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あなたは何でもできるから

300年生の吉野杉の森を案内してくれた木工作家の平井さんは、素敵な家具を杉でつくっている。アート作品と言った方がふさわしいような美しい流麗なフォルムの家具。だけど、平井さんはその杉のことを「面白くない」と言う。

平井さんは大学で建築デザインを専攻し、卒業後は、大手建設会社でオフィスビル等の設計をしていた。しかし自らの手でものづくりをしたいという思いから木工を志し、2年間飛騨の木工職人養成学校で木工の基礎を学び、その後3年間アイルランドの個人工房で修行を積む。そこで造形作家ジョセフ・ウォルシュ氏に師事し、曲げ木加工の技術を教わった。そして帰国後、紀伊山地の奥深い山中にある川上村に移り住んだ。

狭い山道を登って、かつてタイヤ倉庫だったという平井さんの工房に足を踏み入れると、人懐こい犬がわんわん吠えて足元に寄ってきた。工房の中には見たこともないような美しい形の座椅子や数スツールやベンチが無造作に置いてあった。厚さ1.5ミリにスライスした吉野杉の板をミルフィーユ状に15枚重ねて、手作業で曲げ木加工したものだ。
針葉樹は軽くて軟らかく、家具には不向きと言われるが、その特性を逆手に取って加工している。しかし、それはどんな木でもできるわけではない。節がなくて真っ直ぐなものでないとつくれない。川上村を主産地とする吉野杉には節がほとんどなく、曲げ木加工をするにはうってつけだった。

平井さんは、材料の薄くスライスされた吉野杉を見せてくれながら言う。
「吉野杉は、木じゃないみたいですよ。年輪も細かくて均一、木ならあって当たり前の節が全くないものがこんなに長くとれる。木目のプリントかなにかじゃないかって思っちゃいます」
吉野杉でなければこの美しい家具ができない。だけど、その素材自体は優秀すぎて面白みがない、と言う。

まるで『ドラえもん』出来杉くんのようだ。(そういえば、出木杉くんも「杉」だ)。
出木杉くんは野比のび太のクラスメイト。成績はオール5で学業優秀、スポーツも万能。誠実で容姿端麗な優等生。だけど優等生ゆえの悲哀がある。ドラえもんのある映画では、のび太の結婚前夜の酒の席で、原作にはなかったこんなセリフを言う。
「本当はぼくが幸せにしたかったんだけど、あなたは何でもできるからって・・・」
彼は優秀で何でもひとりでできるからこそ、しずかちゃんに振られてしまう。

僕はふだん、木材としては優秀ではない細くて短くて曲がりくねって節だらけの、のび太やスネ夫やジャイアンのような個性豊かな広葉樹を扱っている。だから、木の曲がりや節のような欠点をポジティブに言うことが多い。欠点のあるのび太のような木ほど使ってあげたくなる。その反面、「まっすぐで節もない木なんて使いやすいかもしれないけど面白くない」なんて言ってしまう。
だけど、優秀な吉野杉はけっして土壌や気候に恵まれて何の苦労もなく育ったのではない。吉野林業の特徴である「密植」「多間伐」「長伐期」という地道な均一な、年輪を重ねるような作業の積み重ねによって成ったものだ。出木杉くんもきっとそうだ。

なんでもできる出木杉くんのような吉野杉でないと、平井さんの美しい家具はできない。そんな優秀な吉野杉を育つまでには、「撫育」と呼ばれる人と自然の営みがある。森を案内してくれた平井さんはちゃんとそれを知っているけれど、きっと照れ隠しで優秀すぎて面白くないなんて言っている。出木杉くんと結婚したしずかちゃんだってきっと幸せになるだろう。

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