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#7 『海外料理修行で得られるもの』


本場イタリアの4つ星ホテルで修行したシェフです
『私は海外での料理修行経験があります』

なんだか良く分かりませんが『この人はきっとすごいんだろうな』と感じてしまうような箔のある響きです。

料理を真剣に学びたいと思っている人の中には将来自分のお店を開業したり、料理教室の講師になったり、料理研究家として活動するなど料理を通じて収入を得る、すなわちプロを目指している方もおられるかと思います。

そういった方にとって海外修行経験の肩書きは少なからず有益に作用することがあるのは事実ですし、純粋な探究心や向上心から自分の学んでいる外国料理本家本元で知識や技術を学ぶことに強い憧れを抱く方も多いことでしょう。

ただ実際に海外での料理修行を経て僕が得たものとは、渡航前に自身で想像していたのとは全く違う種類のものでした。

今回は海外料理修行に憧れている方や本気で検討している方に実経験に基づいた僕なりのプチアドバイスができればと思っています。

① 海外料理修行の目的

そもそも決して安くもないお金貴重な時間をかけて言葉も通じない海外へ料理の勉強をしにいく目的とは一体何なのでしょうか。

[海外料理修行の主な目的とは?]
1. 外国料理の知識や調理技術を高めたい。
2. 海外修行経験者という肩書きがほしい。
3. 現地の味や食材に直に触れて学びたい。
4. 自分の腕が本場で通用するか試したい。
5. 真のレシピを覚え、日本で再現したい。

細かい理由は人それぞれでしょうが大半の人が上記のいずれかに近い目的によるものだと推測します。

ですが、あえて誤解を恐れずに申しあげますと、これらが主な目的なのであれば正直どれも海外での料理修行を選択する必要はありません

以下にその理由を説明します。


1. 外国料理の知識や調理技術を高めたい。
海外での料理修行を望む方にもっとも多い理由がこれかもしれません。外国へ行き、海外のレストランで働きさえすれば自分の料理の知識や実力が飛躍的にのびると思われている方。

残念ながら、それは大きな勘違いです。

そもそも海外にある店だからといって、そこで働いている料理人の腕が良いとは限りません。日本と同じくミシュランの星付きレストランもあれば、そこらの脱サラしたオヤジさんが始めた店アルバイトの学生だけで回しているような店まで多種多様です。

最初から知人のコネなどがあり有名なシェフの店で働けるのであれば良い経験にはなるかも知れませんが、その場合でも料理の腕があがるというよりは、もともとそれなりの腕をもっていた人が現地ならではの貴重な体験ができるといった程度の話です。

料理の知識や技術を学びたいのであれば日本国内の有名店や自分が尊敬できるシェフのもとで働かせてもらい、日本で日本人から学んだ方がはるかに成長スピードも早く有益なのは間違いありません。

何といっても互いに言葉が通じるのが大きいですし、仕事以外の生活面でも不自由がありません。ちゃんとした店なら社会保険なども充実していますし、困った時には家族や友人が近くにいます。学びながらにして将来のための貯金をしていくことすら可能です。

また、海外での修行経歴をもつ日本人シェフも各地に山のようにいます。そういう人は現地ならではの調理技術や知識にも精通していますので、わざわざ自分が海外まで出ずとも彼らの経験や知識を日本語で伝授してもらえばよいのです。

自ら海外へ行くと行った地域の料理しか学べませんが、日本では様々な国や地方で修行したシェフがあちこちにいますので数年おきくらいに職場を転々とすれば日本国内にいながらにして、さまざまな地域での修行経験があるシェフから学ぶことも可能です。出国するくらいの気概と覚悟があれば国内を転々とするほうが余程、経済的にも精神的にも負担は小さいはずです。

さらに日本の店で働くことで日本の食材を使い、日本人が好むようにアレンジされた料理を学ぶことができるため、より実践的であるほか、輸入食材などの仕入業者とのつながりや独立する際に過去に一緒だった職場の仲間をスタッフとして誘致できるなど将来的な面でも享受できるメリットは数え切れません

つまり、知識や技術を向上させるための目的であれば何も海外まで出て行く必要はなく、むしろ国内で修行したほうが圧倒的に効率が良いということがいえるわけです。


2. 海外修行経験者という肩書きがほしい。
この目的ばかりはさすがに海外で修行しなきゃどうにもならないだろう…と思われるかもしれませんが、これこそ全く意味のないことだと僕は考えます。

海外で料理修行をしたという肩書きがほしいがためだけに仕事を辞め、高額な費用をかけて言葉も通じない外国へ働きに旅立つなんて、あまりにも馬鹿げた行為だとしかいいようがありません。

