見出し画像

「(((((((((ありがとう))))))))) の花束」難病になった喜劇作家の"再"入院日記15

某月某日 退院の日の朝

昨晩、Facebookにプライベート限定記事として、この1年間に起きた発病から入院までの経緯と、これからの闘病生活に対する覚悟を綴った。誰にも知らせてなかったから、その反響は大きかった。今朝見返したら、多くの友人・知人があたたかいメッセージを寄せてくれていた。とても励まされた。(ありがとう)

昨日は、ソーシャルワーカーが車椅子を手配をしてくれ、同時に、パルスオキシメーター購入の9割負担を市がしてくれる制度も利用することが出来た。金銭的負担が減ることはとても助かった。
(ありがとう)

在宅酸素の業者と最後の打ち合わせ。家に常備するものと、持ち歩きの携帯用のもの。私の呼吸機能の回復具合を見ながら、どの機器が一番最適か、何度も病室に来ていただき決定した。今後もお世話になります。
(ありがとう)

リハビリ担当者に、訪問リハの方を紹介してもらう。家庭での日常生活をスムーズに行う訓練をする作業療法士さんと、車椅子での移動とさらに自力歩行の訓練をしてくれる理学療法士さん。週2回。在宅酸素で2メートル以内の火に近づけず食事の準備に不安があること。徒歩5分の保育園に迎えに行くのが目標である旨を伝えてもらう。
(ありがとう)

今朝の担当看護師さんは、臨時なのか、初めましての方で、「いろいろお世話になりました」と言えず微妙な感じ。この5ヶ月、家族よりも顔を合わせていた看護師さんたち。感情的になったり、わがままな言動もあったかもしれないが、いつもあたたかく受け止めてくれた。お一人お一人に伝えられないのが心苦しい。
(ありがとう)

季節はもう秋になろうとしているが、主治医は今日から夏休みだそうだ。昨晩遅く、挨拶しに来てくれた。誠実で仕事熱心で、やさしい先生。医師との出会いも「運」だが、彼女に担当してもらえたことは、自分は相当にラッキーだったと思う。一生モノの難病のため、今後もずっとお世話になります。
(ありがとう)

実家の母は、ほぼ毎週、片道2時間をかけて病院に来てくれた。来るたびに、私の肺に手かざしをして邪気を払ってくれた。今なら分かる。それが効いたんだって。退院が決まって初めて教えられたのだけど、実はこの夏、父も肺がんを患い3分の1を切り取る手術を受けていたらしい。大変な中でのお見舞い、感謝しかない。一刻も早く回復して、家族で実家に顔を出せたらと強く思う。
(ありがとう)

前回に続き、今回の入院でも、多くのご迷惑と負担をおかけした義理実家。ジジ、ババは、毎週、泊まりに来て、家事や掃除をしてくれていたらしい。働きに出ている妻、保育園に通っている息子。二人を心身ともにサポートしてくれていたことで、わが家は破綻せずにすんだ。頭が下がる。これから少しずつでも、恩返ししていかなくっちゃ罰が当たるよ。
(ありがとう)

妻。入院中、彼女が愚痴をいったり、泣き言を言ったりしたのを聞いたことがない。もともとネガティブなことは一切言わないタイプの人ではある。それでも、ずっと笑顔でいるのは大変なはず。夫が長期入院して、1歳半の息子の面倒を見、自身も9時から5時まで働いている。そんな中でいつも私を励まし、明るい笑い声を絶やさない。なんて心強い存在か。この人の心のタフさ、健康さ、美しさを何よりも尊敬している。この人だけは幸せになってもらわなくちゃいけない。今後の人生をかけて幸せにする。
(ありがとう)

   *

退院の日に、花束をもらうのは退院する当人じゃない。退院を導いてくれた人。退院まで見守ってくれた人。退院を心待ちにしてくれていた人だ。

私から感謝の花束を。


---------------------

追記。
まさかこの三か月後にまた長期入院(4か月)することになろうとは……。その時のことは現在、執筆――に向けて気持ちを整理中です。
もうしばらくお待ちください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?