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未来を作る その3

「まあまあな人生だった。ナゼか?」シリーズを書くきっかけは大学の先輩と後輩が急死したことなのだが、その前から連載している水道橋博士のメルマ旬報で「MY LIFE VIDEO(をいつか作るための原案)」というのをやっていて、これは博士から「人のLIFE VIDEOを作る前に自分の人生を振りかえれ」というリクエストをもらって始めたものなのだけれど実際には全然振り返っていなかった。実は過去に興味があまりない。年に何回か受けるインタビューではいつまでも電波少年の話ばかりが載るんですが本当は「これから」の話がしたかったりする。聞かれるから答えるし喋るからには面白い方がいいと思っているんだけれど。
それがお葬式に参列して先輩、後輩の人生に想いを馳せて「それぞれな幸せだったんだろうな」と思い、そして「自分の人生はどうだったか」を考えた。”まあまあだったな”と思った。そしてそれはその時には気がつかなかった「ターニングポイント」があったんだなあと思ったわけです。その最中には気がつかない分れ道。それを振り返ってみるのはこれからの若い人にはひょっとしたら何かヒントになるかも知れないと思ったのでした。

今のその先を考える。それは「今ないものを作る」未来

人類の歴史にないことが起こっている日々です。だから判断が難しい。PCR検査だって「希望者には全員!」が正しかったのか「制限付きがいい」のか?は全部これが収束して振り返った時にしかわからないのかも知れません。これまでの経験が全く役に立たない。いや下手するとこれまでの経験が正しい判断を阻害することがあるのが「今までにないこと」が起きた時だと思います。

僕は当たり前ですが何もできることがありません。
MR.不要不急とは私のことだ!
免疫力の足しになるかと近所を走るとか、地元経済を回すと言って外食するくらいしかやることがありません。それで今のその先の未来を作るために「まちの大学」というところで講座をもち今度の日曜日に始まります。

これが面白いのは「世界向け番組企画」というのが”今ないもの”だということです。ドラマは映画という歴史がありますから「世界向け」はあるのですが、バラエティ番組は今まで国ごとに分かれてその国の人向けに作られてきました。それはテレビという国単位のプラットホームで流されていたものだからです。でもNETFLIXなどインターナショナルなプラットホームが続々と生まれてきています。ということはそこに「世界向けバラエティ企画」は存在し得るのではないか?という仮説を元に企画を考えるというものです。
あるかも知れないけれど今はない。NETFLIXの「KONMARI」はアメリカ人に向けてのものですし、日本の「テラスハウス」も世界で見られているとは言いますが基本は日本に向けてのものです。最初から「世界向け」としたものはないのです。果たしてあるのか?ないかも知れない。それが未来だと思うのですね。あるかも知れない、ないかも知れないを今始めるのが「未来を作る」だと思うのです。そんな試み・企みに参加してみたい、そんな無謀な人への最後のお誘いでした。



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