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011.ノースウェスト・ヴィレッジ

2002.4.30
【連載小説11/260】


不思議な光景である。
まだヒトが住みだして数ヶ月しか経っていないのに、この村にはある種、完成された文明の落ち着きのようなものがある。
それも自然と反発し合わない文明…

完成したばかりの風車はいかにも人工的なデザインで、一瞬、違和感を感じるが、慣れると椰子の樹同様、ずっと以前からそこに根をおろしていたような気がする。
貿易風を受けて回るブレードの音も、草木のそよぎの一種のようだ。

他の村では木づくりの小屋が主流だが、ここにはソーラーパネルで覆われた角ばった建物が目立つ。
が、どうだろう?
太陽光線を反射させるガラス細工の箱たちも、遠目に見れば、きらめく海面の延長でしかないように思える。

多分、圧倒的な自然との量的バランスなのだろう。
ノースウェスト・ヴィレッジの文明景色は、浜辺に打ち上げられたガラスの破片のように、美しく輝いて見えるのである。

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68名。
この村には現在、最も多くの島民が暮らしている。

「文明から距離をおいた南の島で、人類の豊かな未来を検証する」トランスアイランドのプロジェクトにおいて、テクノロジーをテーマとするノースウェスト・ヴィレッジの担う役割は大きい。

他の3村のテーマは、エコロジー、芸術、文学。
これらはある意味で文明から一歩距離を置く価値観だが、これに対して、この村の目的は、エネルギーやネットワークに代表される文明の成果をダイレクトに自然の中に取り込むことにある。

つまり、ノースウェスト・ヴィレッジは、文明と自然という対極の価値観を具体レベルで融合させる使命を大きくもってここにあるだ。

では、そこに暮らす人々を訪ねてみよう。
そのライフスタイルを今風に表現すれば、SOHOそのもの。

各種のプログラムを開発するエンジニア。
ワールドワイドなユーザーを獲得しているオンラインプログラムの制作スタッフ。
時差を利用したトレードに勤しむ金融マン。
ネットマーケティングのアナリスト…
と、現役最前線のワーカーたちである。

彼らのほとんどは、リアルタイムでインターネットにアクセスし、さながら文明国に居るかのごとく仕事をこなしている。
違いがあるとしたら、解き放たれたオフィスの前には太平洋が広がり、穏やかな波が打ち寄せ、心地よい風が吹く…という健全な労働環境と、労働外の時間が非常にプリミティブだということ。

実は、この原始性が大切なのである。
都会に暮らすと、いかに効率よく仕事を済ませても、オフの時間が複雑な「人間関係」に絡めとられる。
完全なプライバシーなど存在しえないのが文明社会に生きるうえでの宿命といってもいいだろう。

これに対して、島に暮らすと、オフタイムも自身で制御可能だ。
静かに書に向かうもよし、星を見上げて酒に酔うもよし、もちろん、心許せる友たちがいれば、彼らとの語らいも優れて上質のプライバシーだ。

オフの時間の充実は、そのままオンタイムの効率を加速するから、ノースウェスト・ヴィレッジの人々は、すでに希有の「豊かな」労働者なのかもしれない。

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最先端のビジネスとか、憧れのワークスタイル。
それらを超高層ビルの最上階のオフィスとか、ジェット機で世界中を飛び回るアクティビティに求めるのも悪くはない。
人類はより高いところを目指し、より遠くへ、より速く到達することを命題に、長い時間を重ねてきたのだから…

だが、未来社会のシナリオは決してひとつではないはず。
我々は、獲得した適性な技術を持って、浜辺や田園や森の中といった、かつて人類が過ごした静かな場所に再び戻る道も、選択肢として存在することを見落としてはならないのだ。

------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

文明と自然は対立軸なのか?
融合するふさわしいカタチはあるのか?
これは90年代に南国の島々を巡りながら常に僕が追いかけていたテーマでした。

今でこそ、地方都市はもちろん、都会から少し離れた場所で当たり前の光景となったソーラーファームですが、20年前はまだまだ珍しく代替エネルギーとして成立になるの?と懐疑的な見方が多かったと思います。

社会課題の解決に向けて「文明と自然を足して2で割って答を出す」という仕掛けが可能であれば良いのですが、直訳すると「太陽熱農場」となるソーラーファームはなかなか粋なネーミングだなと思います。
/江藤誠晃

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