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令和のライトレールと昭和のSL客車列車を堪能する

6月に入り、久しぶりに1人旅に出る。去年の夏休み以来だから10カ月以上、どこにもいっていない。ここのところとにかく仕事が詰まっていて、せっかく休みができたと思ったら子どもが風邪をひいたりで、そんな不運が重なってタイミングを逃してきた。

しかしもう、私の鉄分不足は限界である。

そんな末期症状を見てとったのか、妻が「来週の日曜日は1日どこかに行ってきたら?」という。なんという天啓!久々に妻が女神に見えた。

朝から自由になれるのならば、予てから温めていた青森に残る未乗の弘南鉄道に乗ろうか。それとも春に延伸した北陸新幹線で敦賀まで行き、そのまま米原に出て近江鉄道の未乗の支線を片付けて、東海道新幹線で帰る一筆書きの旅もよい。

…しかし、やはり仕事の忙しさはどうしようもなく、やっとJRの予約サイトを開いたのは前日の夜。行きは良くても帰りの新幹線は満席で、次の日も仕事だし、遠出は断念してゆっくり家を出て早めに帰る近場の日帰り旅行にした。

9時過ぎに家を出て、いつもの通勤とは反対方向の宇都宮線の下りに乗る。この時間はどの電車も空いているが、ちょっと贅沢にグリーン車に身体を落ち着かせる。昼前から誰の目も気にせずにお酒が飲みたかったからに他ならない。

1時間ほど揺られ、終点の宇都宮には10時半ごろに着いた。まずは少し早いが名物で腹ごしらえだ。駅前の「健太ぎょうざ」は11時の開店。少し待って、一番乗りで入る。生ビールとニンニク餃子を注文。出来立てのニンニク餃子はごま油の香りが鼻腔ををくすぐる。野菜多めのシャキシャキとした食感に肉汁が染み込む。素材の甘さを感じる逸品だ。

餃子とビール。これだよ、これ

満腹になる手前のほろよいというちょうどいい状態で、今度は駅の東口に移動する。新しく街びらきされた白さの目立つ一画に、これまた目立つ明るい黄色の芋虫のような路面電車が直角にカーブしてやってきた。去年の夏に開業した宇都宮ライトレールだ。

今日はまず、これに乗る。土日の日中も12分間隔でダイヤが組まれ、座席も埋まって少し立ち客が出るくらいの乗客がいる。大通りの真ん中を走るあたりは路面電車だが、立体交差になっている陸橋もスムーズに上り下りする。

昨年8月に開業した宇都宮ライトレール。アップダウンや小回りもかなり効く。

途中の宇都宮大学陽東キャンパスで半分ほどの乗客が下車。駅前に大型ショッピング施設があり、その利用者が使っているようだ。そこを過ぎると高架線で道路を離れ、車庫のある平石に到着する。この辺りに来ると車窓に田んぼも広がり、眺望も一気に広がる。工業団地の中を抜け、再びホームセンターやラーメン屋などのロードサイド店が並ぶ道路の中央を走る。

日本の従来の路面電車とは見える風景もかなり違う

宇都宮市に隣接する芳賀町に入り、芳賀町工業団地管理センター前で交差点を直角に左に曲がる。その対角線上にバスターミナルがあるのを確認。かなり勾配のある坂を下って、もう一度登って、終点の芳賀・高根沢工業団地で折り返し、再び芳賀町工業団地管理センター前へ。交差点を渡り、管理センターの一角に設けられたバスターミナルの時刻表を見ると、ここから芳賀町の中心を抜け、茂木町へ行くJRバスが出ていることが分かる。ただし、本数は限られていて1日に3本しかない。

待合室で待っていると雨が降ってきた。宇都宮駅始発の茂木行きバスは定刻通りやってきたが、乗客は誰も乗っていなかった。私以外にもう1人乗ったが、待合室に置かれていたバスの時刻表を眺めており、明らかに同好の士である。

