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安倍晋三という政治家が力を持った時代、女性や家族、性的マイノリティをめぐる政策はどう展開されたのか/山口智美(仕事文脈vol.21)

9月27日、安倍晋三元首相の「国葬」における「追悼の辞」で岸田首相が述べた「国内にあっては、あなたは若い人々を、とりわけ女性を励ましました。」という言葉に唖然とした女性は多いだろう。実際、Twitterでもツッコミが相次いでいた。そして「国葬」が開かれた日本武道館では、男性トイレの前に大行列ができていたという。安倍晋三が推進してきた「女性の活躍」政策は、実際のところ男性ばかりが集う状況を生み出していたわけだ。「女性の活躍」政策がいかに矛盾に満ちた空虚なものだったかというのを端的に「国葬」は表していた。

安倍晋三は、男女共同参画や性教育などへのバックラッシュ(反動)を引っ張った主要人物だった。安倍は1993年に国会議員として初当選したが、その頃から日本の右派は日本軍「慰安婦」問題など日本の戦争責任の否定と、選択的夫婦別姓反対をはじめとした「家族」をめぐる問題に集中的に取り組んでおり、安倍もそうした動きに若手議員として加わった。例えば日本会議の機関誌『日本の息吹』の9・10月合併号は安倍氏を追悼する特集号だったが、そこで安倍の家族政策における唯一の「成果」として挙げられていたのは、「選択的夫婦別姓の牽制・阻止」だった。安倍も、支持層である日本会議にとっても別姓の阻止というのは大きな意味を持っていたことが窺える。

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