そもそも、この肩書きとやらを一体誰が精査するというのでしょうか。

自己紹介の肩書きなんて単なる自称に過ぎません。経歴がウソなのか本当なのか。仮に実際に海外での修行経験があったとしても、その期間や場所、学んだ内容などについて説明を求められることは一切なく証拠を開示する義務もなくあくまで自称でしかないのです。

要はその人の知識や技術が優れているのかどうか。大切なのは結局そこであり、どんなに立派な肩書きをアピールしようが実力が伴っていなければ何の意味もありません。むしろ、過度な期待をされるなどマイナスに作用することすらあるでしょう。

肩書きが欲しいだけなら公的な文書でもない限り、好き勝手に書けばよいのです。海外修行の経験もありますよと。誰も文句は言ってきませんし、誰にも迷惑なんてかけません。自ら煽った期待に応えられるだけの自信があるのなら聞いた側の人も『さすが海外修行経験者だ!』と信じてくれるに違いないでしょう。しかし、実力が伴っていなければ…言わずもがなですよね。

さすがにウソをつくのには抵抗があるというのであれば、現地のお料理体験付きツアーのような企画旅行は探せばいくらでも出てきますので、それに1日でも参加すれば『私は海外で料理を学んできました!』と公言してもウソではなくなります。これなら経済的で仕事を辞める必要もありません

誤解してもらいたくないのは経歴詐称を推奨しているわけではなく、料理修行の肩書きなんて所詮その程度のものであり、大切なお金や時間をかけてわざわざ作るほどのものではないということです。

そのお金と時間と体力があるなら国内で料理の学習に費やされることをおすすめします。


3. 現地の味や食材に直に触れて学びたい。
これも同じですが現地の味現地の食材に触れたいことが目的なのであれば、わざわざ海外へ料理修行に出向く必要はありません。

単なる旅行で充分でしょう。

短期の旅行でもキッチン設備のある施設に宿泊すればスーパーで自由に食材を買ってきて調理することは可能ですし、現地の味を知りたいなら飲食店や市場を食べ歩けば知ることができます

各国に在住している日本人も大勢いますので日本にいる間からSNSや交流サイトなどを通じて信頼関係を結んでおけば、現地で合流して友人を紹介してもらえたり、予め頼んでおくことで現地の家庭料理をご馳走になれる機会にも恵まれるかもしれません。

1ヶ月程度の短期語学留学プログラムなどに参加し、現地のお宅にホームステイされてみるのも良い選択なのではないでしょうか。

現地の味や食材に触れる目的であれば現地の店で働く必要はありません


4. 自分の腕が本場で通用するか試したい。
本当に自らの力試しだけが目的なのであれば、ぜひ世界各国で開催されている料理コンテスト挑戦されてください。

現地レストランに修行と称して就職させてもらい、その勤務先で「おお!なにやら仕事のできる日本人が入ってきたぞ!」と職場のスタッフに称賛されたところで、それに一体なんの意義があるというのでしょうか。

自信につなげるということが目的なら、スタッフの力量も分からない適当な海外レストランに就職するよりも、根っからの腕自慢たちが集まるコンテストに公式参加し、そこで認められた方が何倍も価値があるはずです。

もし何かしらの末賞でも受賞できたならば、それこそ海外修行経験どころではない確かな肩書きや箔を得られますし、その証拠品として堂々と掲げられる賞状なども授与されます。

ただ、海外の料理コンテストでの受賞を狙う前に、まずは日本国内で開催されているコンテストで何度も上位入賞を果たせるくらいのレベルになること。海を飛び越えて恥をかく前に普通は本国での実績づくりからスタートするのが妥当でしょう。

海外の無名レストランお山の大将になりたいがために料理修行(そもそも修行でもない)を検討するのは明らかに無意味なのでやめておくべきです。雇用してくださるレストラン側にとっても迷惑なだけです。


5. 真のレシピを覚え、日本で再現したい。
以前に『料理初心者に多い3つの勘違い』という記事でも書きましたがレシピというものは正確に丸暗記しても場所や環境や食材などあらゆる要素の影響を大きく受けるため、一つとして全く同じものを再現することは不可能です

まして海外のレシピともなると同じ名称の食材でも味や大きさ、形や品質などが日本人の想像するものとは全く異なってきます

海外の料理レシピを知りたいだけなら今やネットを活用することで現地語でかかれた現地のレシピを調べることは容易ですし、言葉がわからなくても手軽に翻訳できます。さらに文字としての資料だけでなく、世界各国のシェフが公開している料理動画もいくらでも無料閲覧することができます。

