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楢葉の風③

神保です。福島県・楢葉町の旅のつれづれ、早くも3つめです。本当につれづれっとしているので、ラフな気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。バックナンバーはこちら。

2023年11月18日。旅の1日目、夜。現地の堺さんの案内で、旅するたたき場メンバーの神保治暉・山本史織・山田朋佳の3人は東日本大震災・原子力災害伝承館の見学を終え、宿泊先である堺さんのご自宅へ向かいました。


スーパーでみつけた鶏白湯スープの鍋

鶏白湯の雑談セット

やっぱり、食べながら話すって本当にいい。雑談すごく好きなんだけど、雑談するのはやや苦手で。どうしても「いまこれ、何の話?」とか考えちゃうし、相手の言っていることを「理解」しようとしすぎちゃう。でも、食べながらの雑談は、なぜかはかどる。車の中での会話は、雑談というよりは、刺激的な議論って感じがするけど、みんなで鍋を囲んで話したのは、紛れもなく雑談だった。

議論も雑談も、ことばのセッションであることに変わりはないんだけど、雑談のほうが、必要に迫られている感じがない。結論に急かされないし。というか、その「場」の本質が、会話の意味内容ではないところに置かれている気がする。

僕がそもそも、あらゆる場での過ごし方において、自分の中での目的と意図をハッキリさせたいタイプなので、それで雑談が苦手なのかな、と思ったりもするんだけど、でも、カフェとかでおしゃべりするのも好きだしな。いやでも、やっぱりそれは、「今はこの人とお茶しながらおしゃべりする時間だ」とあらかじめ認識しておいたほうが安心するし、そうじゃないと無駄な時間を過ごしているような気がしてしまう。

でも、無駄な時間なんていうものはそもそもないし、いや、無駄な時間こそ一番大事とさえ思っている、信じている。でも、無目的でいることが心地よくないんだ、多分。だから「無目的」を目的として設定することさえある。真面目さゆえのジレンマだろうか。

このジレンマについて、実は似たようなもどかしさを、楢葉町に来る前にも感じていた。

目的地周辺です、案内を終了します

史織さんと、旅するたたき場として申請できるかもしれない助成金や公募についていろいろ調べていたときに、それこそ雑談的な流れの中で、このチームの活動内容を第三者にもっとわかりやすく説明するにはどうしたらいいのか、という話題になった。

旅するたたき場は、旅をして、旅先で出会う人や場所と交流し、そこにあるものや人とセッションしながら舞台芸術を立ち上げていくことを志す舞台芸術ユニットだ。しかし、いくつか助成金の申請書をつくっていくうちに、「自分たちの旅の目的ってなんだろう?」という、いまさら八兵衛すぎる問題にぶち当たった。

僕がこのユニットでやりたいことは「舞台芸術(とその創作過程)をフラットでオープンな交流の場にする」ことで、中身を作ることは最大の目的ではない。そもそも、旅するたたき場は、「上演がもつ拘束力をいかに解除するか」を考えていくうちに構想が膨らんでいった舞台芸術ユニットだ。僕はじおらま(神保が主宰する劇団)の結成以来ずっと、「上演」が意味目的を持ちすぎていて、そこに終始するあまり、脱出できなくなってしまうことをどうにかできないかと考えてきた。もしかしたら、「上演をいかに無目的化するか」について考える、と言い換えていいのかもしれない。

世の中はどんどん、無目的なものを排除していく。たとえば。「風の又三郎」を上演したい。しよう。人に声をかけ、場所を借り、創作がはじまる。そうして上演の準備をしていくと、風の又三郎「じゃないもの」が生まれ、それは舞台上からつまみ出される。演出家やプロデューサーだけがそれをするのではない。「場の力」がそれを後押しする。演出家やプロデューサーの強権は、そうした場の力の上に成り立っている。だからなるべく、このユニットでは、演目の内容は決めきらずにいたいし、演出担当者も決めずにいたい(そうか、「作・演出:旅するたたき場」という考え方でもいいかもしれない)。

ひるがえって近年、「じゃないもの」に、いかにしてスポットライトを当てるか、という流れも起こっていると感じる。それはそれでいいと思う。でも、そうすると今度は、「じゃなくないもの」は排除される。こうして舞台の上と舞台の下にはいつだって線が引かれる運命だ。目的を達成しようとすればするほど、その線は強く、濃くなる。では無目的を目的とした場合、どうなるだろう。やっぱり「無目的じゃないもの」を排除してしまうだろうか。

と、鍋の湯気に視界がくもって、ここでようやく、雑談の話に戻る。そう、雑談がはかどっているとき、それはきっと「場」に何かほかの目的があって、会話自体が目的になってしまわないときなのではないか。つまりたとえば、場の本質が鍋にあるとき、会話は無目的化されていて、だから雑談が可能になる。じゃあ舞台芸術を無目的化するために、僕たちはもしかしたら、このまま鍋を食べて語らっていたらいいんじゃないか!?

