見出し画像

佇む彼女は遠い存在でした①







「俺に追いついたら肉まん奢ってやるよ‼︎」



青空の下、河川敷に自転車を漕ぐ男が2人。

制服のネクタイは乱れて、シャツは背中側だけズボンから露出している。




「ふぉーーーー‼︎‼︎‼︎」




俺の名前は橋本○○。地元の超普通の高校に通う高校2年生だ。

そして、俺の後ろを全速力で漕ぐのは小学校からの幼馴染の、圭介。



俺たちは毎日、この河川敷を自転車レースで競争して帰るのが日課。



人通りは少ないし、散歩する犬にさえ気をつければ事故ることはない。




「お前さっ‼︎やる気あんのかよ‼︎」


「あるよ!だから一生懸命漕いでんじゃん!」




ちなみに、圭介はデブだ。


だから俺に追いつけやしない笑




「おいデブっ‼︎‼︎今日もそんなもんかぁ?」


「もう無理だよ…」




後ろを振り返ると数十メートル離れた先に自転車を押しながら歩く巨体が目に入った。




「ふは、ださいなぁ笑」




そう笑った瞬間だった。

目の前に視線を戻すと小さい子犬がキャンキャンと近寄ってきている。


圭介に気を取られすぎた俺は

その子犬を避け切ることができず、




急ハンドルを切った。





そして、河川敷の芝生へと自転車もろとも転げ落ちていく。





「ぐわっっぅっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」





“ガチャンっっ”



と自転車が破壊される音と共に



“ドォンッ‼︎”



という地面に叩きつけられた打撲音が響く。







「痛ったぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁあ‼︎‼︎‼︎」








と叫ぶと同時に











すぐそばには不審者を見るような目で俺を見つめる


1人の少女の姿があった。








『………』





彼女は見つめるだけで何も言わない。


痛みに耐えかねた俺は藁にもすがる思いで彼女に話しかけた。





「あ、あの…」


『……』


「ば、絆創膏とか…もって…ないすか…」




擦りむけた膝小僧に流石に彼女も気の毒に思ったのか

スクールバッグの中から黒いポーチを取り出してその中から絆創膏を2枚、取り出した。




「2枚も…?」


『肘も。擦りむけてます』




ん?と自分の肘を確認すると確かに血が流れていた。




『これも、使って』




そう言って彼女がまたもやバッグから取り出したのはハンカチだった。

しかも、レース付き。




「いいんですか」


『いいから』




彼女はそう言って、彼女のであろう水筒の中の水をハンカチにつけると同時に俺の肘をそれで押さえる。




「痛ったぁぁ!」


『うるさい』




冷静な対応をする彼女とは対照的に、うるさい俺。

周りにいた何人かの黄昏人たちはそんな俺たちを見つめるだけだった。





“ドスドスドス”





