2.長野県(日帰り)―2024年2月
正直、迷っていた。
去年の4月にガラッと環境が変わり、何とか適応しようと胃を痛め(そうにな)るほど頑張ってきた。
後にそれは「熱意」とか「融通が利かない」とか、他人の視点で色々と言われるのだけれど、私にとってはただ「慣れるための頑張り」だった。
47都道府県ひとり旅はそんな頑張りのご褒美も兼ねて始めたものなのだ。
月に1回ぐらい、自分の気持ちに正直に旅をするぞ! お泊りの旅だっていっぱいしちゃうんだ!! と思っていたのに。
急にまた、環境が変わることになってしまった。
とても、お泊り旅を楽しんでいる余裕はない。(色んな意味で。)
だからと言って、noteで発信を始めてしまった手前、旅を止めるわけにもいかないし・・・というか、止めたくないし!!!
そんなわけで、日帰りで行けて、いま自分が行きたい場所ってどこだろうと、前日までに山梨か長野の2県まで絞り込んだのだ。
が、それ以上は決められず。電車に揺られながらSNSの情報を色々と見ているうちに、中央線の八王子駅に着いていた。
ホームの電光掲示板には「特急あずさ」の文字。出発まで後3分。
ホームの券売機へ急ぎ、松本行の特急券を購入すると発車のベルが鳴るあずさ3号に飛び乗っていた。(乗車後に、私が乗るべきは別のあずさ号と判明したのだけれど・・・あの時の親切な車掌さん、どうもありがとうございました。)
取り敢えず一息ついて、カバンから文庫本を取り出して読みふける。いくつもの駅を通り過ぎ、トンネルを潜り抜け、ふと顔を上げると、窓の外には吹雪く世界が広がっていた。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった・・・である。
窓の外を眺めながら、また迷っていた。SNSをチェックしていて見つけた「マツモト建築芸術祭 2024 ANNEX」か、前々から行きたいと思っていた「松本市美術館」か。夕方までには帰りたいので、両方に寄っている時間は無い。
結局どちらにするか決められないまま、松本駅に着いてしまった。
悩んだまま改札を出る。と、すぐ目の前に観光案内所が見えた。悩まずに入る。
これまで、観光案内所を利用したことはほとんど無かったのだが、前回の千葉県の旅で観光案内所の情報量の多さに気づき、今回も利用することにした。(ただ、案内所の人に話しかける勇気はまだない。)
カタログスタンドに刺さる束の中の、鮮やかな黄色いフライヤーが目に留まり、1枚スッと引っ張り出す。「マツモト建築芸術祭 2024 ANNEX」と書いてあった。
こうして、悩みに悩んだ行き先がやっと決まったのだ。(大げさなのだ。)
行き先さえ決まればこっちのものだ。先程まで悩んでいたのがウソのように足取りかろやかに目的地を目指す。雪のせいか、駅前にはそれなりにいた人影はどんどん少なくなっていき、いつの間にか一人ぼっちになっていた。
開催場所は松本城の敷地内にあるはずなのに・・・道を間違えたのかな?
スマホの地図アプリを信じつつも、少し不安を覚えながら小川の横道をずんずんと進んでゆく。不意に、車がそこそこ行き交う大通りへと出た。
ちょっと安心し、大通りに沿って広めの歩道を進むと、ほどなく、松本城のお堀にたどり着いた。観光客はほとんどいない。
お堀に架かる橋を渡り、マツモト建築芸術祭 2024 ANNEXのメイン会場である旧松本市立博物館に向かう。
玄関口に鎮座する片目が描かれた黄色いだるまを撮影していると、扉を開けて出て来た係の人が「中の作品も自由に撮影できますよ」と教えてくれた。
その親切にお礼を言い、中に入りカウンターでチケットを購入する。
入口すぐそばに展示されていたピアノの上の福助人形が妙に気になって何枚も写真を撮っていたら、監視員さんに怪訝そうな視線を投げられた。
この展示は、ほかの人たちはそんなに長時間は足を止めないのかな?
