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TRANS ISLAND 儚き島 回顧録

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2002年2月19日から5年間260週間をかけてオンライン配信された連載ネット小説『TRANS ISLAND 儚き島/真名哲也』。スマートフォン黎明期に掌上の端末で読む未来形の小…
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2024年3月の記事一覧

111.奄美の誘惑

2004.3.30 【連載小説111/260】 駅の雑踏の中で一枚のポスターに目が釘付けとなり、暫しその前で身動きできなかった。 大袈裟さではなく、その日本画のポスターはそれほど強烈な印象をもって僕の心に飛び込んできた。 アダンという亜熱帯植物が題材となったそのポスターは、奄美群島日本復帰50周年を記念して大阪の百貨店で開催されているひとりの偉大な画家の作品展のPRポスターだった。 50歳で奄美大島へ移住し、孤独と病と闘う創作生活の後、静かにその地で生涯を終えた画家の

110.陸に浮かぶ島

2004.3.23 【連載小説110/260】 冒頭からクイズを出題しよう。 先週、僕は何処の島を訪ねていたのか? ヒント1 その島は日本の真ん中に位置する。 ヒント2 その島の岸辺に立てば360度に対岸を確認することが可能。 ??? 誰もがおかしいと思うはずだ。 まずは、島は国土の周辺に点在するもので、日本の真ん中に島などあるはずがないという反論。 そして、いかに複雑な地勢的条件(入り組んだ海岸線の傍とか、島の密集地とか)に位置していても、何処かに水平線は存在

109.未知なる国へ

2004.3.16 【連載小説109/260】 今、この瞬間。 小さな液晶画面を通じてこの文面に向かっている貴方は、新たなる時を迎えたといっていい。 「貴方」と記したのは、もちろん、この連載手記を読む全ての「貴方」だ。 そこには大きく分けて2種類の読者が存在するはずである。 まずは、太平洋の真ん中、ミクロネシアとポリネシアの中間海域に浮かぶトランスアイランドという小さな島に暮らす210人の移住者諸氏、すなわち僕の同胞。 そして、もう一方の読者。 そう、日本に暮らし

108.空飛ぶ博物館

2004.3.9 【連載小説108/260】 チャンギ国際空港で出立前の静かな時間を過ごしている。 午前0時30分発の関西国際空港行きJAL便に充分なゆとりをもって22時に空港入りした。 改めて居心地の良い空港だと思う。 喧騒が常の国際空港であるにもかかわらず、ここでは時間がゆったりと流れている。 優れた観光国家シンガポールは、旅立つ者が最後にその身を委ねる空間にまで手を抜かないということなのだろう。 搭乗手続きを済ませた僕は、大きなミュージアムを見学するかのように

107.動物園が博物館になる日

2004.3.2 【連載小説107/260】 19時40分。 自然保護区の森が薄暮から闇夜へと移行する微妙な時間。 多数の見学者を乗せたトラムが滑り出すように動き出す。 シンガポールが世界に誇る観光アトラクション、ナイトサファリのスタートだ。 以前、日本の動物園で夜行性動物展示館なるスペースを訪れたことがある。 公営の動物園ゆえに17時閉園と決まっているから夜の見学ではない。 他の檻から離れて外光を遮断された建物内に人工的に再現された薄暗く狭いスペースがあり、数種の