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「ブギウギ」、愛子ちゃん

 私は定年前に自主退職をした。
 それまでは、NHKの朝ドラは妻が一生懸命見ていた。
 退職後は一緒に見るようになった。
 非常勤として仕事を頼まれて仕方なく出勤するときには、録画をしてまで見るようになっていた。
 
 見始めると、毎朝のあの15分間は至福の時間と化していた。
 毎朝の視聴の習慣は、妻を亡くした今でも続いている。
 
 そして現在は「ブギウギ」を、自分の部屋で一人で観ている。
 
 2024年3月7日は「マミー」こと「スズちゃん」がアメリカから帰ってきた場面だ。
 
 マミーの娘の「愛子ちゃん」は、物陰からだったか、お手伝いさんの大野さんのうしろからだったか、恥ずかしそうにマミーの顔を見つめていた。
 
 私にとっては、懐かしい映像だった気がしている。
 それは私が二度目のアメリカ留学から帰国して、空港まで迎えに来てくれた子供たちと再会した時のことだ。
 
 息子はもう中学生だったから、それほどではなかったが、娘は小学生だった。
 迎えに来てくれていた大人の陰から顔だけをのぞかせていた。一年後の再会に戸惑いを隠せなかったのだ。
 そして開口一番、大きな声で言った。
 「お父さん、頭真っ白っちゃ」
 これで一同大笑い。
 
 真っ白と言えば、私には取り返しのつかない秘密がある。
 それは私が中学1年の時のことだ。
 
 授業参観日。
 1クラス60人近い生徒。
 保護者は絶対に全員が入ることができない。
 私の母親がやってきた。
 廊下側は窓だ。
 当然窓は開けている。
 保護者が授業を参観できるようにとの配慮だ。
 
 私は廊下の空いた窓から顔をのぞかせた母を見て困惑した。
 母親は、同級生の親たちよりは明らかに老けていたからだ。
 
 「あのおばあさんは誰の?」
 本当のことを言うと、「ばあさん」と言ったのだ。
 「お前んとこか?」
などと大騒ぎなのだ。
 「いや、僕のお母さんとは違うよ
 
 この場面の映像が、この時の自分の言葉が、その後の私の人生の中で
時折姿を現し続けた。
 
 そして、昨日の「ブギウギ」の
愛子の映像で、またもやはっきりと思い出したのだ。
 
私はこの場面の話を
家族のいる場所で話したことは一度もない。
とても話せる話ではない。
母にはもちろんその日も、その後も話せるわけがない。
 
私は何度母親に心の中で謝ったかわからない。
 
その日、帰宅した後は
一人で気まずい時間を過ごしたのだった。

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