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ただアオサギを眺めていた

久しぶりの旅先を関西に決めたのはいくつかの理由があるが、二年前、コロナのパンデミックが始まった頃、不安な時を過ごした想い出を清算したい気持ちは強かった。連日大きな損失を生み、かかってくる電話は私にとって不都合なものしかなかった。

気分を変えようと関係者に教えてもらった垂水の漁港に釣りをしに行ったが、いつまた仕事のキャンセル電話があるかと思うと釣りどころではなく、釣り人の鯵をくすねるアオサギをただ眺めていた。


美味しいものを食べるくらいしか自分を慰める方法が思い浮かばず北新地にある「かが万」に飲みに行くと、カウンター越しに職人が気さくに話してくれた。こういう時は自分の事を全く知らない人間と話すに限る。


お任せでつまみながらビールを飲んでいると常連らしき客がやってきたがしばらくすると何も食べずに帰って行った。変だなと思い店員に尋ねると苦笑いを浮かべお茶を濁すので余計に気になって先程来話をしていた職人に改めて尋ねると重い口を開いた。



『お客様が東京からお越しだという事を我々の会話から察知された様で…』



それは東京差別というやつだろうか。いや私に何を言う訳でもなくあちらが退店したのだから差別どころか気遣いかも知れない。どうにも判断は付けられないが一つ間違いない事があって私は静かに傷付いた。そしてその出来事をきっかけに酒を飲む気も失せた。


全てが仕方ないというのが結論なのは分かっていたが日々巻き起こる出来事の一つ一つが私を傷付けた。私は耐え忍ぶ時期なんだと心を抑えて日々の仕事と向き合ったがそれから一週間もしない内に緊急事態宣言が発令され、最後までこだわり抜いた仕事の全てがキャンセルになった。

別に二年前の出来事にトラウマを感じている訳ではない。ただ何か胸につかえるものを感じるから久しぶりに関西に足を運んで気持ちの清算をしたかっただけだ。

大阪最後の食事は「かが万」に行ってみたが、二年前のあの日、私が座っていたカウンターには誰も客はいなかった。私は奥のテーブル席で穏やかな気持ちで松花堂ランチを頂き大阪を後にした。



◾️ネットラヂオ『旅の鳴る木』

最初に『かが万』に行ったのは2017年夏。あるジャズクラブの会長がミュージシャンと私を北新地でもてなしてくれた時に一軒目で利用した。その時の仕事は予算が大きく会長の後ろ盾がなければ成立しなかっただろうから大変感謝している。

久しぶりに大阪に行ったので世話になったジャズクラブに顔を出してみたがそこで会長が亡くなられた事実を知った。沢山の夢の様な公演の実現をありがとうございます。またあの世で豪遊して下さい。

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