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みる、かんがえる、はなす

先週まで、冬季オリンピック感動したねーだの、スーパーねこの日だってーだのとのんきにのほほんと過ごしていたのが嘘のように、ある日突然戦争がはじまった。

ちょっと、なにに腹を立てているのかわからなくなるくらいに、かなり腹立たしく感じている。


先週の段階で、ある程度のきな臭さはあった。
とはいえ、昨今の世界的な情勢・トレンドとして、新型コロナウィルスの状況はさておいても、いわゆる大国は、いきなり戦争なんかしないし、できない。それは、非常にリスキーな蛮行であるから…と大勢の人が考えていたのを、ロシアという国が全く予想外に、無配慮に覆したのだ。

これは、本来プレイヤーにゲームを守らせる立場であるはずのゲームマスター側が、ゲームの進行が自分にとってどうにも不都合になってきたので「ちょっともうマスターやめるわ」と急に投げ出した感じに近い。
いや、投げ出したどころか、進行している雀卓の真ん中で暴れまわっている感じかもしれない。どちらにしても、真っ当な大人のやることじゃない。
「リッパなカジノ」だったら撃たれかねない。


思うところは尽きないが、今回の件でひとつ気づいたことがある。
黙って、人任せにばかりしていると、こういう暴挙が起こりうるのだ、ということ。
餅は餅屋とはいうが、なにもかも全部お任せしてしまっては、なにが本当にいいことなのかわからない。他の情報を知らない純朴なロシアの人は、プーチンが本当にロシアを守るために戦っているとおもっている人もいるはずなのだ。もしかしたらそう信じたいだけかもしれないけれど、自分に都合のいいことばかりを信じていては、またこうしていいように利用されるだけだ。



真面目で冷静なひとたちが丁寧に考えて、慎重に行動してきたのに、腕力のある体の大きな奴がひとり暴れたことで、全てが台無しになってしまった…と嘆きたくなるが、ぐっと堪えなくてはならない。こんなことで、諦めて投げ出してしまってはいけない。それは、もっと最悪の事態を引き起こすことにしか繋がらない。「己の無力」を言い訳にしてはいけない。

では、なにをするか? なにができるか?
知らなければ、反対もできない。
反対ができないと賛成したことになる。

だから、まずは知ることから改めて始めることにした。
今回の件の、あらまし、今の状況、世界の動き…SNSは情報の真偽がわかりにくいので、なるべく新聞、ニュース、本をあたる。

本では、マンガだが、『紛争でしたら八田まで』が非常によかった。
八田百合というコンサルタントの女性が、世界各地の様々なトラブル(紛争)をチセイと少しの腕力(主にプロレス技)で解決していくというもので、多少水戸黄門的な荒唐無稽感はあれ、読みやすく、わかりやすく、エンタメ作品としておもしろいだけでなく、様々な雑学的知識も得られる。
「その人の物語」として身近に感じられるのもマンガの良さだとおもう。

ウクライナを舞台にした回が、今は無料で見られる。
なるべく多くの人に読んでもらえるといいとおもう。

これを読むまでチェルノブイリもボルシチもロシアのものだと誤解していた。お恥ずかしい話、そもそも地政学という学問があることすら知らなかった。そういう意味でも実に様々な発見のある作品で非常にタメになった。
(タイトルが、どっちかというと紛争させる側っぽいのがちょっと損しているような気もしないでもないけれど)


さて、知って、考えて、それで終わりにしてはもったいない。
ちゃんと話そうとおもう。
諸々踏まえたうえで、やっぱりこれはおかしいと判断して、しっかりと反対の立場を表明しよう。
今回の件では本当に知れば知るほどロシア側の言い分については「あいつ無茶苦茶言いおる」という気持ちにしかならなかった。そもそも、侵攻に関しては、なんの言い訳にもなってない。イマドキの小学生のほうがもっとマシでイラッとくる屁理屈をこねてくるとおもう。

こんなことをアリ(成功例)として認めてしまっては、マジで世界が終わりかねない。残念なことに、少しの誇張もなく、紛れもない事実だ。
神話の時代でもあるまいし、力をもって暴れればなんとかなるなんて、思わせてしまっては絶対にいけないのだ。
知って、考えて、話す…この3点は、基本的に誰でも、すぐに始めることができる。即効力はまるでないだろうが、数は力だ。無視できない力だ。
「おかしいものはおかしい」と言っていいのだから、どんどん言おう。
どうせなにもできやしないなどと諦めて投げ出してしまうには、まだ早い。

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