海外の料理レシピや作り方を覚えたいだけであれば自宅のデスクやベッドの上でも充分な時代なのです。


少しだけ脱線しますが僕が強烈な違和感を覚えた海外食材に関するエピソード2つほどご紹介しておきましょう。

《高級食材カルチョーフィ》
イタリアでは春先になるとカルチョーフィという野菜が出回るようになります。このカルチョーフィという野菜は別名アーティチョーク(日本名:チョウセンアザミ)とも呼ばれ、日本ではあまり栽培されていないこともあって一般的には高級食材として珍重されています。

主にガクの根本とつぼみの一部しか食べられないため、大きなものを購入しても可食部はほんの少しです。高級なフレンチやイタリアンでブイヨンなどで煮た小さな欠片をナイフとフォークを使って食べたりします。メニューの価格も決して安くはありません

僕のイメージではそんな高級食材だったのでイタリアのスーパーで日本のタマネギみたいなネットに詰められた大量のカルチョーフィが激安価格で山積みになっているのを見かけたときは衝撃でした。

早速買って帰り、当時同居していたイタリア人に『いつもどうやって食べてるの?』と尋ねてみました。

すると彼はおもむろに4等分にぶつ切りし、生のまま塩とオリーブオイルをかけて『ウチでは昔から、こんな感じだよ!』と言うと手づかみでバリバリほおばりはじめるではないですか。

試しに食べてみると思った通り強烈なアクがあり、草的な臭いがひどくて超マズい。顔をしかめながら『こんなのが美味しいの?』と聞くと彼は『別においしくないし好きでもないけど、ただ安いから食べてるだけ』というのです。

そこで日本のレストランでは高級食材として扱われているという話をすると彼は『こんなのに誰がそんな高いお金払って食べるんだよ~』と大ウケ

つまり、現地の人は単に安いから食べているだけのありふれた野菜を日本では無理して高い原価で購入し、高級食材として扱っているということです。そしてグルメなセレブたちがナイフとフォークで上品に食し『ほう…これが高級食材のカルチョーフィかね』などと感心して味わっているのです。

決してカルチョーフィを出している店をディスっているわけではありません。ただ、なにか料理の本質的な部分が歪んでいるような気がしませんか?

似たような話をもう一つ。

《ファリーナ 00 と日清の天ぷら粉》
日本では小麦粉と一口に言っても薄力粉、中力粉、強力粉などの種類があり、用途に応じて使い分けるのが普通です。

たとえば強力粉ならパン、餃子の皮、ピザ生地などの比較的しっかりとした食べごたえのあるものに。中力粉は主にうどんでしょうか。薄力粉はきめ細かく柔らかなスポンジケーキやお菓子類、天ぷらなどの料理に適しています。

イタリアでは一般的に小麦粉を日本のように使い分けることはなく、ほとんどの粉料理が『ファリーナ 00』と呼ばれる一種類のみで作られます。厳密にはいくつかの種類が存在するのですが、スーパーの棚でも 00 しか並んでないケースは多く、料理人であっても小麦粉に複数の種類があることを知らない人がほとんどです。

全て同じ粉で作るため、パンはどれもフランスパンのような固くてガッシリしたハード系のものになり、ケーキのスポンジはパサパサした荒めの食感となります。

ただ現地の人たちは生まれたときから、それらの食感が当たり前であり、比較対象もないため誰も疑問や不満を抱くことはありません。

日本で昔からイタリアかぶれだった知人がイタリア料理店をオープンした際、『俺は現地の味を忠実に再現するためにイタリアからファリーナ 00 を取り寄せているんだぜ!』と熱弁していました。

