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003.南海のユートピア?

2002.3.5
【連載小説 3/260】


21世紀の今。文明は地球の隅々を全て知り尽くしているといっていい。
新たな大陸や未知なる民族発見の可能性はすでにゼロだ。
が、それはマクロの話。

総論としてのフロンティアの消失も各論には全く通用しない。夢見る者たちのミクロの視点で世界を見れば、辺境は常に無限だ。例えば、トランスアイランドと名付けられたこの島のことを、人類はどれだけ知っていたというのだろう。わずか1年前までここは人類未踏の地だったのである。そして僕はなんとも不思議な成り行きで、その島を目指すセスナの機上にいた。

今から振り返れば、まるでジオラマの世界を覗いていたような感覚。いやPCの前に座ってフライトシュミレーターで精巧に描かれたCGの世界を旅した感覚と例えたほうがいいか…

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太平洋上をハワイから5時間強の飛行。
ボブが指差した先のトランスアイランドは、人間の叡智を超えた何者かの手によって創造された島が忽然とそこに現れた…
そんなイメージで僕の眼に飛び込んできた。
が、セスナが島に近づくにつれ確認できたのは、いたって平凡な南の島の風景だった。

標高の低い、いびつな地形。
中央部がこんもりと茂った緑の小山で、海岸部に椰子の樹たちという植生。
白砂のビーチと崖がとりまく海岸線。
珊瑚礁の有無で変化する打ち寄せる波の大小…

旋廻するセスナから、眼を細めて島を見下ろす僕にボブが端的な解説をくれた。

「島の面積は約25平方キロメートル。島の中央部が海抜50メートルで最も高い。内陸の緑部には様々な南洋植物が植生し、畑に適した土壌も少しある。沿岸は見てのとおり数箇所の断崖以外は全てビーチだ。空からは数種の渡り鳥が飛来し、島を取り巻く海域には多様な魚介類が棲む。加えて海流の関係から、季節によってはクジラやイルカなどの海洋哺乳類を見ることもできる。そして、ここでは我々人間が最も後発の“新種”になる訳だ」

「その人間のための開発は?」と聞くと

「トランスアイランドの基本思想は自然との共生。必要最低限の開発で環境へのインパクトを抑える生活シナリオを模索している。島を周回するメインロードと4エリアをつなぐ数本の道をつくったが、土の道だ。舗装道路は交通上便利だが、土中の微生物に少なからず影響を与えるからね…。衣食住はいたってシンプル。服装はTシャツとジーンズで事足りるし、食事は果実や魚貝類など、有り余る自然の恵みのお裾分けと考えればいい。住居は短時間で建ち上げ可能な木造りの小屋がキットで用意され、大人なら二人で半日あれば組み立てられる。つまりこれらは全てプリミティブ。これに対してインフラはテクノロジーに支えられている。電力は各戸の屋根に着く高性能ソーラーパネルから供給され、加えて風力と波力発電施設が島の数箇所に開発される予定だ。水は浄化設備付きの貯水槽に引き込んで蓄えている。ここは晴天率が高いながらも、毎日のように夕方に降る通り雨だけで生活水は充分確保できる」

「なるほど、で、あのパラボラアンテナは?」
今度は島中央部の建物を指差して質問すると

「あれがコミッティハウス。つまり島の中枢部だ。パラボラが全島民をインターネットで世界につなぐ役割を担っている。トランスアイランドでは無料の高速常時接続ネット環境を出発時点で用意する。着水してあそこへ行ってみよう」

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島北部の穏やかな入り江に着水したセスナから島へ降り立った僕は、ボブの案内でコミッティハウスを訪れ、開発スタッフの面々から様々な設計書や計画図をもとに、建設予定施設や展開予定プロジェクトの説明を受けた。
それらは全てが夢とロマンに溢れ、かつ思想的にも優れたもので感銘を受けた。

その日、ボブと僕は最後に、今いるこのビーチまで来て腰をおろしてあれこれ話をした。

「夢を見てるようだ。こんな空間と時間が可能で、そこに出来るコミュニティが自然と人間の共生を実現するのなら、まさにユートピアだ」

そう感想を述べた僕に対して、ボブの口から意外な言葉が返ってきた。

「ところが、この島には、その存在を脅かす大きな敵がいるんだよ…」

------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】
少し文明社会に疲れていた当時の僕にやすらぎのようなものを与えてくれたのは南の島々で、そこで感じた風や光から明るい未来を手繰り寄せることはできないか?
そんな思いで紡ぎ始めた物語は、時間軸で少し遠くを見て世界と社会を考え直してみようということで2020年をターゲットにしました。
当時の僕にとっては、まだまだ遠い未来で「おそらくその頃には世の中少しは良くなっているはずだよな」という根拠なき願望論がベースだったと思います。

あれから20年、今日のメディアに飛び交うのは、事実上第三次世界大戦の始まりか?と評されるウクライナ問題と、既に2年を経て解決されない、僕らから旅を奪った感染症のニュース。

「この島には、その存在を脅かす大きな敵がいるんだよ…」
ボブがそう語った「敵」のことはこの後ストーリーの中で真名哲也によって詳しく語られていくけど、今も変わらぬ構図で人類を悩ませています。
/江藤誠晃

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