会議で何もしない人問題

「全く新しい企業向けの法律事務所を作るとしたら、どんな法律事務所を作りたいか」について、私見たっぷりの妄想を綴りたいと思います。

第7回は「会議で何もしない人問題」です。

クライアント・弁護士間の会議に関して「タイムチャージで仕事をしているのに、会議で何もしない奴はけしからん!」という意見を目にしました。

法律事務所内部の教育的な観点からは「全くもってその通り」と思います。

しかし、クライアントの視点を想像すると、むしろ「タイムチャージで仕事をしているのに、何もしない奴を会議に出して、チャージしてくる法律事務所とそのパートナーはけしからん」という話であり、逆にいえば「チャージしないなら会議で何もしなくてもまぁいっか」という話になるんじゃないでしょうか?

言い換えれば、私はこの問題を「対クライアントとの関係では、その人個人の資質の問題として終わらせていい話ではなく、法律事務所の構造的な問題である」と考えています。

そして、これは新しい法律事務所のあり方を考える際のヒントになります。

ここでは、どうして「会議で何もしない人」が会議に出てしまい、しかもクライアントにチャージされてしまうのかを考えてみましょう。

ポイントは以下の通りです。

1. 「何もしない人問題」は対クライアントではその人自身の責任ではない
2.
「何もしない人問題」は若手だけの問題ではない
3.  これらはタイムチャージと評価制度から生まれる構造的な問題である


1. 「何もしない人問題」は、対クライアントではその人自身の責任ではない


法律事務所の「内部」においては、確かに「会議に出たのに何もしない人」に対する評価が低くなるのは当然のことであり、教育的観点から指導を行うことは必要です。その人自身も大いに反省すべきだと思います。

しかし、「対クライアント」との関係では話は別です。その責任は全て案件パートナーにあります。なぜなら、その人が会議に出席するのも、それをクライアントにチャージするのも、全て案件パートナーの意思決定に基づくものだからです。

案件パートナーが、「会議に出たのに何もしない人」を会議に参加させる理由として、以下が考えられます。

① 売上を増やすため
② 教育のため
③ 会議参加者が会議内容を
後から内部に共有する手間を省くため

①(売上を増やすため)について

この場合にはストレートに案件パートナーの責任であり、それによるレピュテーションダメージはそのパートナーが当然に甘受すべきものです。放っておいたら会議で何も価値を生み出さないような人をあえて会議に出席させて、しかもそれをクライアントにチャージするということ自体が問題の核心です。その人に対して、「クライアントから不満に思われないよう、とにかく何か役に立つことをやれ」というのは、クライアントの立場からしたら、本質的な解決にはなっていないのではないかという疑問があります。

②(教育のため)について

これは異論はありそうですが、教育コストは、本来、法律事務所が負担すべきものであり、クライアントに転嫁すべきものではないと考えます。クライアントにチャージすることなく、若手を会議に参加させてみたり、内部会議でパートナーやシニアアソシエイトを相手にロールプレイをさせてみるなどやりようはいくらでもあります。もしこの時間をクライアントにチャージしていないのであれば不満は出ないはずですし、基本的には不満を言われる筋合いもないはずです。

ただ、アソシエイトの時間を使いながら、クライアントにチャージしないという判断は、パートナーにとって簡単なことではありません。

なぜなら、パートナーの評価は、売上ではなく利益と連動している部分(recovery rate)が少なからずあるからです。

(事務所毎に細かい仕組みは異なりますが、以下では誤解を恐れず、あくまで日本に限らない企業法務の法律事務所の一般論として記載します。)

法律事務所にとってアソシエイトに支払う給料はコストです。アソシエイトは固定給の要素が強いので、法律事務所からすれば、アソシエイトが長時間働いたからといって直ちにコストが膨らむわけではありません。しかし、法律事務所は、限りあるリソースであるアソシエイトをパートナー間で共有して利益をあげる仕組みです。また、もしリソースが不足してアソシエイトを増やす必要が生じれば、当然コストも膨らみます。

そのため、少ないリソースで効率よく売上をあげられるパートナーが評価されるのは、当たり前といえば当たり前です。例えば、複数のアソシエイトを合計2000時間働かせて1億円を売り上げるパートナーと、合計10000時間働かせて1億円を売り上げるパートナーとでは、前者の方が高く評価されるのは極めて合理的です。

教育の話に戻ると、案件パートナーが、クライアントにチャージすることなく、教育のために自分やアソシエイトの時間を使うということは、そのパートナー個人の評価・待遇を下げることにつながります。言い換えると、教育コストを法律事務所で負うということは、案件パートナーが個人でコストを負担することに近いと考えられます。

