[短編小説]瞬間白く輝いて

 4月、全ての命が輝き出す季節、僕はその少女に出会った。
 その少女は言った、僕と出会った事で自分の全てが輝き出したと。
 その少女は白く輝いてそのまま消えてしまった。
 僕はその少女の事を忘れない、僕だけは忘れない。

 僕の名前は小鳥遊真治、この春から中学生になった。
 小学生の頃から柔道をやっていて、中学の部活でも期待の新人である。
 小鳥遊って苗字は実在する人より、創作の中で出てくる人数のほうが多いとか何とかそんな小鳥遊姓の僕であった。
 唐突だが、出る杭は打たれるそれを実感する出来事があった。
 柔道部の2年の先輩に絡まれた、ちょっと経験者だからってレギュラー候補に上がって調子のんなよと。
 調子に乗ってるつもりはなかったけど、体育会系の脳筋バカはこんなもんだ、僕は慣れていた。
「……ませーん、すみませーんお取り込み中の所すみません、先生呼んだのでもう直ぐ来ますよー」
 クソっと捨て台詞を残して、2年の先輩は逃げていった。
「助けてくれたんだ別に大丈夫だったんだけどな、君は見た顔だな同じクラスの名前は……ごめん、名前まではまだ覚えてないや」
「私、川本香織、君小鳥遊真治だよね、なんか柔道で凄いんだって?いいねぇ青春だね、あっ先生呼んだってウソだからへへっ」
 そう言ってカオリはボサボサの髪をかきながら笑った。
「カオリね覚えた、助けてくれたお礼がしたいなどうすればいい?」
「お礼はいいけど私、シンジと仲良くなりたい!今日0時に2丁目に大きな公園あるでしょ、そこの駐車場に来て」
 0時に公園の駐車場って……男は度胸!夜になるのを待ってカオリと約束した場所へ行った。
 公園の駐車場には1台のバンが止まっており、その車の周りには柄の悪そうな、半グレっぽい男たちが3人居た。
 近寄って見ると、外見とはうらはらに愛想良く声をかけられた。
「お兄さん遊んで行かな〜い30分苺だよ」
 何を言っているか分からずあたふたしていると、バンの中から助け舟が飛んできた。
「斉藤さ〜んその子、私の友達通してあげて」
 カオリの声だった、車の窓から顔を覗かす。
「来てくれたんだね、時間ないから早く入って」
 バンの中に入ると、斉藤と呼ばれた男たちは離れて行った。
「えーっともしかしてそういう事かな」
 まだ状況をハッキリ理解出来てない僕にカオリは言う。
「シンジ初めてでしょ、サービスするよつっても私もサービスって何すればいいか分かんないけどへへ」
「……売春ウリやってるって事だよな、なんでこんな事……」
「いや〜話すと長くなるからね、30分しか時間ないんだよ早くしよ」
「30分お前の話を聞かせてくれ」
 カオリは渋々といった様子で話し出した。
 カオリの母親は早くに亡くなって、継母と父親の3人で暮らしていたが、父親も亡くなってしまったそうだ。
 しばらくは面倒見てくれていた継母だが、先月から居なくなってしまったという。
 家賃と光熱費と食費を稼がなければならない、施設には行きたくない。
 小学生の頃の先輩に相談した所、斉藤を紹介されて今日から売春ウリする事になったそうだ。
「今日から!?」
「うんっ私も初めてだから最初はシンジがいいなって思って、斉藤さんに無理言ったんだへへ」
「カオリ!まだ間に合う僕も手伝うから真っ当な道へ帰ろう」
 カオリの手を引いて車の外に出る、斉藤たちがやってきた。
「どこ行くつもりだ商売の邪魔するつもりなら容赦しねえぞ!」
「容赦しねえってのはこっちのセリフだ!」
 僕は得意の柔道で斉藤たちを投げ飛ばした。
 普通、競技柔道では引き手を引いて与えるダメージを最小限に抑えるようにするが、僕は腕を振り切ってアスファルトの地面に斉藤たちを叩きつけてやった。
「一応手加減はしてやったけどこれ以上カオリに付きまとうなら次は手加減しないぞ!」
 手加減したっていうのは嘘だけど、念の為脅しておく。
 カオリに手を差し出し言う。
「カオリ行こう!」
 2人で走り出した。
「シンジ!凄いねぇ斉藤さんたち大丈夫かなぁこれからどうするの?」
 しばらく走ってコンビニの駐車場でひと息つく。
「僕はこの春休みに知り合いの工場でバイトさせてもらっていた工場つっても簡単な雑務だ、お願いして2人で働かせてもらおう学校もあるし大して働けないだろうけど2人なら何とかなるきっと」
「シンジ、シンジなら私を救い出してくれる、そんな予感がしてたんだシンジと一緒ならなんだって出来そうだよ」
 ずっと暗かったカオリの顔がぱあっと輝いた。

