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「子供のことを思う」~子供が産まれたと同時に難病になった喜劇作家の入院日記2


某月某日

入院生活と言えど、土日は検査もなく、暇な時間が流れる。

両腕はまだパンパンに腫れている。熱と痛みと、隣人のいびきと、いろいろと考えてしまう自分の性格が災いして、はっきり寝不足。朝からぼーっとしている。筋力低下も激しく、立ち上がるのもおっくう。

気持ちだけでもしっかりしないと……。
どうにか奮い立たせて、気分転換にとロビーに出た。

   *

頭の中に、思い出がよみがえる。
3か月前、フロアは違えど、この同じ病院のロビーで私は人生最高の瞬間の場面に遭遇していた。

――息子の誕生。

妻は24時間陣痛と闘うも、赤ん坊の心音が低下してるということで、緊急帝王切開での出産となった。私は手術室には入れず、この場で、ただただ母子ともに無事であることを祈った。

数時間後。
生まれてきた彼とも、初めてここで対面した。

「ちっちゃいなあ」

抱っこして、パパになったんだという実感が湧いてくる。今まで、自分本位にやりたいことだけやって生きてきた人生だったけど、
「彼のために、生きたいな」と、初めて思ったのもこの時だ。

あの感動の日から、たったわずか3か月。
同じ病院に、まさか自分が患者としているとは。

妻と赤ん坊はしばらく実家のほうに戻っていたので、実質、息子と一緒にいれた期間は1カ月ちょっとだった。おむつ替えも沐浴もミルク作りも、数える程度しかやっていない。初めての絵本「だるまさんが」だって、まだ一回しか読んであげてないよ。

これからだったのに。
これから、家族の生活が始まるはずだったのに。

   *

……いけない。
つい気を許すと、ネガティブな方向に思考が向かう。明るいこと、楽しいことを考えよう。LTEのパソコンを持ってきてもらったので、趣味である将棋や海外サッカーでも見て時間をつぶそう。

「特定疾患」「難病」「皮膚筋炎」……
気がつくと、ネット検索している自分がいた。入力してもいない「特定疾患 予後」「皮膚筋炎 寿命」まで検索候補に出てくる。怖くて、クリックできない。

と、ロビーに一組の家族がやってきていた。
パジャマ姿の奥さんと、旦那さんに抱かれた小さな女の子と。

壁の片隅に、小さくオーナメントの飾り付けをはじめる。
「HAPPY BIRTHDAY」という文字。
小さな女の子を座らせ、夫婦一緒に「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」を小声で歌った。
女の子の誕生日のお祝いをしてるんだ。
ママが入院してるから、この病院のロビーで、ささやかに。
自分の息子になぞらえ、じっとその光景を見つめていたら、視線に気がついた奥さんが声をかけてこられた。

「ごめんなさい、うるさくして」
「いえ全然。おいくつなんですか?」
「2歳になったんです」

嬉しそうに話す奥さん。優しく微笑んでいる旦那さん。
照れ臭そうにうつむいている女の子。

途端、ジーンとしてしまった。ここんとこ涙腺かゆるんでいるので、すぐ鼻の奥がツーンとしてしまう。ヤバイ……。

「おめでとう」

女の子に言って、邪魔にならないよう、そそくさとその場を後にする。せっかくのハッピーな場に、他人のおっさんの感傷的な涙は、絶対厳禁だ。

それにしても。
子育て中の母親が入院するっていうのがどれほど大変なことなのか、想像すらつかない。たくさんの葛藤と苦しみを経て、あの笑顔なんだろう。

(頑張りましょうね)

勝手に同志と思い込み、心の中でエールをおくった。


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