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インドネシアの布好きからの贈り物

世界各地に住む、物書き仲間「日本にいないエッセイストクラブ」がつなぐリレーエッセイ。3巡目のお題は「思い出の一品」です。

前回のエッセイと、次のエッセイストを紹介しますので、ぜひ最後までお付き合い願います。これまでの記事は、マガジンでご覧いただけます。
 

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「こんばんは。お渡したいものがあるのですが」
そう言って部屋を訪ねてきたディアナは、リボンをかけた包みを手渡した。

「あ、もしかして、これは……」
お礼を言って受け取ったわたしには、包装紙を開く前から、何か予感めいたものがあった。
包みは大きくはなかったけれど、ずしりとくる重さがあったからだ。

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バティック(インドネシアのろうけつ染め)に使う銅版チャップだった。
模様を染めるために、溶かしたろうを型押しする道具で、実際に使われたものだということもすぐにわかった。
彼女が、わたしのために探してくれたものだということも。

本物の贈り物には、いつも何か物語があると思う。
誰に渡しても構わないような配り物や、ぞんざいに選んだおみやげにはそれがない。

 ▼インドネシア・バティックについてはこちら。

インドネシア・バティックが結んでくれた縁

ディアナは、わたしが泊まっていたホテルのスタッフだった。
声をかけてきたのは彼女の方で、わたしが着ていたバティックのワンピースが気になったらしく、「奥様はバティックがお好きなのですか」とわたしの夫に尋ねたらしい。

そのワンピースは、もう二十年も前にジャワ島の北岸にあるプカロンガンという港町で買った布で仕立てたものだった。
最近ではあまり見かけない柄の手描きだったから、バティック好きなディアナは気になったらしい。

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それがきっかけで、ときどき立ち話をするようになった。
共通の話題はもちろんバティック。
どんな布や作家が好きか話したり、気に入ったお店を教えてもらったりもした。

ディアナもかなり熱の入ったバティック・ファンだが、一度食事をご一緒したディアナの夫君も相当な愛好家だ。
「オールド・バティックは繊維が弱くなっているから、服には向かないってよく言われるんです。でも古布には、最近のものにはない味わいがあって。だからわたしたち、しょっちゅう繕いものをしてるんです。あっちこっちほころびるものだから」
そう話すディアナの傍らで、にこにこしている。
名産地として知られた古都ソロの出身だというのもうなずけた。

特別に選んでくれた贈り物

そうこうしているうちに、わたしたちがジャカルタの滞在を切り上げる日が来た。
お別れに、彼女がプレゼントしてくれたのがチャップだった。
夫君の親戚がバティック工房を経営していたというから、もしかしたら、わざわざ取り寄せてくれたのかもしれない。

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機械で精巧な印刷ができる今、手間の要るチャップはあまり需要がなくなり、薄い銅の板を曲げて仕上る職人技の後継者もいなくなった。

「もう新しいチャップは手に入らないから、わたしたちは今あるものを大事に使っていかなけばなりません」
ソロと並ぶバティックの名産地、ジョグジャカルタの老舗で出会った職人さんが、残念そうに話してくれたのを、わたしは覚えている。

だからチャップは、バティックに興味がない人にとっては、ただの金属の塊かもしれないけれど、関心を寄せる者にとっては失われつつある宝物のようなものだ。
わざわざ探して贈ってくれたことに、ディアナの温かい心遣いを感じて、チャップの重さがずしん、と心に響いた。

ディアナのその後

飛行機の中でも、LCCは持ち込み荷物の制限が厳しい。
なにしろ1キロ近い重さがあるものだから、チャップの重さは少々気がかりだったが、なんとか規定の重さの範囲でスーツケースに収まったので、ほっとした。

持ち帰ったチャップを見るたびに、贈り主のことを懐かしく思い出す。
仕事ぶりが評価されて、ディアナは今、別の街のホテルでマネージャーを務めている。
何年か前に久しぶりに連絡を取ったら、「英語が苦手なので、もっと勉強しなくてはといつも思っているんです」と近況を教えてくれた。

たぶん彼女なら、必要なことは一所懸命勉強するだろう。新しい職場でも、細やかで気持ちのよい接客で、きっとお客さんたちに喜ばれているだろうと思う。
何の行き掛かりもないわたしにさえ、ただバティックが好きだという、ただそれだけの理由で、通り一遍でない対応をしてくれたのだから。

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次のエッセイストは、在インドネシアの武部洋子さんです。
ご存じ『旅の指さし会話帳 インドネシア語』の著者でいらっしゃいますが、あの頃にこの本があったら……!と、大きなイ日辞書を抱えて右往左往していた、わたしにとっては憧れの存在。
どんなお話が飛び出すか、お楽しみに。

前回のエッセイスト、ネルソン水嶋さんの記事はこちら。

思わずどきりとするタイトルですが、ベトナムとは切っても切れない(?)バイクのお話。

海外生活への慣れ方にもいろいろありますが、自分で移動できる手段をもつようになると、世界が広がるのは間違いなし。
車間距離って何の話かと思うような、ベトナムの街なかを、バイクで走れるようになったというのはもう、かなり地元の生活になじんできたということではないかとさえ思います。

実は最近、ベトナムに出かけた知人がバイクと接触、また在ミャンマーの元同僚がバイクを運転中に転倒してけがをした話を聞いたばかり。
バイクは渋滞をすり抜けたりして軽快に動ける分、身を守る点で弱点があり、ラオスでの事故の部分を、はらはらしながら拝読しました。
どなたもどうぞ、安全運転でお願いします。一路平安。



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