水中の月光(Underwater Moonlight by The Soft Boys

※過去に公開した記事の再録です。

 満月の夜は、月明かりが湖の中まで届く。水のうごきにつれてゆらゆら揺れる光は、水底の水草や、昔誰かが投げ込んだ硬貨を鈍く照らす。しかしそれは彼らにはどうでもいいことだ。水中で暮らす彼らは光がなくても「見る」ことができる。
 彼らのうちの一人、大柄な男が縄張りに戻ってきた。彼は収穫物を抱えていた。男連中はまだ誰も帰ってきていない。彼は女子供に収穫を見せ、喝采を浴びた。
 程なくして小太りの男が戻ってきた。彼が持ち戻ったのは「ふつうの」収穫だった。小太りは大柄の持ってきたものを見て、人間でいうところの口笛にあたる動作をした。
「やるじゃあないか」
「運がよかっただけや」
そういいながら大柄はまんざらでもない、という顔をしている。
「もっとよく見せてくれ……まだ若い女だな」
「若いのに死んでしまって気の毒やけどな」
「そうだな……ん、胸に刺し傷があるな」
「誰かに殺されて、捨てられたんやろな」
「世も末だよ。事故ならまだいいが、殺された、となるとなあ。女どもにはばれないようにしろよ」
「分かっとるわ」
 その夜の食卓は賑やかだった。司祭が慰霊の儀を執り行い、若くして殺された人間の少女の衣服や持ち物を収めた墓が作られた。ちょうど、二百個目の墓だった。
 食後、子供たちは早々に眠ってしまった。女たちはゆっくり後片付けをしながらおしゃべりに興じている。大柄と小太りはほかの者から離れたところで話していた。
「俺は食えなかったよ」と小太り。それにこたえて大柄、
「俺もしんどいで。でも取ってきた本人が食わんかったら感づかれるで、食うしかないわ」
「陸にはあの娘の家族がいるんだよな」
「そらな」
「今頃、心配してるんだろうな」
「そらそうやろ」
「あの娘は可愛いんだろうか、俺たちからすれば奇妙な顔だが」
「可愛いんとちゃう? 親からしたらどんな顔でも可愛いで」
「そうだな」と言って小太り、人間でいうところの喫煙行為を始めた。そしてさらに口を開き、「なあ……」と言いかけたが大柄が先を制した。
「もうやめよう」
 そういって大柄は皆のもとに戻っていった。その背中に小太りはすまなかった、と声をかけた。大柄は振り返らず、手だけ挙げて返答した。

■解説
70年代~80年にかけて活動していたロックバンド「ザ・ソフト・ボーイズ」のラストアルバム、タイトルトラックです。
ソフト・ボーイズの中心メンバーであるロビン・ヒチコックはシド・バレットに傾倒していて、本曲の歌詞も幻想的、官能的なにおいがします。シングルB面用には、シド・バレットの「ヴェジタブル・マン」が録音されました。
余談ですが、このアルバムはパット・コリア―が所有していたアラスカ・スタジオで録音されました。「アンダーウォーター・ムーンライト」から数年後、同じスタジオでジーザス&メリー・チェインが「ヴェジタブル・マン」を録音しています。

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