それ自体は彼のこだわりなので全く構わないのですが、グルメサイトの口コミ欄には『高い割にデザートがパサパサで美味しくなかった』との酷評が…。

薄力粉で作られる繊細で柔らかくしっとりしたスポンジ生地を知っている日本人にとってはファリーナ 00 で作るスポンジは口に合わなかったということでしょう。

そして、それは実はイタリア人でも同じなのです。

僕がイタリアのホテルで働いていた時、ディナーメニューに野菜と魚介のフリット(揚げ物)を出すことになりました。

指示された通りに冷たい炭酸水などを準備しているとシェフが嬉しそうに抱えてきたのはなんと『日清の天ぷら粉』。

フリットに最適な粉を探すため世界中の小麦粉を試していたところ、この粉が格段に美味しかったので、わざわざ高額な費用を払って空輸で取り寄せたのだとか。

『これは日本の伝統食である天ぷらに使われる小麦粉なのでしょう?』

と聞かれたので

あ…え~まぁ(超家庭用ですが)確かに、そうですねぇ?』と無難に応じておきました。

本場の4つ星ホテルで出されるイタリア料理に使われる粉が『日清の天ぷら粉』かよ!?という極めて複雑な思いはありましたものの、これはつまり現地の人は必ずしもファリーナ 00 が最適だと選別して使っているわけではなく、そもそも他の選択肢を知らないからであり、もし薄力粉で作ったスポンジケーキをイタリア人に試食させたら一流シェフでも絶賛して切り替えるかもしれないということが証明された一件でした。

海外でも認められる日本企業を少しだけ誇らしくは感じましたけどね。

これらのエピソードからも現地のレシピ再現に躍起になっても大した意味はないということがご理解いただけるかと思います。


② 海外料理修行で得られるもの

それでは海外料理修行で得られるものとは何でしょうか。

僕が1年と3ヶ月の間、イタリアで暮らし、現地のレストランで働いたからこそ学べたと自信を持って言えることは実はたったの一つだけでした。

それは『イタリア人の食感覚に同化することで、イタリア料理の本質が違和感なく自分のものになった』という点です。

現地の人々が朝起きてから寝るまでにどのような生活をし、どのようなタイミングどのように食と関わりどんな理由でその料理を作るのか。

・ おばあちゃんが週末に遊びに来る孫のためにせっせと作りだめする手打ちパスタ

・ 朝のバールでサラリーマンが仕事前の景気づけに流し込む一杯のエスプレッソ

・ 春先になると特に美味しいわけでもないが安いからという理由で生のままかじられるカルチョーフィ

・ ディナー料理としてナイフとフォークを使って食べられるピッツァ・マルゲリータ

・ 仕事中の休憩時間、まかないのテーブルへ当たり前のように運ばれてくるボトルワイン

そういった日本にいては知り得なかったような現地のリアルな食と暮らしとの結びつきを肌で感じ、また現地の人たちと食を提供するレストランで苦楽を共にしながら働くことで、最初のうちは違和感のあった異国での暮らしや食生活がじわじわと自分の体に染み込んでいく感覚を体感することができました。

帰国直前頃の僕が現地の食を捉えている目線は、おそらく現地人のそれに限りなく近いものになっていたのではないかと思っています。

日本に帰国し、イタリア料理を作っていると今でも時折、当時の感覚をふと思い出すことがあります。

(この料理にこの付け合わせはイタリア人なら絶対しないだろうな)
(でも、きっと多くの日本人はこのほうが喜ぶから、これでいこう)

そんなことを考えながら料理を作れる感覚を得られたのは海外で料理修行を経験したからに他ならないと自信を持っていえます。

現地人の食感覚に同化し、その国の料理の本質を理解したい。

これだけが唯一、僕が海外での料理修行をおすすめする目的です。

他の料理に関することは基本的に日本国内で学び、現地へは社会見学を兼ねた旅行として訪問されることをおすすめします。

その際、欲ばって有名観光地を巡るためだけにひたすら移動し続けるような旅よりは興味のある地域を絞り、一つの街にできるだけ長く滞在されたほうが、その国の食文化や風土を深く純粋に味わうことができます

これは外国人が日本の食文化を学ぶ目的で1週間の来日を計画した場合を想定してみれば良く分かります。

東京→北海道→仙台→名古屋→大阪→京都→福岡と1日ごとに各地域を転々とし、滞在中の大半の時間を移動に費やしてしまうパターン。これでは疲労もたまる上に本来の目的であるはずの日本の料理も各地域で1~2食づつくらいしか楽しむことができません

逆に、今回の旅では大阪に連続7日間滞在し、関西独自の食文化と日本の料理にできるだけ多く触れるという目的に照準をしぼる。滞在中の1日だけ、大阪から程近い京都にまで足を伸ばして日帰り観光を楽しむ…といったプランのほうが時間も無駄にせず、本来の目的に合致した有意義な旅ができるというものです。

この外国人が帰国する際、後者のプランのほうが日本の食文化について深い理解を得られていることは明白ですよね。


③ 要点まとめ

・ 海外料理修行の目的を多くの人は履きちがえている。
・ 料理の勉強なら国内のほうが圧倒的に有益にできる。
・ 海外料理修行で学べるのは外国料理の本質的な理解。
・ 現地の暮らしに溶け込むことで食感覚を同化させる。
・ 社会見学が目的ならば一つの地域に長期滞在しよう。

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