米国の国際主義復帰と対中政策のコンセンサス?

米国の分断

未曽有の出来事が数多く世界中で目まぐるしく起こった2020年。その締めくくりともいえるのが、超大国アメリカの大統領選挙だろう。
バイデン候補とトランプ大統領の第一回公開討論では、これが超大国の姿かと疑いたくなるような「口喧嘩」が繰り広げられたことは記憶に新しい。二大政党の長の幼稚な姿は米国の分断を投影している。

前置きはほどほどに、今回は『Foreign Affairs』の一月号、オバマ政権で国連大使を務めたSamantha Powerの「Can-Do Power」を取り上げる。

トランプ主義的政策により西側国際社会から冷ややかな視線を受け、パンデミック対応にも失敗し、大きく傷ついた米国の威信を、次期大統領が副大統領を務めた政権のメンバーだった彼女は、どのような対外政策により、回復していこうとしているのだろうか。まずは要旨を確認したい。

要旨

米国の威信はトランプ政権下で大きく傷ついた。例えばパリ条約、WHO、JCPOAなどの国際機関からの脱退、非人道的な移民制限政策、パンデミックに対する悲惨な対応などがあげられる。

統計によれば、国際社会はアメリカの能力に対しこれまでよりも低い評価を下している。

また、各地で攻撃的対外政策を行い、看過できない人権侵害を行う中国の台頭が顕著であり、国際的環境の変化に対しても対応せねばならない。

かつてのオバマ政権もこのような状況下ーイラク戦争に対する国際的非難と世界中を巻き込んだリーマンショックーにあった。オバマ政権とのアナロジーから学ぶべきは、米国にしかない経済・技術・知性によって国内外から希求される国際的能力を取り戻すことができるということだ。

具体的政策として、ワクチン分配・外国人留学生の拡大、国内外への腐敗への取り締りの三つの政策をとるべきだ。

米国はこれまでも、エボラ出血熱やエイズなど国際医療体制に大きな貢献を果たしてきた。同じようにコロナウイルスのパンデミックに対し中所得以下のインフラの行き届かない国々を中心にワクチン分配をうまく行う必要がある。まずはCOVAXに参加し、さらに進んで二国間交渉も行うべきである。

反移民政策や煩雑なビザ政策を行ったトランプ政権時代では、それまで常に増加傾向を示していた外国人留学生は減少した。これは優秀な人材の減少という国内経済への不利益であり、民主主義の大使として卒業後世界中で活躍することが期待される留学生の減少という道義的不利益でもある。留学生に対しビザを緩め、排外政策をやめることは、米国の大学を再びもっとも知性の集まる魅力的とし、中長期的利益を与えるだろう。

国内外を問わず汚職の取り締まりを行う事により国際的な米国の能力を示すことができる。すべてではないが国民の腐敗への怒りは政治体制を変革させてきた。賄賂を公にすることは、権威主義体制や中国モデルを公然と支持する指導者にとっては弱点だ。もちろん国内でも公表や刑事告発を含む、より厳格な汚職取り締まりを行う事も重要だ。

以上の政策は分断した国家を修復したり、同盟国からの信頼を取り戻したり、パンデミックへの悲惨な対応を帳消しにしたり、中国の競争力を奪ったりすることはないだろう。しかし、具体的に米国の持つ”Can-Do Power"は、米国にしかない核心的な強みであり、まずはそれを国内外に示す必要がある。

所感

①対中コンセンサス、②中国へのソフトパワーの強調、③国際主義への期待、④オバマ政権の「よき時代」の四点についてあえて批判的に意見を述べてみたい。

まず、本論考の中で米国の対抗相手として、新疆での人権侵害にも触れながら中国が何度も名指しされている。これはオバマ政権のメンバーも一種の「対中コンセンサス」のようなものを持っていることの証左であり、「トランプ政権下であったからこそ対中強硬政策がとられたのであり、民主党政権は媚中だ!」などの短絡的意見の反証だろう。(X論文でも提起されてましたが)...①

しかし一方で留意しなければならないのは中国とのソフトパワー面での競争を強調しすぎているのではないかという点である。本論考の中では、中国の一帯一路政策は無理な債務を押し付けるもので現地からは不満の声が上がり契約取りやめになった例や、米国の大学が持つような学術的魅力は中国は持たないといったようなソフトパワーの面が主に描かれていた。しかし、中国のA2ADを代表とする軍事的能力の向上やそれに基づく現状変更の試みなどが軽視されている。

北朝鮮の核開発やロシアとの核交渉なども含め、現実主義的な安全保障政策への視点が本論考にはないことが少し残念であった。...②

ワクチンの国際的分配の箇所で二国間交渉も必要と念を押している点や、対外の腐敗に対して厳格な取り締まりを行うべきといった箇所は米国主導の国際主義への復帰と見て取れる。もちろんその役割は一定程度自由主義の盟主として米国が担うべきものだ。しかし、相対的パワーが低下している現状を鑑みれば取るべきは米国主導を強調したものではなく、自由民主主義国の連帯を強調した国際協調主義ではないだろうか。本論考では米国の自信の復活のためにその独自の能力を示す必要がある、という一貫した主張がみられる。それはもちろんあるべき米国の姿だ。しかし、現実を見て実力の伴う政策をとっていくことが重要だろう。...③

さらに、オバマ政権の「成功」を過信しすぎている面もある。もちろんオバマ政権にはパリ条約やJCPOAなど国際主義として評価するべき点も多々ある。しかし国際主義への期待が米国の分断を作り出してしまったということも忘れてはならない。トランプ支持者の中には過激派がいるのは事実だが、それを除いた多くの人々が、少なくともリベラルから見れば傷ついた米国の姿をそれでもなお支持していたことはバイデン政権が真にとるべき政策の方向性を示しているのではないだろうか。...④


それにしても、一流の学者さんたちはかっこいい文章を書きますね…
こんな英文を書けるようになりたいです(まずは日本語から笑)



単語(備忘録として)

tarnish しみる
be synonymous with 同義語となる、-と同じ
dysfunction 機能不全
cornerstone 基礎
debilitate 衰える
gridlock 膠着
falter 迷う
fumble て探る、いじくる
belligerence けんかっ早い
garner 募る
spearhead 戦法
ramp 傾斜させる
overreach 出し抜く、やりすぎる
slash 切り付ける
precipitous 険しい
scramble to 犇めき合う
erratic 不規則な
entrench 据える
budge 割り出す
trade-orient 貿易志向の
backlash 反発
decry 公然と非難する
rebuke 叱責する
luster 艶
galvanize 電気を流す
outpost 前哨地
know-how ノウハウ
asylum 亡命
hurdle ハードル
dividend 配当金
xenophobic 外国人排斥
forgo 見送る
moribund 衰退した
limbo 窮地
font of knowledge 知識の泉
ebbed 衰退
helm 家事
graft 接ぎ木
disband 解散
 



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