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ユーチューバーの「今から◯◯してみたいと思いま〜す!」から日本人の自信喪失を考える❶

YouTubeを見ていて引っかかること

テレビ番組の劣化が加速していく中で「ただつけておくだけ」ですら我慢ができないような時には、同じテレビの画面でYouTubeを見ます。

テレビ番組の制作者から視聴者を楽しませようとする心意気が失われてしまった中で、一方のYouTubeの動画コンテンツは大半が素人の作成でも「自分が見たいと思えるもの」がたくさんあるので、どちらを選択するかは自ずと明らかな状態が続いています。

しかし、YouTubeの動画を見ていて「どうしても引っかかってしまうこと」がひとつだけあります。それは「BGMや効果音がどの動画も同じなんだね!」とか「ナレーションのロボットボイス割合多すぎじゃね?」といったことではなく、

出演者が動画の中で行動を説明する際に「…というわけで、今から(きょうは)◯◯してみたいと思いま〜す(デデン)」と宣言することです。

個人的な体感では、ユーチューバーの9割がこのフレーズを使っています。

ちなみにこの傾向はもはや、YouTubeに限ったことでもなさそうで、先日、なぜかテレビのローカル局にチャンネルがあっていたのですが、その番組(お店で買った食べ物を公園のような場所で食レポするという…)でも出演タレントさんが自分のとる行動をいちいち説明していました。

・「それでは今からこちらのお店に行ってみようと思いま〜す」(→ 店のドアの目の前で言う)
・「…ということで、こちらの◯◯を買ってみたいと思いま〜す」(→その後すぐにお会計)
・「(公園で買ったものを広げて)ではさっそくコチラを食べてみたいと思いま〜す」(→すぐ食べた)

と次々に繰り出される「したいと思います」攻撃に、気づけば画面を凝視していました。今にもレジ前で財布を取り出して「ではこれからお金を支払いたいと思いま〜す」とか、店から出る寸前にドアの前で「今からお店を出ようと思いま〜す」などと言い出すのではないかと身構えたのです。

さすがにここまでの濫用は稀で、多くのユーチューバーが多用するこの「これから◯◯してみたいと思います」は、「実際にはすぐに行動に移していること」の直前に発する決まり文句として、動画の冒頭部分で1回から数回、発せられる程度なのが一般的です。

わざわざ断定形を避ける理由(の推測)

ではなぜ、すぐに行動に移すことを「◯◯します」と断言するのではなく、わざわざ「◯◯しようと思います」などという不確定な形にするのか? 

実際に「◯◯しようと思います」と言った後、動画の中でそれをしなかったことなどなく、ほぼすべての動画で私たちは、そのまま出演者が「実際にそれを実行する様子」を続けて見ることになります。

他人に見せる前提の動画の場合は特に、事前に自分自身が「何をするか」「何を撮影するか」はある程度決めているはずです。決めていなければまともに撮影などできないからです。しかし、のちの編集作業でいかようにも加工ができる以上、本来なら「今から◯◯しようと思いま〜す」などというセリフは、撮影前の自分の心にだけ語りかければ良いのです。では、なぜか? 

容易に推測できる範囲では、単純に「最近では断言を避け、そのような表現をするようになったというだけ」という解釈ができます。

若い世代を中心に日本語を変化させ、新しい使用法を獲得していく。その種の言葉の使い方の変化という解釈です。

動画撮影時の出演者は多くの場合、一人でカメラに向かってか、カメラマン担当に自分の行動を説明する体裁を取ります。そうするとその撮影時点ではまだ「実行前の予定の段階」なので、明確に断言できず、つい「思います」と言ってしまう事情も考えられなくもありません。まだやってないので。

そこで「これから◯◯します!」と断言することには不安が伴う…。断言してできなかったら恥ずい。だからまだ存在するかもわからない「想像上の批判」をかわす予防線を張って「◯◯してみようと思います」と曖昧にしておく…。おそらく特に深い意味はなく、行動説明の際の「新しい用法」として無意識に使われているだけなのでしょう。

新しい用法というより愛想笑いの発展形?

一方、言葉の構造としては、直截的ではなく曖昧な表現ですから「婉曲表現」に該当すると思われます。そうすると、ユーチューバーから視聴者に対して、一応の許可を取ろうとしているようにも受け取れます。

「ワタシはこれから◯◯をするつもりなので良かったらこの動画を最後まで見ていってくださいね。じゃあ…今から◯◯してみますよ? あくまでも”思う”とエクスキューズはつけましたからね? 最後までミテネ」という具合に。その思いがこの「思います」に全て込められている、いわば必死のアピール、必死のお願いを、柔らかく表現した可能性。

そんな時、完成済みの動画を見ているこちら側は(ライブ配信でもない限り双方向性はないんだから、思ってばかりいないでさっさとやればいいのに!)としか思いません。でもそのように一見奥ゆかしそうにお願いしなければならない事情(視聴数を稼…)こそが、この表現の真実の姿なのかもしれません。

そうするとこれは、日本的な「愛想笑い」「ごますり」の発展形のようにも思えてきます…。

おそるおそる、相手の顔色を窺いながら行動することも多い日本人ならではの言葉遣いであり、昨今ではそれが顕著になって、視聴者にお願いの姿勢を示さなければならない、動画制作の中で同時多発的に増殖してきたフレーズと結論づけることができます(ユーチューバーは、他の人の動画を参照する人も多い、という点もこの考察の背景にはあります)。

前例を真似ているうちに、言っている本人も別になんとも思っていないけれど一応言っておく、という、ただ無意識で言っているだけの挨拶文のようになってしまったもの。それが、この「今から(きょうは)◯◯してみたいと思いま〜すなのかもしれません。

(→❷に続きます)


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