歌と、小宇宙

iPodを拾った。正確に言うならば、落とし物として届けられた誰かのiPodを預かったまま、なんだけど。もう何年も前のことだ。

自分自身ちょうど忙しなく生きていた頃で、手渡されたその瞬間は近くに交番もなく、とりあえずカバンの中にしまったそれ。結局お巡りさんの元へ引き渡すこともせず、まるでもともと私の持ち物かのような顔をして今や部屋の中で留守番をしている。時効だ、と自分に言い聞かせてイヤホンを挿してみたのはたった1度だけ。私はiPodの類を買ったことがなかったので、銀色で小ぶりなそれがシャッフル再生しかできないタイプなのだということはグーグル先生に教えてもらった。

再生ボタンを押すと、ギターの音と稲葉浩志の歌声が流れてきた。B'z。少なくとも、どんな曲が入っているのだろうかとそわそわしていた私の脳内にはまず選択肢としてのエントリーすらされていなかった。私のスマホで再生できる彼らの曲は1つもないし当然だ。守備範囲をはるかに外れ、B'zが両耳で鳴る。それから何曲かB'zが流れてきたけど、残念ながら曲名も年代も私にはさっぱりわからなかった。

しばらくして、銀色のそいつが聞かせたのはケツメイシだった。B'zと同じく、曲名は知らんがこれがケツメイシだということは分かる。またしても私はその引き出しを持ち合わせてはないのだけど。そもそもケツメイシって何人組?という、ファンにどつかれそうな初歩的な質問が頭に浮かぶ。RIPSLYMEが5人なのは知ってる。

しばらく銀色くんに舵切りを任せていたけど、聞こえてくるのはこの2組の曲ばかりだった。銀色くんにはminiSDが添えてあって、おそらくこの中に楽曲のデータが入っているのだろう。それをパソコンに接続してしまえば、この子にどんな持ち歌があるのかは明らかなのだけど、この期に及んで、そこまでの大解剖に踏み切るのはいかがなものかとメスを持てずにいる。でももうさすがに時効だろうし、ならばしっかり使ってやらないと銀色くんはこのままではただの四角い物体、宝の持ち腐れだ、と悪魔の囁きも聞こえてきた。

もう手元へ返すことは叶わないかもしれないけど、B'zとケツメイシを銀色くんに託したあなたは、一体どんな人なのだろう。海は好きかな。メロディーに体を揺らしてドライブでもしただろうか。しんどい時、気合いを入れたい時、いいことがあった帰り道、心に刺さった曲はどれなのかな。勝手にそんなことを考えてはますます気安くなんて銀色くんに触れなくなってしまって、それ以来電源は入れたことがない。

音楽との出会いは、その文字通り、とても楽しい。その音楽が自分の好みに引っかかるか、はたまた「好き」の幅を広げてくれるか、というのはまた別の話で。知らない世界を知ることは、ただそれだけでわくわくを連れてきてくれる。だから銀色くんも、もはや私にとっては小宇宙のようなものだ。上書きするなんてもったいないとすら思える。いつかB'zとケツメイシだけが聴きたくなる日がくるかもしれないし!なんて、片付けができない人間の鑑のような言い訳ばかりがぷかぷか浮かぶ。

ちなみになぜかケツメイシだけはTSUTAYAでレンタルして、晴れて私のスマホへの仲間入りを果たした。このCDを選んだ決め手はブラジル食堂。

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