…ん?なんか地響きが……





「○○‼︎大丈夫かぁっ‼︎‼︎」





後ろからドスドスと駆け寄ってきたのは案の定圭介だった。


一応、俺が転げ落ちる場面は見ていたらしいが数百メートルの距離を辿り着くまでに時間がかかり、ここまでの工程が終わってしまっていた。




「全身痛いけど、まぁ大丈夫っしょ」


「でも○○。自転車が折れてるよ」




そこにはガラクタかのような自転車の姿。

さっきまで乗れていたとは思えない。




「うわぁ、俺母さんに何て言い訳したらいいんだろ」


「なぁ○○、その子誰…?」




圭介はようやく、俺の肘の手当てをしてくれるこの女の子の存在に気がついた。




「え、あ、この子は……」





俺は今のあらましを説明しようとした。

すると彼女は俺たちのことを一瞥しておもむろに立ち上がった。

そして、逃げるかのようにしてスクールバッグだけを持って去っていく。



本当に一瞬の間だった。





「え…?ホントに誰?」


「ただ、手当てをしてくれただけだよ。その辺にいた。」




彼女がいた証拠は俺の隣に落ちている血のついたハンカチだけ。



「てか、あの子の制服見たか?」



圭介が突然とそう切り出す。


「制服?」


「あれは、乃木女の制服だぞ!その辺の金持ちとは訳が違う。本物の富豪が行く高校だ!」


そんなこと、思いもしなかった。見もしなかったな。

さすが金の亡者圭介だ。




…ん、てことは…




「じゃあ、このハンカチはその高校に行けば返せるってこと?」


「まぁ、いるだろうけど…」


「明日にでも行ってみるか」




俺は彼女が落としていったハンカチを返すがために、


また会う口実ができた。








 ───────────────────




翌日




「○○、本当に寄ってくのか」

「逆に寄らずにどうやって返せって?」

「俺は…行かないからな」




学校が終わり、放課後となる。

たまたま部活がオフである俺は今日しかないと思って“乃木女”に赴くことにした。


圭介曰く、お嬢様しかいないから男が容易に来れる場所じゃないらしい。

怪訝そうな目線で見られるのは覚悟しとけ、とのこと。




「まぁでも行くしかないよな」




俺は絆創膏だらけの身体を何とか動かして弟の自転車を使って漕ぎ出した。








乃木女までの道のりはそこまで遠くはない。


ただ、お嬢様学校というだけあって割と都心にあるのが難点。混み合った道を自転車で通るのは中々に面倒だった。


しかし、流石高級住宅街といったところか、校舎が近づいてくるにつれ人通りも少なくなり道幅も広くなっていく。



そして、馬鹿でかい校舎の目の前に着いた。







「でっか」







そう呟くと同時に校舎内から終わりのチャイムの音が鳴った。



「今終わり…?」



俺の高校よりも30分遅く終わった授業。しばらくするとゾロゾロと人が出てきた。

と、同時にゾロゾロと黒塗りの車が校舎前に並び始めた。




「え、なになに」




俺は動揺する暇もないままあっという間に高級車に囲まれる。

どれもこれも金持ちの家でしか見たことない。




『君、どこの子?』




そんな中、一台の車からサングラスをかけた高身長の男が俺に話しかけてきた。




「え、あ、坂道高校ですけど。」


『それはいいんだが。安易にこの学校に近づかないでくれるかな』


「え?」


『この学校は一般人が立ち入っていいところじゃないからね』


「は、はぁ?」




何を言っているんだこいつ。


と思っているのはこの周辺100メートルの中では




俺だけのようだった。




門を潜り抜ける女子高生たちは俺を軽蔑するような目で見てきて

不審者から守られるような形でそそくさと車に乗り込んでいく。




「なんだ…ここ」




俺は戸惑うほかなかった。


こんなすぐ近くの場所にこんな異世界が広がっているのか…?




そう混乱していると、





門をくぐり抜ける見覚えのある女の子の姿があった。







確実に俺に気がついている。





「昨日は、どーも…」



俺は即座に駆け寄って

迷惑がかからない程度に挨拶をする。



『ちょ、何してんの?』


「いや、これを返しにきただけで…」



俺はそう言って紙袋を取り出す。今日1日で少し皺はついてしまったものの、母か昨日の晩用意してくれた“ありがとうセット”だ。


中には昨日のハンカチ、とテキトーな和菓子が入れられている。



『あ、そゆことか』



そう言って彼女が紙袋を受け取った時だった。




“え、岩本さんだよね?彼氏?”


“え?あの岩本さんに?”


“あのお父さんを説得ってこと?”


“待って岩本さんが男といる”





そんな声が後ろから聞こえてきた。


おっと…?これはまずいことになったのでは?




