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森絵都さんのまなざしに憧れて

いい本や、いい物語はきっといろいろあるんだろうけど、
それはたぶん、背中をそっと押してくれたり、
顔を上げさせてくれるものだとおもう。


森絵都さんの『あしたのことば』を読んだ。
https://www.komineshoten.co.jp/search/info.php?isbn=9784338319041

主に、小学生やかつて小学生だった人+こりすを主人公に、
「ことば」をテーマにした8っつの物語が詰まった短編集で、
1枚の絵からイメージを膨らませて物語をつくる…という手法も興味深く、
森さんならではの、誠実で注意深いまなざしから紡がれ、軽やかでやさしい文体で綴られた物語たちがなんとも心地のよい1冊になっている。
それはまるで、気心知れた友人とのたわいない雑談が、なんとなくいつの間にか乗っかっていた肩の荷をそっとおろして、凝り固まった部分をほぐしてくれるのに似ている。

8編の物語の多くは、どれも日常の生活のなかで「あった」り、「ありそう」だったりすることが多く、物語の登場人物と同世代の少年少女たちにはよりリアルに響くかもしれないし、その昔小学生だった大人たちには、「そういえばこういうことで悩んでいたこともあったものだなあ」と微笑ましく、また、「ああ、もしあの時、こういうことを教えてくれる大人がいたら…」と少し切なくもなるかもしれない。


それにしても、この1枚の絵から物語を広げるというときの、森さんの分析眼の鋭さにはつくづくしびれる。

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例えばこの「あの子がにがて」のイラスト。
この微妙な視線と、それぞれの表情からあの物語が生まれるのか!
と、膝を打たずにはいられない。


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さらには、この「富田さんへのメール」のイラスト。
最初見たときはこの少女のどちらが主役かもわからず、お話の途中あたりまでどっちの気持ちで読んでいいのかもわからなかったのに、最終的には
他の女の子たちの様子や、中央の子のとぼとぼとした歩き方、ポニーテールの子の堅い表情…もうそうなる瞬間としか見えなくなる。
(これがまさかあの決定的なシーンの直前だとは…!)
物語を読んだ後で改めて見ると、「ちょっと待ちなよ富田さん…!」と声をかけたくなってしまう。
これはイラストレーターの長田結花さんの描写力も素晴らしいのだろうけれども、なんなら、物語を読んで絵をつけたと言われたほうが理解できるレベルである。


また、絵の分析もさることながら、何気ない日常のなかの小さな心の動きに対するまなざしにも、つくづく感じ入ってしまう。
しかも、その瞬間を切り取り丁寧に描写するのも、小説ならではの妙として、実に繊細に描かれている。
富田さんにメールすることを決意して、安岡さんが何度も何度も勇気を奮い立たせようとする流れのなんとリアルなことか!
(そう簡単に勇気なんか出たら苦労しないんだ…!)
これが漫画だったらモノローグと顔芸ばかりの冗長なものになりかねない。「メール」という小道具がこれ以上ないほど効果的なのだ。たまらない。

小説ならでは、という意味では「しゃべらない子」の心情を描き切ってるのもいい。しゃべらない子だなーとおもっている周囲と、本人の思考の対比が実に明確で興味深いのである。
これも、小説以外の表現になると、演出方法を相当検討しなくてはならないだろう。
しかも、それぞれに切り出すことで、あとで「本当はお互いにそうおもっていたのか」という答え合わせができるようになっているのも、やさしい。
逆に、ないことで想像する楽しみが残っているパターンもいい。
「帰り道」のふたりには、これからも友達同士として長くいい関係を築いていってほしいし、「あの子がにがて」の真紀ちゃんは、ホントはいつもにぎやかな水穂ちゃんが気になって仲良くなりたい気持ちがあるんじゃないか…とか思いを巡らせてしまう。
富田さんのその後も…きっと大丈夫だとわかる。


唐突に思われるかもしれないが、この1冊に収められた8編の物語を一通り読んでみて、身の程知らずにも自分もこういう小さな、心が動く瞬間の物語を切り取って描いてみたい…などとおもってしまった。
正確には、そういえば、もう随分昔には、そんなことも考えていたのだと思い出してしまったのだ。
今、この手のなかには、わたしが憧れる正解のひとつがあるのである。
ここを目指していけば、多少は近づけるかもしれない…そうおもうと、それなりに挑戦し甲斐がありそうな課題に見えてくるじゃないか。
まずは、前述の真紀ちゃんの視点バージョンや、各イラストを見直して、自分だったらどう見るかを考えてみるのも、習作としてはよさそうだ。
ことばに例えられた「羽」だけれども、モミジやカエデの種みたいなものかもしれない…とか!
「風と雨」のふたりのその後は…ほとんど朝ドラみたいになりそうなんで、最初の課題にはあまりふさわしくないかもしれないけれど…。
(でも、瑠雨ちゃんが謡曲の師匠に、風香ちゃんがケースワーカーになるような朝ドラはちょっとみたい気もする。ターちゃんは泉谷しげるさんでどうだろうか)


いい本や、いい物語はきっといろいろあるんだろうけど、
それはたぶん、背中をそっと押してくれたり、
顔を上げさせてくれるものだとおもう。
すっかり忘れていたわたしに、憧れを思い出させてくれたこの本は、
わたしにとっては間違いなくいい本だ。

#読書の秋2021

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