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「強み」と「らしさ」、「差別化」と「差異化」

 前々回の投稿で少し触れた「強み」と「らしさ」、そして「差別化」と「差異化」。本日はその違いについて、考えるところを整理してみたいと思います。

 中小企業経営に関連する仕事に携わっていると、よく出くわすキーワードの一つに「強み」があります。
「自社の強みを明らかにしよう!」「自社の強みを活かそう!」
 知的財産が特許権や商標権に限定されないより広い概念であることを説明するために、「自社の『強み』が知的財産です」と説明されることもあります。

 中小企業経営を語る際に避けては通れない感のある「強み」という概念ですが、それをデザイン経営の文脈で示そうとするとどうもしっくりこないため、「らしさ」と置き換えて表現することが多くなっているように思います。
 例えば、3月に公開された「デザイン経営×知財」セミナーで紹介されている特許庁研究会の中間報告の中でも、「強み」より「らしさ」が多用されています(以下の動画の0:15:50、0:20:35あたりをご覧ください)。


 では、「強み」と「らしさ」はいったい何が違うのか。

 ごちゃごちゃと言葉で説明する前に、その違いをイメージで示してみると、以下のような感じです。

「強み」か「らしさ」か

 中小企業の経営者として20年以上に渡り業績を伸ばし続けている友人の話ですが、あるイベントで「御社の強みは?」と質問されて、答えに窮してしまったことがあるそうです。
 彼の中ではそもそも他社と競争する意識がないので、自社の「強み」という見方をしていない。競合の存在を前提に優劣を競うのではなく、自社独自の立ち位置を確立し、自社独自の価値の提供の仕方を考えることが重要だ、と。

 つまり、「強み」というのは他者との比較を前提とした相対的な概念であり、それを持ち出すときは、他者との優劣を同じモノサシで測る思考に陥ってしまっている。特定の機能とか価格とか、同じモノサシで測定可能な世界で競い合っているのであれば、その基準で自社の位置を確認することも有効かもしれませんが、新たな価値創出が求められる今の時代に、その思考がむしろ足枷になることもあるのではないでしょうか。
 デザイン経営の大原則の一つである「人(ユーザ)中心」に照らして考えても、「強み」に対する過剰な意識は、人ではなく、競合や市場に目線を向けさせてしまうおそれがあるように思います。

 それに対して「らしさ」は、自らの中にある絶対的な存在であり、その固有性を探り当てるために他者との比較が有効なことはあるとしても、同じモノサシで他者との優劣を競い合う性質のものではありません
 新しい価値の源となり得るのは、自分にできること、自分だからこそできることであり、他者と比較して優位かどうかということではなく、自社に固有の経営資源をしっかりと捉えて事業の形にしていくことが、新たな価値創造につながる。だからこそ、「強み」ではなく「らしさ」という言葉を使うわけです。
 ただ、この「らしさ」が最適の言葉かというと、まだちょっとしっくりきていない部分もあり、「だからこそ」「ならでは」「固有性」「本質」など、他にもいろいろ浮かんではくるのですが、かえって何を言っているのかよくわからなくなってしまいそうでもあり、今のところは「らしさ」と表現するしかないかな、という感じです。
 本当はスピノザ哲学でいうところの「コナトゥス」が、概念的に最も近いように思うのですが、それではますます伝わらなくなってしまいますし…
 よいキーワードをご存知の方がおられましたら、ぜひご教示ください。

 尤も、これらは言葉の使い方の問題なので、他と比較した優位性ではなく、自社に固有の資源を「強み」と捉えます、と定義しておけば、同じことになるのかもしれません。
 ただ、「強み」という語には「弱み」という対義語があるため、強みと弱み、強い(弱い)自社と弱い(強い)他社といった二項対立の分離的な思考に陥ってしまいがちです。科学的な思考で経営戦略を組み立てるには、そのほうが考えやすくなるのかもしれませんが、統合的な思考でデザイン経営に取り組むのであれば、そこは「らしさ」に拘りたいところです。

 余談になりますが、「知的財産=強み」かというと、たぶんそういうわけではありません。
 固有の経営資源である知的財産は、たしかに他と「違う」要素ではあるものの(そういう意味では「らしさ」に近い)、それがはたして「強み」になるのかどうかは、やってみないことにはわからないからです。

 さて、その「強み」と「らしさ」の違いとあわせて、もう一つ大事ではないかと思っているのが、「差別化」と「差異化」の違いです。
 ここまでの話からイメージしていただけるかもしれませんが、「強み」は「差別化」につながり、「らしさ」は「差異化」につながります。
 これもごちゃごちゃ言葉で説明する前に、その違いをイメージで示してみると、以下のような感じになります。

「差別化」か「差異化」か

 自分の場合、「差別化」ではなく「差異化」の語を使います…なんて尤もらしいことを言っていますが、実は「差異化」に切り替えるようになったのは十数年前、ある企業の社内研修で使った資料に記載していた「差別化」を、「差異化」に変更するように求められたことがきっかけでした。その時は「差別」という言葉の響きが良くないから、と変更の理由を説明されたのですが、自分の中でも「差異化」という言葉のニュアンスに何か感じるものがあり、その頃から「差異化」がデフォルトになっていきました。
 今ではかなり意図的に、上図のようなイメージで「差異化」の語を使うようになっています。

 今年2月に長岡市で開催されたデザイン×知的財産のセミナーで、講師としてご一緒させていただいた長岡造形大学の吉川先生も「差別化」と「差異化」(さらに「区別化」も)の違いを強調されていて、まさに我が意を得たりの感覚でした。
 先生が説明されていたのは、「差別化」が同じフィールドで優劣をつけることであるのに対して、「差異化」は異なるフィールドでの独自性の形成である、という違いです。

 やや強引な解釈になってしまうかもしれませんが、「差別化」は優劣の競い合いだから、他者を排除する方向に働くのに対し、独自性の形成である「差異化」は、他者との共存可能性や、他者との融合による発展性が示唆されるのではないか。
 このように考えると、「差別化」が分離的な思考と結びつきやすい語であるのに対して、「差異化」は統合的で、そこからの広がりをイメージしやすい語であるように思います。

 というわけで、デザイン経営と親和性が高いのは、「強み」より「らしさ」であり、「差別化」より「差異化」。
 知的財産は、企業の「強み」というより「らしさ」であり、知財活用で目指すのは「差別化」より「差異化」。
 そのあたりの言葉使いには、こだわっていきたいと思います。

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