書評・感想『嫉妬論』民主社会に渦巻く情念を解剖する 山本圭著 感想と個人的な評価
個人的な評価:★★★★☆(星4.0)
本書は、文字通り「嫉妬とは何か」について論じるだけでなく、本書の傍題にあるように、嫉妬と民主社会、すなわち民主主義をベースとする社会と嫉妬の関係についても論じている。
本書の良い点としては、まず、嫉妬について幅広い観点から論じていることである。
嫉妬は、人類にとっての宿痾、つまり人類が長きにわたって患っている病気のようなものであり、古くから多くの哲学者や識者が論じている。それを幅広く取り上げて論じているので、大変勉強になる。
さらに、本書では最終的に、嫉妬が民主主義においては嫉妬が宿命的なものである、ということを論じているが、その指摘は特に傾聴に値するものだと考えられる。
その一方で、幅広い観点から論じられているために、「結局何が言いたいのか」が今一つわかりづらくなっている。
本書をアマゾンで検索してみると、「なんか読みづらい」というタイトルの感想があった。
読んでみると、「82までは、よくある嫉妬についてのまとめ。斜め読み可能。次は一気に読みづらい哲学者のまとめ。ここで読む気がうせて、購入には至らなかった。(後略)」と書かれていた。この感想が言っている通り、本書にはどこか読みづらい点があるのは事実だと感じられた。
つまり、議論が幅広くなりすぎていて、読んでいる側としては、今一つポイントが掴みにくい、ということである。
以上を勘案して、本書に関する総合的な評価としては、「4.0」とした。
Ⅰ.総論
1.嫉妬とは何か(嫉妬の定義)
まず、嫉妬とは何か、ということだが、本書ではドイツの哲学者イマニュエル・カントの定義を掲げている
この定義は大変わかりやすい。
そして、「自分の幸福を少しも損なうわけではないのに」という点に、特に注目したい。
経済学に、「パレート最適」という考え方がある。
つまり、経済学上では、他の人を犠牲にすることなく、誰か一人の効用を高めることができるのであれば、それは「パレート最適」ではない、すなわち資源が効率的に配分されていることにならず、望ましくない状態、という考え方をする。
これを言い換えると、経済学では、「他の人が全員”現状維持”であっても、誰か一人の状態が改善するのであれば、経済全体で見ればその方が望ましい」と考える、ということになる。
しかし、カントの定義に従えば、「自分は改善しないのに、他の誰かの状態だけが改善する」という状況は嫉妬を呼びやすい、ということになる。そうだとすれば、「得するのは一人だけ」ということは、経済学的には望ましくても、政治的には望ましくない、ということが言えるかもしれない。
こうして考えると、嫉妬というものは、経済学的な考え方とはある意味相いれない人間の思考である、とも言うことができるだろう。
2.嫉妬が生じる時
嫉妬はどういう時に生じるのか、という点について、本書ではアリストテレスの次のような言葉を引用しながら指摘している。
嫉妬は比較可能な者、つまり比較的身近な対象に対して生じるものだ、という著者の指摘は傾聴に値するものである。
この点については、他の識者も指摘をしている。
例えば、著者によれば、哲学者の三木清が、嫉妬の対象となるのは、自分より高い地位にある者、自分よりも幸福な状態にある者だと指摘する一方で、「その際は絶対的なものであってはならず、手の届くような相手でなければならない」と主張している、とのことである。
3.嫉妬とジェラシー、ルサンチマン、シャーデンフロイデ
嫉妬は英語で言うと、「envy」と「jealous」の2つがあるだろう。
本書での「嫉妬」は意味的には「envy」であると考えられるが、ジェラシー(「jealous」)との違いについても述べられている。
この2つの違いについては、「はっきりと区別するのは難しく、両者はかなりのところ入り混じっている」と著者も述べている。
しかし、結論として著者は以下のように述べている。
つまり、「“jealous”は自分が持っているものを失うかもしれない、誰かに奪われるかもしれないという恐怖に対して使う言葉で、“envy”は他人が持っているものを欲しがる時に使う言葉」(Hapa Eikaiwaのホームページより)ということになる。
さらに、嫉妬とルサンチマンの違いについても触れられている。
ルサンチマンの意味をインターネットで検索してみると、以下のように書かれている。
こうした感情が生じるのは、政治的その他の点において形式的に平等な権利が認められていながら、実際には不平等な社会が存在するからだ、と著者は指摘している。
そのうえで著者は、ルサンチマンと嫉妬とは、かなりの点で似ているが、それでも違うものだろう、という。嫉妬はルサンチマンを引き起こす一つの原因であり、その意味でルサンチマンと嫉妬とは異なるものだと指摘している。
最後に、筆者は「シャーデンフロイデ」を紹介している。