茂木駅へ行くバスは1日3本しかない

工業団地のある台地を降りて、祖母井(うばがい)という難読のバス停が、どうやら芳賀町の中心のようで、役場や商店街がある。同じ芳賀町でも随分と雰囲気が違い、もう田舎町の風情だ。市貝町に入り、真岡鐡道の市塙駅前で同好の士が下車。この間、誰も乗客はなく、私一人になった。真岡鐡道の線路に沿うように走り、茂木の街中に入り踏切を渡ると、黒い煙が見えた。

バスは定刻の14時13分に茂木駅に到着。黒い煙の正体は真岡鐡道を走るSLもおか号の上り列車で、15分後に出発する。窓口でSL整理券がまだ余っているか尋ねると、まだあるという。下館までのSL整理券500円と乗車券を購入し、バックでホームに入線してきたSL列車に乗り込む。車内は数人の乗車しかない。オフシーズンの土日、しかも雨とはいえ、随分少ない。

C12型蒸気機関車は日本のSLでは珍しく除煙板がなく、庭に置きたいくらい可愛らしい機関車

煙の臭いが窓から漂ってきて、汽笛一声、シュッシュ、ゴトゴトとゆっくりSL列車は動き出した。さっきまでバスで走った区間を、鉄道で逆に戻る。沿道には三脚カメラを構えた人も多い。ここは緩い上り坂なので、煙も迫力があるのだろう。

SLもおかをけん引するのは、小型タンク蒸気機関車のC12型で、普通のSLとは違い、先端に除煙板がなく、テンダー車という石炭や水を積む貨車もないので、可愛らしい印象がある。日本国内では各地でSLが走っているが、タンク機関車ではC11型の方が圧倒的に多い。実は真岡鐡道でも以前、C12型とは別にC11型を保有していたが、同じ栃木県内を走る東武鉄道が今市市と鬼怒川温泉の間で、かつてJR北海道を走っていたC11型を譲り受けて、観光列車を走らせるようになった。あちらは大観光地の日光や鬼怒川を擁し、浅草から直通の特急電車が接続する。あっという間に人気を獲得し、増発のために真岡鉄道のC11型も移籍することになった。

ただ、東武鉄道はもともと電化された私鉄路線で歴史的にもSLが走っていたわけではない。最後部にはディーゼル機関車がつながり、非力なSLを後押ししている。それに対してSLもおかは沿線に有名な景勝地はないものの、もともと国鉄真岡線であり、電化されていない。ディーゼル機関車も保有しているが、それが列車をけん引するのは、車庫のある真岡駅と下館駅までの間の送り込みと回送のためにくっつくだけだ。

そして、あまり地味で目立たない存在だが、客車も貴重な存在だ。東武鉄道でも国鉄時代に使われ、JRに残っていた12系や14系という急行・特急で使われていた客車を使っているが、SLもおかでは50系という普通列車で使われていた客車が3両つながっている。この50系客車は国鉄時代でも、SLが引退した後に登場したため比較的新しい車両だが、冷房がなく窓際のスイッチで扇風機を回す。これに対して12系や14系は古くても急行・特急で活躍しているから、トイレもあるし冷房もある。座席もリクライニングだ。

SLもおかの名わき役、50系客車。
左に見えるディーゼル機関車は下館から真岡に戻る列車をけん引する。
これもまた全国的には珍しい

長々と語ってきたが、つまり何が言いたいかというと、SLもおかは目立たない存在だが、いぶし銀で本格派のSL列車なのである。

雨の中の客車列車に揺られる。これもまた、よい

田植えが行われて間もない田んぼに、次々と波紋が広がる。雨はついに本降りになり、屋根を雨粒が叩く音が車内に広がる。蒸気も雨靄と一緒になり、幻想的な車窓が広がる。つい観光や旅行では晴れているときがいいと思いがちだけれど、こういう雨模様も悪くない。

真岡鐡道の中心駅である真岡からは観光バスでやってきたツアー客が乗り込み、車内は賑やかになる。こうした利用がまだこれだけあるならば、少し安心だ。ちょっとうるさいが、SLもおかが走り続けるためには重要な収入だから、目をつぶろう。

茨城県に入り、定刻に終点の下館に到着。

折り返し、真岡駅に戻る客車列車を見送る

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