 それからカオリは学校が終わってから、僕は柔道部の部活が終わってからバイトへ行くようになった。
 1ヶ月経って初めての給料日、僕の分のバイト代もカオリに渡して聞く。
「どうだ生活していけそうか?」
「うんっ大丈夫そうちゅうか余るくらいだよ、余った分はシンジに返すね」
「余るんだったら返さなくていいから、そのボサボサの髪を何とかしろ後、服もな」
 グレーのパーカーに汚いジーンズ姿のカオリは、少し拗ねたように考え込んでいたが、何か思い付いたようだ。
「じゃあ今度の休みの日に美容院と服選び付き合ってよへへ」

 休日髪をショートボブにカットして、白のワンピースに着替えたカオリは見違えるようだった。
「シンジどう?」
「か、可愛い、つーか輝いてるよ」
「ホント?照れるなぁへへ」
 そう笑ったカオリはホントに可愛くて輝いていた。

 帰り道小さな公園の中を通って行くと子猫が近寄って来た。
「キャー可愛いネコちゃん、ネコちゃんお腹空いてるのかな?」
「折角のワンピが泥だらけだぞ」
「気にしない気にしないへへ」
「ねぇシンジこのネコ飼えるかな?お母さんネコはどこいった」
「ああ、母ネコの母乳必要なら厄介だが見たところ乳離れはしてるようだし飼えるんじゃないか」
 僕は簡単に答えてしまった、後先考えずに。
「よしっじゃあ子猫に必要な物色々買い揃えて帰ろう」
「先ずは牛乳だね」
「それは有名な誤解で多くの猫は牛乳飲むとお腹壊すぞ」
「分かりた!」
「……何それ?」
「深くは突っ込まないで……」
 カオリの家に着いた。
「子猫の名前はミュウにしようミュウミュウ鳴くから、ミュウちゃ〜んよろしくねぇ」
「とりあえずご飯あげよう多分このくらいの大きさならドライフード水でふやかしたのとかちょうどいいんじゃないかな」
 買って来た猫のご飯をあげてみる。
「キャー食べてる食べてるミュウ美味しいか?」
「カオリ、楽しそうだな最初に会った時とは大違いだ」
「うんっ楽しい!シンジのおかげシンジに出会って暗かった私の人生が輝き出したよ」
「シンジ!私、今滅茶苦茶興奮してる!しよっ」
「えっ!」
「えっ?」
「ああ、あーそういう……そういうのはなもっと仲良くなって3回はデートしてからだ」
「昭和かよ!結構仲良くなったと思ったんだけど私だけかな?いやっ後2回デートすれば……ふふ」
 変な空気になってしまったのに耐え切れず僕はカオリの家を後にした。
 僕もカオリと結構仲良くなったと思ってたが、何も分かってなかった簡単に売春ウリをしかけた少女の危うさを。