『…ちょ、とりあえず来て』




彼女は焦るかのように俺の手を掴む。


そして何が何だか分からないまま、




送迎の車の中で1番大きい黒塗りの車に俺は乗り込まされた。








 ───────────────────





 ───────────






 ───────




『とりあえず、ハンカチはありがとう』





車に乗らされて数分。俺たちは少し離れたところにある公園に降り立っている。





「こちらこそ昨日は迷惑をおかけしました」


『昨日のことはいいから、もう私の学校に近づかないでくれる』


「え?」


『迷惑なの。怪我を手当させられるよりもよっぽど迷惑』




いやいや、そこまで言わなくても。

確かに俺があの場で浮いていたのは確実だけどそこまで言われる筋合いはなくね?




「別に、好きで近寄ってる訳じゃねぇから」


『は?』




反抗されて眉間に皺を寄せる彼女。




「俺だってハンカチ貸してもらったりしなかったらあんなお嬢様学校に近付かずに済んだんですけどねぇ〜」




明らかに声色を変えてバカにするように彼女にそう言い放った。




『いやいや助けてもらった身が何言ってんの?感謝くらいしなよ』


「感謝はしてるよ?ものすごく。ほらこの通り」




俺は手をピンと体に貼り付けて大袈裟に礼をした。




『馬鹿にしてんの?』


「違う違う!敬意を表しただけ」


『分かんない。庶民が考えること、ほんっと分かんない』


「うわ、差別発言ですよ」


『なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないの』


「そりゃあ…そっちがそんなこと言うからぁ」




こんな押し問答を続けていると


彼女の背後に彼女と同じ制服を着た女の子2人が目に入った。


どうやらこちらに向かって歩いているっぽい。




『ねぇ岩本さん、この人って彼氏なの?』




俺たちをみるなり、突然そう言った。




『こんな一般人と付き合うなんて、頭悪いんじゃないの笑笑笑』




俺を一瞥して、鼻で笑う。

これって俺が馬鹿にされてるのか?