その後も、気の向くままに会場内の作品と対峙し、感じ、気に入った作品を写真に収めた。
マツモト建築芸術祭 2024 ANNEXを満喫して外へ出る。満足したら、お腹が空いてきた。
来る途中で見つけた観光情報センターへ戻り、フリースペースでちょっと一息。
そういえば、松本市美術館ってどの辺だっけ? と、駅前の観光案内所で貰った市内の地図を確認すると、どうやら歩いて行ける距離のようだ。
外観だけでも見ておこうかという気分になってきた。
観光情報センターを出て、やっぱり来る途中で見つけて気になっていた大きなカエルの像と、四柱神社の仲見世をチェックする。お蕎麦屋さんはいくつかあるが、閉まっているようだ。
あきらめて、松本市美術館を目指す。カフェは・・・やっていない。鉄板ダイニングバル・・・って気分でもないし。
雪がひらひらと舞降る道を飲食店を物色しながらトコトコと進んでゆくと、「手打ち蕎麦」の幟がはためく雰囲気のある建物が見えてきた。
営業中の木札も出ている。
お蕎麦だ! 長野といったらお蕎麦だ!
ルンルン気分で引き戸をからからと開けて中に入る。先客は二組。穴場のお店を見つけちゃったかな? と思いつつ、席に着く。
出されたお茶をすすりつつ、メニューをめくる。雪降る道を歩いてきて体が冷えているから暖かい方が良いなと思ったのだけれど、暖かいお蕎麦はなさそうだ。あきらめて、もりそばと甘酒を頼む。
お茶をすすりつつ、改めてメニューに目を通す。お店のこだわりが色々と書かれている。もしかして、頑固おやじのお店なのかな・・・? カウンターの奥でお蕎麦をゆでる男性を盗み見る。
そんな私の気持ちとは関係なく、先程お茶を出してくれた女性が「ここの甘酒は地元のお醤油屋さんが作っていて、甘くなくておいしいですよ」と甘酒を持ってきてくれた。
甘くない甘酒? 実は甘ったるいぐらいの方が好きだとは言えず、素直に一口すする。
お? 甘くないのに、美味しいぞ! 今まで飲んだ甘酒の中でも、かなり美味しいぞ!!
ほどなくお蕎麦も運ばれてきた。
「まず一口目は岩塩をかけて食べてください」とのことなので、素直に岩塩をお蕎麦にかけてズズズッとすする。
お、美味しい! 舌に塩味が伝わると同時に、鼻をするっと抜ける蕎麦の香り。
その後も、ネギ、ワサビ、大根おろしと、それぞれの薬味とお蕎麦との相性を楽しみつつ、(たまに岩塩に戻ったりしつつ、)ペロッといただいてしまった。
私がお蕎麦をすすっている間にお客さんがどんどん入ってきて、気が付くと店内は満席になっていた。
もしかして、ここって人気店なのでは? 千葉県旅に続いて、名店見つけちゃったかも?
もう一杯食べたい気持ちと戦いつつ、席を立つ。お会計を済ませ、先程の甘酒を購入できないか聞いてみる。製造している醤油屋さんでしか買えないらしい。しかも、今日は定休日。
それじゃあしかたない。あきらめて「美味しかったです。ごちそう様」とカウンターの中へ声を掛けると、「また来てください」と優しい笑顔が返ってきた。
また、松本に来る理由が出来ちゃったかも。そんなことを思いながら、からからと引き戸を開けてお店を出ると、外に少しずつ人が並び始めていた。
千葉県旅に続いて、入るタイミングも良かったな。
満たされたお腹で松本市美術館へと向かう。
正面入り口には草間彌生さんのオブジェ作品たち。病的な水玉たち。
出入り口の人の動きは落ち着いているから、館内はそれほど混んではなさそうだけれど、やっぱり時間がある時にゆっくりじっくり楽しみたいな。
また松本に来る理由が色々とできて嬉しく、足取り軽く松本駅へと向かう。帰りのチケットを購入したところで、持ってきた文庫本は既に読み終わっていることに気が付いた。
電車の発車までにはまだ時間があるので、駅ビルの中にある本屋で旅の帰りのお供を購入。
残りの時間をお土産屋さんを冷やかして過ごし、帰路へとついた。