見出し画像

「文化」の意識的な形成

「もし自分がこれから全く新しい企業向けの法律事務所を作るとしたら、どんな法律事務所を作りたいか」という点について、何回かに分けて、私見たっぷりの妄想をつらつらと綴りたいと思います。

第3回は、意識的な「文化」形成の重要性です。

グリーベンチャーズの湊雅之さんの「SaaSって、結局何がスゴイのか?」を参考にしています。湊さんとは面識があるわけではないのですが、いつもSaaSに関するわかりやすい記事を執筆されていて、勝手に勉強させていただいています。

この記事の中で「SaaSの優れたポイント」3つのポイントが挙げられていますが、中でも法律事務所との関係で着目したいのが、この点です。

#1. Customer First:ユーザー起点で、価値にフォーカスできる

「いやいや、最近では弁護士も競争が厳しいので、クライアントファーストを掲げる事務所がほとんどですよ」というご指摘はごもっともです。

しかし、一般的な法律事務所が、成功しているSaaSと同じレベルで「ユーザー起点」を実現できているかというと、答えはNoです

もちろん、Slackなどのチャットツールを導入する、激安料金で受注する、24時間対応を唄う、など色々な工夫をされている法律事務所があると思います。が、成功しているSaaSが考える「ユーザー起点」というのは、法律事務所のそれとはレベルが違います

この「ユーザー起点」を成功させるには何が重要なのか?あえてスタンスを取って言うと、結局「組織運営」に尽きると思う。成長しているSaaS企業の経営者を見ると、「ユーザー起点」が骨身に染みていて、社内の組織運営も同じ目線でやっている方が多いということだ。当たり前だが、社内で利他的なカルチャーが無いのに、社外で利他的な「ユーザー起点」ができるはずがない。

私の知る限り、結果的に成長しているSaaS企業は、社長の組織運営への意識が高く、「お互いを助け合う/ホスピタリティ」カルチャーを意識的に作り、社員のロイヤリティも高いので離職も少ない。社員と話をしても、とても親切で機転の利く方が多い。大体チャーン・レートも低い。

一方、停滞するSaaS企業は、社長の突破力で一時的な成長はありつつも、組織運営・カルチャー作りを放置する傾向が強く、社内の雰囲気もピリピリとしていて、社員の離職も多い。そして、大体チャーン・レートも高い。個人的には、社長の組織運営力とチャーン・レートは、けっこう相関が高いと思う。

(強調部分は私によるものです。)

・「ユーザー」を「クライアント」
・「SaaS企業」を「法律事務所」
・「社長」を「ボス弁/パートナー」
・「社員」を「イソ弁/アソシエイト」
・「チェーン・レート」を「クライアントから契約を切られる割合」
に置き換えてみてください。

つまり、「クライアント起点」を実現するために、「ボス弁/パートナー」は、法律事務所内部の「文化」を意識的に作り上げ、組織運営を行う必要がある、ということです

ある方にとっては当たり前のことかもしれませんし、別の人にとっては目から鱗かもしれません。私は後者です。頭を後ろからガツンと殴られるくらいの衝撃です。「クライアント起点」を実現するためには、ここまで徹底してやらないといけないのかと。

本当に「文化」ってそんなに重要なのか?

ここで、またまた元弁護士でHolmes CEOの笹原さんが、カルチャー作りについてとても大事な示唆をされています。そして、これは弁護士が起業する場面だけでなく、「法律事務所を立ち上げる」時にもそのまま当てはまるのではないでしょうか?

法律事務所は、往々にして職人個人の集まりである場合が多いです。組織化されている法律事務所ももちろんありますが、少数派です。また、組織化されているとしても、その目的は大型案件の処理を可能にしたり、案件処理の効率性が目的である場合がほとんどではないでしょうか?もしカルチャー作りがあるとしても、それは所属弁護士の組織からの離脱を防ぐことに主眼が置かれていると思います。

いつも大人気の笹原さんの記事の中で、この記事だけスキの数が少ないことが、弁護士の文化づくりへの無関心を物語っているようです。

もちろん、現状の法律事務所がいけないと言いたい訳ではありません。一昔前に比べたら、弁護士間の競争の激化などもあり、弁護士の中にもサービス業であるという意識が確実に芽生えてきています。その結果、クライアント側のUXは格段に改善されていると感じます。

しかし、同時に、法律事務所の組織運営はまだまだSaaSなど他の業種から学ぶべき点が多く残っており、もっともっと「クライアント起点」を突き詰める余地があるのではないか、とも思うのです。

では、具体的にどうすればいいか?

Beenext・前田ヒロさんの「シリコンバレー経営とSaaSの成長」というブログにヒントがありました。

経営の仕事は4つある。

一体感のあるチームを作ること
「Clarity」という明確なビジョン・ゴール・ターゲットを作ること
オーバーコミュニケートすること
Reinforce(補強する)すること

そして、会社のリーダーは、以下6つのポイントを正しく理解し、いつでも言葉にして、これらの問いに答えられるべき。

なぜ会社は存在しているか
どんな行動(behavior)を求めているか
何をする会社なのか
どうやって勝つのか
今一番大事なことは何か
誰が何をやるのか

文化は、初期のチームメンバー20人の性質から抽出し、決まる。

社員に文化を伝える方法としては、常にオーバーコミュニケートしていくことが大切。オーバーコミュニケートとは、言い続けること。社員から煩がられても言い続けること。但し、ただ言い続けるのではなく、会社としての仕組みに組み込んでいくことが大切。例えば、人材採用の際に、会社の文化として共有しておきたいことを面接フォーマットを入れておいたり、3ヶ月に1度程度のタイミングで、会社が推進する行動を実践したメンバーを表彰するなど、積極的に仕組みに入れていくことで強化することができる。

ただ、ここまで来て自分が所属している事務所を振り返ってみたとき、実は正にここに挙げられていたようなことを(おそらく)意識的に行なっていたであろうパートナーもいました。

「文化」を共有しているパートナーと一緒に働くと、自ずとモチベーションが上がっていましたし、なんとかクライアントのビジネスをうまくいかせたい一心で、色々お節介なこともしながら工夫して働いていました。その結果、クライアントからの信頼を得られていた確かな感触があります。そして、クライアントのWilling to Payが日に日に向上していく過程も目の当たりにしました。

このような個人的な経験からも、「法律事務所においても「文化」形成は極めて重要な意味をもつ」と確信を持って言うことができます。

まとめると…

SaaSで培われたこれらの知見を法律事務所に当てはめるとすると

文化は意識的に作り上げるもの。
文化の目的はクライアント起点の実現にある。
創業メンバーが事務所を定義して、初期メンバーに伝え続ける。

ということになります。言うは易し、行うは…ですね。


参考URL

Holmes・笹原健太さんの「弁護士の起業③〜苦手なカルチャー作り〜
グリーベンチャーズ・湊雅之さん「SaaSって、結局何がスゴイのか?
Beenext・前田ヒロさんの「シリコンバレー経営とSaaSの成長


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?