 ある日カオリが学校を休んだ、そのままバイトにも来なかったので心配になった僕はカオリの家に行くとまだ出会ったばかりの頃のように暗く沈んだ表情のカオリが出て来た。
「ミュウが……ミュウが死んじゃった……」
 しまった!子猫は簡単に死んじゃうものだ、カオリはその重さにはまだ耐えられない、僕は言葉を尽くして慰めようとした。
「子猫ってのはカラスにやられたり、栄養失調だったり、車に轢かれたりすぐ死ぬ、だからいっぱい産まれてくる全部の子猫が生き残ってたら、今頃街は猫だらけだ、ミュウは死ぬ運命だったつーか生きる力が弱かったつーか生きるのに向いてなかったんだよ」
「生きるのに向いてなかったってなんだよ!そんなの酷いよ」
 しまった失言した。
「ごめん言い方おかしかったね、でもカオリにあんまり落ち込んで欲しくなかったんだ……今日は帰るわ、元気出せよ」
 カオリは数日間学校にもバイトにも来なかったが、僕はそっとしておいてやろうと静かに待ったそれが良くなかったのか事態は急変した。
 久しぶりにカオリからLINEで連絡があった。
「斉藤さんが凄く怒ってるデカいナイフとか持ってシンジを殺すってでも私がそんな事させない……けどシンジはもう大人しくしておいてもう私の事は忘れてシンジの事は私が守るから大丈夫。元気でね」
 そう言われて大人しくする僕じゃない!僕はカオリを探してあの公園の駐車場へ行ってみた、ふてぶてしくも斉藤たちは前と同じ場所にバンを停めて屯っていた、確かに手にはナイフだの鉄パイプだの持っている、だが僕の覚悟は完了していた。
「おい!お前らカオリをどうした!」
「おー前の僕ちゃんか以前は世話になったな、まあでもカオリとの約束だもうお前には手出ししねえよ大人しくしてればな、カオリは俺たちの商売道具だ」
 僕の頭は一瞬で沸騰した、斉藤たちに襲いかかる。
 先ずは1人投げ飛ばした後に腕を折ってやった。
 そこに鉄パイプが飛んできた、肋骨をやられたか?僕はお構いなしに次の男に襲いかかる、同じように投げ飛ばし腕を折る立ち上がった瞬間を狙われた、脇腹をナイフで刺されてしまった。
 興奮状態で気にもならない最後の1人を投げ飛ばし、腕を折り啖呵を切る。
「前に言ったよな次は手加減しないと、もう片方の腕も折ってやろうか?その後絞め落とそうか?最悪死ぬが僕は構わないぞ!」
「クソっいやっ参ったもうカオリには手出ししねえから勘弁してくれ」
「次はないと思えよ!カオリは何処だ」
 バンからカオリが飛び出してきた。
「シンジ!血、血が出てる早く病院!」
「カオリ無事か?もうバカな真似はするなよ何かあったら僕に相談しろ」

 肋骨は折れていたがキレイに折れていたので直ぐにくっつくとの事、ナイフで刺された脇腹も僕の鍛えた筋肉に阻まれて内臓までは届いていない直ぐに治るらしい、怪我には慣れている僕からすれば軽傷だ。
 だがカオリに付き添われて行った病院で入院となった。
 毎日でもお見舞いに来ると思っていたカオリが1度も来ない連絡もない嫌な予感がする。
 代わりにクラスの担任かお見舞いに来たそして告げられた。
「クラスメイトの川本香織が亡くなった、自殺だそうだお前仲良かったみたいだが何か知らないか?」
「カオリは多分僕が怪我したのを自分のせいにしてそれを気に病んでの事だと思い……ます」
 不思議と涙は出なかった、心の何処かで分かっていた事だった。

 怪我も治り僕は退院した、家に帰ると郵便で手紙が届いていたカオリからだった。

「シンジごめんね、私といるとシンジは不幸になる、私といるとシンジは死んじゃうかも知れない、私にはそれが耐えられない、だから私が居なくなります、シンジと居て楽しかったよ、一生分楽しかったよ、だからもういいの安心してね、私もミュウみたいに生きることに向いてなかったのかも、あっでもシンジと3回デートしたかったなへへ」
 ようやく涙が出てきた、涙も枯れた頃僕は復学した。

 早速2年の先輩に絡まれた、もうレギュラーは無理だなと、先輩を投げ飛ばしたちゃんと引き手は引いて。
「先輩、俺レギュラーなりますよ、そして全国大会出ます」

 カオリは一瞬だけ輝いて消えてしまった、子猫のように生きる力が弱かった少女。
 俺はカオリの事を忘れない、俺だけは忘れない。


 -了-

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