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木をもてなす場所

「りんごの木を薪ストーブで燃やすと、アップルパイを焼いているような香りがするんです」
武田さんは木の板の山の前で積まれたりんごの木を前に教えてくれた。「お客さんが来た時におもてなしのつもりで燃やしていると、お客さんの方はいつアップルパイが出てくるのか期待してしまって、結局出てこなくてがっかりされたって話を聞きましたけど」

三重県大台町の武田製材の武田さんは、森の木だけではなく、街路樹、庭木、公園の木、神社の木、果樹園の木など何でもかんでもいろんなところから集めては板に挽く。そんな武田さんの自称「三重県で一番フザケタ製材所」は木工家の中では有名で、いつか訪ねて行きたい場所だった。
昨年冬に、同じく武田さんのところに行きたいと思っていた製材所の西野さんと市役所の竹田さんと一緒に、男3人の1泊2日の伊勢旅行で訪ねていくことにした。
武田さんに、前泊して午前中に訪問する旨の連絡をすると、「それならぜひここに泊まってください」と鳥羽の民宿を紹介してくれた。そこは現役の海女さんが経営する、海鮮料理の量と種類が多くて有名な民宿で、伊勢海老、アワビの刺身の舟盛り、焼きサザエ、魚の煮付け、釜飯、澄まし汁・・・、たくさんの種類の食べ切れない料理のおもてなしを受けた。

その翌朝、満腹の僕らは、民宿から車を走らせ、武田製材さんへ赴いた。
武田さんの名刺には「ゴミ屋敷の様な工場です」と書いてあるが、実際その言葉に違わぬ雑然さだった。決して広いとは言えない敷地に所狭しといろいろな木材が積まれている。昔やっていた普通の製材加工業から事業縮小したのに、在庫はどんどん増えていっているらしい。
足元に「スモモ」と「サクランボ」と書かれたピンク色の木材が転がっていた。「先週、山梨の果樹園まで日帰り弾丸回収ツアーに行ってもらってきたんです。朝5時半過ぎに家を出て愛知、静岡を通って行って、山梨の滞在時間は約40分。帰りは長野、岐阜を周って帰って家に到着したのは夜の10時過ぎ。走行距離800キロのロングランでした。今度は泊まりで行きます」
武田さんは、「こんな木があった」「こんな木を挽いた」「かたくて大変だったから二度と挽きたくない」等と、うずたかい山からひとつひとつ木材を手に取ってうれしそうに教えてくれる。
「この綺麗な黄色い色をした木はコトリトマラズ。トゲだらけで、鳥が止まれないからその名前が付いんです。葉や木を煎じると目薬になります」
「赤色や黄色はあっても青色の木っていうのはないのですが、ロクショウグサレキンが侵食した木材は青くなるんです。自然の青の色を使いたいっていう北海道の作家さんがこれでアクセサリーを作ってます」

工場を案内してもらった後、事務所にもお邪魔する。そこにも珍しい木やそれらで作られた木工品が並んでいた。奥さんに美味しい地元のお菓子とお茶をご馳走になり、色々なお話を聞かせてもらった。武田さんは珍しい木や変わった色の木を集めて挽くだけではなく、その使い道も考えている。
「木工家さんはみんな同じ木を使うから、せっかくオリジナルの木製品をつくっても色や木目が同じで似たものにみえてしまいますよね。世の中にはこれだけ個性のある木があるんだから、もっといろいろ使えばいいのに」
武田さんは全国のクラフト展に行くのが趣味で、会場で仲良くなった木工職人さんに木のことを伝えている。木が好きな木工家や家具職人は武田さんのところに直接買いにくる。武田さんがあまりにも珍しい木を扱っているから、木工家の間ではよく話題になる。

朝から相手をしてもらって、気づけばもうお昼を過ぎていた。製材所に来て何も買わずに帰るのが申し訳ない気持ちになる。入場料のある本屋のように、入場料のある製材所にすればいいのに、と思った。
帰り際に武田さんに呼び止められ、お土産です、と汚れたスーパーのビニール袋に入った青い木片を渡された。さっき教えてもらったロクショウグサレキンの青い木材だった。
それから、「三重県と言えば松阪牛ですが、おすすめは鶏です。特に味噌ダレの鶏焼肉はおすすめなので、お昼はぜひここに寄って帰ってくださいね」と鶏焼肉のお店の名前と連絡先が書かれたメモも渡してくれた。
たくさんのものをおもてなしだけを受けて、僕らは「三重県で一番フザケタ」「ゴミ屋敷の様な」場所を後にした。

「もてなし」「もてなす」という言葉は古く平安時代には使われていたそうだ。「もて」は「以て」。「意識して・・する」「心で大切にして・・する」。何となくではなく、意識的、意図的に、主体がそれと意識して行為することを表す。「なす」は「為す」「成す」「生す」。人為的に力を加え、積極的に働きかけることによって、これまでになかったものを存在させる、または、すでに存在しているものに働きかけ、これまでとは別のものに変化させることを示す。つまり、「以て為す」ことは「意識的に何かを行い、ある状況をつくり出す」こと。
武田さんは、ふつうは流通しない、ゴミになってしまう木を全国から集め、挽いて板にして、誰かに使ってもらえる状態にする。たくさんの木工作家に会いに行き、木のことを伝える。木工作家はここに来て、その木たちを使って家具や小物をつくる。
武田さんがここで以て為しているのは、訪れる僕たちや木工家ではなく、木なのかもしれない。

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