『この人は彼氏でも何でもない。放っておいてくれる?』





そう言い放った彼女、

いや、岩本さん。



その美しさと形容のしようがない威厳あるその姿に


俺は思わず目を奪われていた。






『そ、そうだよね笑』



その姿に恐れ慄いたのか、女の子たちも少しばかりビビっているように見える。



『私に構ってる暇あれば勉強でもすれば』


『私は、暇じゃないの』



その言葉を皮切りに、女の子たちはそそくさと去っていった。

彼女たちが話しかけてきた理由は分からなかったが、なんとなく岩本さんが学校で置かれている立場が分かった。




この子、あの学校の中でもとびきりでお金持ちだ。





『ごめん。話が乱れた』


切り替えるかのように俺の方へとポケットに手を突っ込みながら振り返る彼女。



「あぁ、いや、全然」


『まぁ言いたいことはこういうこと』





『私の学校の生徒は、庶民を見下してるの。』


『だから、嫌な思いしたくなかったら私に今後近づかないで』



今の出来事があったからこそ、その言葉には説得力があった。

でも、俺はここで納得してしまったら

もう彼女と会うことはできないと思った。



こんなにカッコよくて勇ましい女の人に出会ったことはない。



自分を芯に持っていつつ、誰にも臆しないその態度。

そして、誰にも勝るその美貌。



一生会えなくなる、と考えると


俺はいてもたってもいられなくなった。




「いいよ」


『分かってくれたならそれでい………』


「嫌な思いしても」


『は?』


「それでも俺は今、あんたのこともっと知りたいって思った」






そんな怪訝そうな顔しなくても…




『え、どゆこと?』


「だから…名前、教えてってこと。仲良くなりたい」




岩本、だけじゃだめだ。

もっと知りたい。

性格も、今までの思い出とかも。




『あんたって本当馬鹿だね。これだから庶民の言うことは分かんない』




…やっぱ、ダメか。

住む世界が違うんだもんな。

俺なんかの庶民がお嬢様のことを知りたいだなんてお門違いってわけ……………







 ───────────────────






 ────────────






 ───────岩本、蓮加







『私は岩本蓮加』






世界が瞬く間に光宿らされていく。


目の前の掴みたくて掴みたくてしょうがなかった光の玉に


指先だけ触れたような、そんな感覚。




『そっちは?』


「お、俺は橋本○○…」


『○○か…庶民っぽい』


「え、馬鹿にした?誰よりも馬鹿にしてるよなさっきから」


『ん?何のこと?』


「とぼけんじゃねぇよちょっと金持ちだからって!」


『さぁ…?』


「んだよ、もう笑さっさと帰れよお嬢様‼︎」


『ふん、言われなくても帰りますよーだ』




あ、この子スクバを肩にかけた。

昨日と同じやつ。



「あ、帰る前に」


『ん?』


「LINEだけ教えて」


『ふ笑そこだけは素直になるんだなぁ』


『はい、どーぞ』





新しく付け加えられた友達、1。

アイコンも名前も遊び心ひとつない。

でも、目の前にいる彼女の笑顔は




とても可愛かった。







 ───────────────────






「は?LINE交換した⁉︎」


「ふはは!俺はやればできる天才だからな」





昼休み。コンビニで買ったコーンマヨパンを貪りながら教室で駄弁る。

目の前にいる愛されすぎて太りまくった圭介はママ特製の贅沢弁当だ。




「名前は…?岩本…?」


「おん。めっちゃ美味いなこのパン」








「岩本!?!?!?!?!?!?」 




んっ⁉︎なに⁉︎


急にたちがって俺の携帯を凝視する圭介。

教室全体が揺れる。




「んだよ急にうるせぇな」

「い、岩本…って…」






「岩本商事の岩本じゃねぇかっっっっっ‼︎‼︎」







圭介の携帯画面に映されたのは

岩本商事のWikipediaだった。

それを水戸黄門のように見せつけてくる。




【岩本商事】

三菱商事、伊藤忠商事などと並ぶ日本五大商事の一社。

明治時代に創設され、現在は日本2位の業績を誇る。





「え?あの子、ご令嬢ってこと?」


「○○…今すぐに手を引いた方がいいぞ…」


「なんでだよ」


「は?」




これが何だって言うんだ?

俺もわかるよ?めっちゃ金持ちってことなんだろ?もう俺らとは比べられないくらい。

でもさ、これが岩本蓮加本人と何の関係があるっていうんだ?




「蓮加は蓮加だろ。」


「でも何されるかわかんねぇぞ」


「そのときはそのときだよって^_^」



俺は圭介の肩にポンと手を置いてゴミ箱にビニール袋を捨てにいく。



「おい、分かってんのかよ○○」


「だから何が?」


「商事のご令嬢とお前は釣り合ってない。ていうか、その子とお前はどういう関係になりたいの」


「え…?」




どういう関係…?


そう言われると…困る。


まぁ、付き合いたいとかそういう感情は今はない。

ただ、手放したくないっていうか、仲良くなりたい、そういう感覚。



「友達になりたいな」


「俺は手を貸さないからな」


「誰も頼んでねぇよ」



いつにも増して否定的な圭介を置いといて、彼女にLINEを送る。




【お嬢様、今は何をしているんですか】




まぁ、ここは一旦置いておくか………




“ピロン”




え?早くね?




【昼休み。てか呼び方うざい】


【乃木女にも昼休みとかあんだ】


【何だと思ってんの。あるよ】


【何食べてんの?】


【白身魚のソテー】




は?何食ってんのこの子。




【菓子パンとかマックとか食べたことある?】


【なにそれ】




え、ちょっと箱入り娘すぎない?

この子、本当に大丈夫か?


いや、ここは俺が庶民の世界を彼女に教えてやるしかない‼︎‼︎




【俺が教えてやる】


【どゆこと】


【今週の土曜日、こないだの公園に来てよ】


【それってデート?】


【それは、あんたによる】


【じゃあデートにしとく。楽しみにしておくね】




トントン拍子で進んだデートの約束。




ごめん、圭介。




お前の忠告、守れそうにねぇや笑



      ───────to be continued





































この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?