シャーデンフロイデとは、「他者が不幸、悲しみ、苦しみ、失敗に見舞われたと見聞きした時に生じる、喜び、嬉しさといった快い感情(ウィキペディアより)」である。
つまり、例えば、幸せな結婚をした芸能人夫婦が、わずか数年で離婚をした、といったニュースを聞いた時に、何となく喜んでしまう、というような感情のことを言うのである。
これは、他人の不幸から喜びを見出している点で、あまり褒められたものではないが、やはり嫉妬との関連性が強い。
シャーデンフロイデは、ルサンチマンと似ていて、嫉妬が引きがねとなって引き起こされる感情の一つであると考えてよいのだろう。
4.「メタ概念」としての嫉妬
「メタ概念」とは、「概念の上位にある概念」ともいうべきもので、概念や情報を超えて、それ自体について考えるための概念である。
これはつまり、嫉妬について、時代や地域によってばらばらの「感情」が存在すると考えるのではなく、個々の時代や地域性を貫く共通性をその「感情」に認める考え方である。
確かに、本書を読むと、嫉妬というものが時代や国・地域を超えて、人類に共通するものであると感じることができる。そうしたことを理解できる、ということも本書の特筆すべき点の一つであると感じられる。
しかし同時に、もしも嫉妬が人類に共通するものであるとすれば、それは進化の過程で人類が獲得してきた、一種の“特質”のようなものとして、理解できるはずだと考える。つまり、進化論的な検証が可能かもしれない、ということである。
残念ながら、本書の検証は、いわゆる「文系的」な考察に範囲が留まっており、「理系的」な考察である、「進化論を用いた考察」にまで及んでいない。その点が少々残念である。
この点については、本書は新書であるため、そこまで範囲を拡げると、新書の範囲を超えてしまう、ということもあるかもしれない。その点は理解をしている。
5.嫉妬と民主主義
同じく本書を読んだ私の友人からは、本書について、「著者の主張や意見が今一つ見えない」という批判が出ていた。
確かに、著者は嫉妬について、幅広く哲学者等の議論を取り上げている一方で、著者自身がどう考えているのかがわかりづらくなっている、というのが本書の課題だろうと思われる。
その中で、著者が最も主張したかったと思われるのが、嫉妬と民主主義の関係である。
そして、著者の主張の根幹にあるのは、嫉妬と民主主義とは、深い関係にある、ということである。
嫉妬というものの本質を考えれば、嫉妬と民主主義とは「うまくいく関係のはずがない」と考えるのが普通であろう。
しかし、著者は続いて次のように言っている。
どういうことかと言うことなのだろうか。
私なりに要約をしてみると、次のようになる。
民主主義は「平等」ということをその中心の価値の一つに置くものである。つまり、人々は民主主義を求めるとき、同時に平等を求める傾向がある。
ここで「人々が平等を求める」という場合に、それが嫉妬に基づくものではないだろうか、ということが考えられる。つまり、誰か特定の人だけが突出した存在になれば、それは当然ながら嫉妬の対象になるからである。
民主主義における、社会的公正や平等の観念が「嫉妬」に基づいている、という考察は、様々な識者や学者から指摘をされてきたことなのである。「嫉妬は正義や公正さに自らを偽装し、相手を「引き下げる」ことで自分を慰める。」と著者は指摘している。
歴史的に見れば、封建制が解体して平等化が進むようになると、社会的な上下関係や権威といったものが次第に否定されるようになる。しかし、そのようになることで、人々はお互いを比較の対象となるように見なすようになり、嫉妬が生じてくる。つまり、民主化と平等化を進めれば進めるほど、嫉妬は激しくなるのである。
つまり、嫉妬と民主主義は「うまくいく関係のはずがない」と考えられるが、同時に嫉妬は民主主義にとって、ある意味「当然の帰結」ともいうべきものなのである。
民主主義は差異を縮小させ、平等を実現しようとするが、それは逆に嫉妬の爆発を招くことになる。それは、民主主義にとっての宿痾=長く苦しまねばならない病のようなものなのである。
著者がこのような主張をするのは、“言いたいこと”があるからである。それは、著者の以下の言葉に集約されている。
Ⅱ.まとめ・感想
嫉妬について、今まで深く考えたことはなく、本書を読んだのはとても良い機会となった。もちろん、私にも嫉妬の感情はあるが、意識してそういう感情を抱かないように心をコントロールしてきた。多くの人が何らかの方法で、嫉妬と付き合っているのであろう。いずれにしても、多くの人が嫉妬に苦しむ、ということを、改めて認識する良い機会ともなったと言える。
本書については、著者が博覧強記であることに感心させられる一方で、著者自身の考えが今一つわかりづらいことが、本書の課題であると感じられた。
そんな中で、民主主義と嫉妬の関係性についての議論は大変興味深く感じられた。
著者が最も言いたかったことらしく、「筆に勢いがある」と感じられた。
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