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【寄稿】どんぐり10個分の散歩/生湯葉シホ(仕事文脈vol.23)

むかしアルバイトしていたITベンチャーにはものすごく足の速い上司がいて、その人が狭いオフィスのなかを常に駆け回って移動するものだから、私たちアルバイトやインターンが座る長い事務机の背後ではいつもシュタッタシュタッタとせわしないスリッパの音がしていた。上司は、目覚まし時計に自ら吹き込んだスピード、スピード、スピードと唱える声をアラーム代わりに毎朝起きているという逸話を持つスピードの鬼だった。実際には質問をしたらいつでもその速い足を止めて答えてくれるような面倒見のいい人ではあったのだけれど、朝から晩までオフィスに響くスリッパの音を聞きつづけるうちに、私は気づけば上司のことをうんざりするほど嫌いになっていた。いま思えばあまりに身勝手な話だ。

子どものころから、急かされるということにどうしても耐えられないたちだった。

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