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【短編小説】空気に何が書いてある(5/10)

「最近は、ネコに夢中なんだって」

 ママ友の一人が、顔をしかめながらそう言った。

 郵便受けのあるエレベーターホールで、女は同じマンションに住む二人のママ友といわゆる井戸端会議をしていた。

「そんなの、前からじゃない。あのババアがネコに餌やってるのなんて」

 もう一人のママ友が応える。息子と同級生の子どもを持つママ友だが、不妊治療の結果45歳で出来た子どもらしく、女とは15歳以上年が離れていた。そんな人間がババアと口汚く罵るさまは醜悪でしかなかった。

「そうなんだけど、溺愛ぶりが異常なのよ。あの人ずっと引きこもりみたいに家から出てこなかったけど、最近はネコに会うためにずっと給水タンクの下を覗いてるんだから」

 話題は大抵、誰かの悪口だった。それが最近は、4階に住む老婆ばかりがその対象となっていた。

「子ネコだって2匹産まれちゃってるんだって」

「そんなことなら、自分の家で飼えばいいじゃないねー」

 二人のママ友が、そう言いながら女を見る。無言の同調圧力。

「毒入りの餌とか置いちゃおうかしら」

「それ、いいわねー」

 女の言葉に笑顔で二人が応える。

 私は空気の読める人間だ。

 女のその自己評価は思い込みの要素が強かったが、ママ友同士の会話の中ではその思い込みだけが強化されていくようだった。

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