そうなのか!?

じゃ、みんな集めて鍋パーティでも開くか!?

「鍋」ってすごいことばだな。器が料理名じゃん。丼もそうか。

この章タイトルをどうしようか考えていたら、ふとあの、カーナビから聞こえてくる声を思い出した。「目的地周辺です。案内を終了します。運転お疲れ様でした。ここまでの所要時間は・・・」最近のカーナビはこんなに喋らないのかな。子供の頃、両親の運転で遠出したときによく聞こえてきた音だった。子供ながらに、いやまだ着いてないでしょ、終了早いって、と思っていた。

カーナビなしで旅するってわけでもないんだもんなあ。まあナビはなかったとしても、どんな旅も目的地は都度設定する。それすらも設定せずに旅することもできるけど、じゃあ旅するたたき場はどうだろう。もう近いところまで来ているはずなのに。

楢葉の風

「楢葉の風」は、キリッとしていてふんわり濁りが香るお酒だった。史織さんがお土産に持ってきてくれた新潟のお酒と飲み比べると、甘みも強かったような気がする。

夜が深まってきて、風がガタガタと木戸や窓を叩いた。その時もやっぱり、まわりに人がいない感じがした。この鍋、堺さんのご自宅でいただいたんだけど、堺さんはそこに住んで以降、夜になると一人は寂しいと言っていたのが印象的だった。テレビ台にはニンテンドースイッチがいつでもプレイしやすそうな形で置かれていた。

このあたりの人々が飲みの場を開く場合は、泊まりがけで開催するか、いわきまで行って、代行かタクシーで帰るというパターンもあるそうだ。近くに遅くまでやっている居酒屋は、ない。夜になると、町の果てまで闇にまぎれて、ぽつりぽつりと窓の形が薄く光っているばかりだ。堺さんがふすまを開け放って広間にしてくれたその和室で、僕たちは明かりをつけて飲み食いしていた。

東京だったら近所迷惑になるのかな、なんてことも一瞬よぎった。またガタガタと風の音が鳴ると、朋佳が「ちょっと怖い」というようなことを言った。僕はその感覚がわからなかった。

夕食の場では、来年の冬の発表のことや、みんなのそれぞれのことの話もした。震災のときどうしてた、とか。僕はちょうど、Mステの生放送に向かおうと中学校を早退して、最寄駅で電車に乗り込んだ瞬間だった。なかなか発車しなくて、電車が揺れだして、でもそれは、なにか体の大きな人でも乗り込んだのかな? くらいの揺れにしか思っていなくて、駅員か誰かの、電車を降りてください、的な声が聞こえて外に出ると、立ってられないくらいの揺れの中、動揺する人々が、改札の前で右往左往していたので、僕はそこに混ざった。

確かMステは放送中止になり、翌週あたりかな、NYCが「ユメタマゴ」を歌うはずだった僕たちのステージは、「勇気100%」に変更されてお届けされていた。のを、僕は家で夕食を食べながら見た、うん、これはなぜか鮮明に覚えている。

そうさ100%勇気
もうがんばるしかないさ
この世界中の元気 抱きしめながら
そうさ100%勇気
もうやりきるしかないさ
ぼくたちが持てる輝き
永遠に忘れないでね

「勇気100%」詩:松井五郎

勇気。夢。希望。ことば、ことば、ことば、、、

さて、「ダーク・ツーリズム」ということばを初めて知った。あまりいいことばではないが、悲劇にまつわる場所を訪問する、学びと継承のための観光のことをさすらしい。ピース・ツーリズムと呼ぼうとする向きもあるようだ。福島県は「ホープ・ツーリズム」としてこれを推進している。

ことば、、、

うーん。この、ぐらぐらとした揺らぎは、このぐつぐつとしたものはなんだろう。いや、ぐつぐつは鍋か。鍋がすすみすぎて僕の頭まで沸騰しそうだ。白菜がうまい。肉も魚も。このあたりでとれたものたち。

でも僕たちは鍋職人ではないから。舞台芸術にできることは何だろう。それを考えたい。目的は。僕たちは今度またここに来るとき、何をしに、来るんだろう。楢葉の風を感じて、それで一体、何をすればいいんだろう。どうしてこうも、胸騒ぎがするんだろう。どうしてなぜか、希望のために何かしなくてはいけないような気が起こって、心のオービスが自分を取り締まってしまうんだろう。「それはホープですか?」と己を問い正す声がきこえる。

僕はお腹がいっぱいになってきて、何かヒントがないかと、家を出る直前にリュックに突っ込んだ「自由が上演される(著:渡辺健一郎)」に目を落としながら、みんなの話を聞いていた。食事を終えて消灯後も、しばらく一人でそれを読んだ。

(あ。史織さんが率先して包丁で野菜を切ってくれたりしていたので、次回は僕が率先してやろう。)

翌朝、鍋は雑炊になった。撮影:堺亮裕

次回、ぬくぬく!朝食タイム!!!(からのお散歩)

つづく

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