私にとってnoteはアルコールと同じ作用を引き起こしているようです。

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