「もの」の価値は「心を動かす体験」にある。

武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエ イティブリーダシップ特論 第12回 上町達也さん(2020年8月3日)

 クリエイティブリーダシップ特論・第12回の講師は、secca inc. (株式会社雪花)代表取締役の上町達也さんです。

 seccaは「職人」「アーティスト」「デザイナー」がお互いの長所を生かしあって新しいものづくりをするクリエイター集団。
 ものづくりは目的ではなく手段であり、「もの」の価値は「心を動かす体験」にあると定義して、創作活動に取り組んでおられます。

 その背景にある考え方がこのページに記されていますが、思わずグッときます。

A story of secca

そう、たとえば。河原に落ちている石ころを、
愛する人から手渡されたら、
それは他の石ころよりも大切なものになる。

子どもが自分のために描いてくれた絵は、
どんな有名なアーティストの絵よりも、
心を動かすものになる。

わたしたちは思う。
「もの」の価値は、手にした人が心を動かされた
瞬間に生まれる、と。

(http://secca.co.jp/story)

 ところで、石ころや子供の絵に心を動かされるのは、人との関係性や物語が前提にあっての話ですが、そうした関係性の存在しない人を相手にするものづくりの世界において、どのようにして人の心を動かす作品(ものづくりをする企業なので「商品」と言うべきかもしれません)を生み出しているのでしょうか。

 そんな疑問は、具体的な作品を紹介していただく中で、あっという間に氷解しました。
 とにかく見た目が美しく、まずそこで心を動かされるのです。

 たとえば、金沢にオープンしたホテル、アゴーラ・金沢にあるオブジェ「白山喜雨(はくさんきう)」。
 ホテルのコンセプトは「茶庭」であることから、金沢の茶の湯を支える清き水の源泉である白山に着目したそうです。古くから霊山信仰の聖地として仰がれてきた白山は、金沢の人々にとって生活に不可欠な「命の水」を供給してくれる神々の座であり、この作品は白山に降る春の喜びの雨と、潤い輝く山肌を表現しているそうです。
 目を奪われるような美しさですが、その美しさは、白山の地形データから高低差の情報を抽出して、3,136 個の金彩を施した花坂陶石にて形状を再現するという緻密な作業に裏付けられたものでした。

 次に紹介されたのが、雨を楽しむ金沢の文化をコンセプトにしたホテル、雨庵(うあん)に展示されている「雨虹糸」。
 金沢の6,130日分の雨量のデータを降水量毎に8色の糸に分けているそうで、データ化された現象を、さらに現象に戻して表現したという、ただ美しく造形したのではなく、そこに裏付けのある意味が込められた驚きの作品です。

スクリーンショット 2020-08-09 1.14.42

  (雨案ホームページより  https://www.uan-kanazawa.com/lounge/)

 造形の美しさに惹き寄せられた後に、その意味を知って深く心が動かされる。
 人を惹きつける美しいカタチとそれを実現する造形力、さらにそのカタチに込められた深い意味
 まさに「職人」「アーティスト」「デザイナー」が協働するからこそ、創り出すことができる作品と言えるでしょう。

 seccaは創業から7年で、現在の従業員は8名。
 講義の終盤では様々な苦労話もお話してくださいましたが、価値のある仕事・意味のある仕事を着実に積み上げられていると感じます。
 金融出身の自分は、以前は何の疑いもなく「企業の価値は時価総額で決まる」と断言していましたが、いかに「見えてなかったか」を痛感する今日この頃です。

自分も、特許庁発行の知財活用事例集に寄稿したコラムに、

 ・・・どのようなビジネスも細部を辿れば人と人の接点に行き着き、目の前の人をどうやって動かすかの積み重ねがビジネスの発展を左右します。各々の事例で、人がどのような想い、どのような考え方で知的財産と向き合ったかという点にも、ぜひ注目してみてください。
 知的財産に意識を向けた取組みは、社内の人の心を動かして、その潜在力を引き出すとともに、社外の人にはたらきかけて、ビジネスの可能性を広げる原動力になるものです。
 本事例集が知的財産に対する見方を広げ、皆様の会社の底力を引き出す一助となれば幸いです。

と書かせていただきましたが、「価値=人の心を動かす体験」という考え方に、深く共感します。
 自分のライフワークである知的財産を、ただ競争戦略の道具として扱うのではなく、「人の心を動かす」ために活かす方法を探っていきたいと改めて意を強くした次第です。

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