以上から、クライアントにチャージをすることなくアソシエイトの教育に時間を割くことことができるのは、上述のディスインセンティブを物ともしない高い志と、十分な利益を稼ぎ出しているパートナーに限られるといえます。と、ここまで書いてきて気づきましたが、このような状況の中で、タイムチャージの外側でこれまで私に様々な指導を与えてくださったパートナーの方々には感謝しても仕切れません。

なお、ちなみに、アソシエイトの長時間労働の問題も、この辺りの仕組みに起因していると考えていますが、ここでは割愛します。

③(内部共有の手間を省くため)について

これは一見合理性がありそうではあります。しかしながら、案件パートナーが自分で内部共有した場合のフィーが、発言しない人を会議に参加させるフィーを上回らない限り、クライアントとの関係では正当化できません。

この点について、以下のご意見をいただきました。

これは確かにご指摘の通りだと思いました。プロダクトの質や会議後に効率的に作業するために会議に参加させるという意味はありそうです。

ただ、「会議の場では何もしないけど、その後の作業のためだけに会議に参加する」ということではクライアントの納得を得られないので、じゃあどうすべきか?というのが、この記事の問題意識です。

2. 「何もしない人問題」は若手だけの問題ではない


そもそも、会議に出たのに発言しない問題は、若手のアソシエイトだけの問題ではなく、案件パートナーにも等しく当てはまります。

アソシエイトがクライアントとの窓口をつとめ、案件の事実関係を全て把握して回しており、案件パートナーがアソシエイトにほぼ任せているという案件も珍しくありません。そういう場合は、クライアントとアソシエイトの間で直接の信頼関係が醸成されている場合も多いです。

そんな案件において、アワリーレートが高い案件パートナーが、事実関係をいまいち把握しないまま会議に参加し、ピントのずれた一般論のアドバイスに終始して、クライアントが不満を抱くという例を耳にします。

案件パートナーがこのような行動に出る理由は、①売上を増やすため、②自分がそのクライアントにコミットしていることを示すため、③自分の価値を示すためにクライアントの前でそれらしいことを言いたい等が考えられます。②も③もチャージされないなら全く問題ないんでしょうけど…。

そういう意味で、「タイムチャージで会議に参加したにも関わらず、価値を生み出さない」という問題は、何も若手に限られる問題ではありません。その案件へのコミットメントが低い場合には、若手だろうとベテランだろうと、アソシエイトだろうとパートナーだろうと誰でも起こり得るものなのです。


3. これらはタイムチャージと評価制度から生まれる構造的問題である


これらの問題は、それぞれのパートナーやアソシエイトの個人の姿勢や資質の問題とも言えるかもしれません。

しかし、個人的には、法律事務所で一般的に採用されているタイムチャージと上述の評価制度から必然的に生じる構造的な問題なのではないかと考えています。

これに対する制約要因は、儲けすぎにより他の事務所に乗り換えられてしまうということですが、乗り換えの経済的・事務的コストの問題や選択肢の問題から、(案件にもよりますが)それがどの程度有効に働いているかは疑問です。

この背景にあるのは、クライアントサイドによるリーガルコストへの抵抗感とそれに起因する日本の弁護士の単価の低さがあるのかもしれません。なかなか単価を上げられない分、労働時間で補う方向性になりがちなのは事務所経営者としては、やむをえない部分もあるかもしれません。

しかし、もし報酬体系がタイムチャージではなく、バリューチャージや成功報酬制、(私が考えるところの)サブスクリプションモデルであれば、法律事務所側において、無駄な人間を会議に出席させるインセンティブは働きません。なぜなら、そんなことをしても事務所は儲からないからです。

もちろん、タイムチャージ以外の報酬体系を採用した場合に、どのような新たな弊害が生じるかについては検討する必要がありますが、少なくともクライアントとの関係で「会議で何もしない人問題」は生じません。

4. まとめると…

法律事務所は人が資本であり、働いただけ請求するというタイムチャージは極めて合理的な仕組みです。

その一方で、「会議で何もしない人問題」を見ても分かる通り、効率化や働き方に関するクライアントと(経営者)弁護士のインセンティブには相反している部分があり、弁護士が本当の意味でクライアントの利益のために行動することを難しくするという点で問題があります。

そして、個人的には、タイムチャージと法律事務所内部の評価制度こそ、クライアント・エクスペリエンス向上との関係で大きな阻害要因ではないかと考えています。

とはいえ、タイムチャージに代替する制度を作ることは痛みが伴うので簡単ではありません。もし実行するのであれば、既存の組織ではなく、新しい組織で行うことが必要です。新しい法律事務所構想は、タイムチャージの見直しを含めたインセンティブの再設計というところが一番重要だと思っています。そして、そこに法律事務所の破壊的イノベーションのヒントがあるのではないでしょうか?


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