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大島薫の存在と影響から考える、LGBTQ以後の社会

 「ジェンダーと表象」の授業を通して、LGBTという枠組み、SOGIという概念を学んだ。既存のシスジェンダーかつヘテロセクシャル以外を法の内外に認めない時代を経て、それ以外のSOGIを持つ人々が住みよい社会が(少なくとも一部の国や地域では)実現された。ここで私は、「大島薫」という日本の作家、タレントを通して、LGBTであることやSOGIが何であるかを問題にしない社会が、次に向かうかもしれない社会を考察しようと思う。


 大島薫の2020年8月14日時点でのTwitterフォロワーは26.9万人で、ムックも含めた著書は9冊ある。この人物は「男の娘」文化への興味を持ったことをきっかけに、15歳から女装を始め、2010年にゲイビデオへ出演し、その後自らの女装趣味にほど近い女装ゲイビデオプロダクション、一般AVプロダクションであるKMPで「男の娘AV女優」として雇用契約を結ぶ。(一般AVプロダクションで、いわゆる「ニューハーフ」に分類されない、ホルモン投与などの治療を受けていない男性がプロダクションの専属AV女優になることは史上初のことである。)その後一定期間を経て「男の娘AV女優」を卒業し、その後作家、タレントとして活動して現在に至る。


 この人物について特筆すべきなのは、その性自認、性指向および性嗜好である。まず、大島薫はパンセクシャル、すなわち人を好きになるにあたり、相手の性を条件としないセクシュアリティを公言している。また、この人物は日常的に女性向けの衣服やヘアスタイルを身に着けているが、しかし出生時の性別や性自認は男性であり、いわゆるホルモン注射や性別適合手術を一度も受けておらず、また今後も受けないだろうと公言している。また、女性装に関しても、『自分が着たいものを手にとっていたらたまたま女物だった』『「女を装う」という意味では、もう装ってはいない』と話している。現在流通している言葉でこの装いを表すと「女装」「異性装」にはなってしまうが、目指すところがもはや異性の服装ではない点でこの表現は当てはまらない。また、ジェンダーと表象の授業内で紹介されていた安富歩教授とは、「男性の肉体にとらわれず、自らの心がしたいと欲する服装をする」という点では共通しているが、安富教授が「自分は女性だから、女性の服を着たい・着ると安心する」と語っていることと比べると、大島薫の服の選び方は性自認が男性であるという点で違いがある。


 大島薫は、これらの例からわかるように、「彼」とも「彼女」とも表現するのがはばかられる人物であると言える。このようなSOGIおよび性嗜好の在り方を通して、大島薫は今あるジェンダーの枠組みに、LGBTQという枠組みも含めて、自分を当てはめる必要はないというメッセージを発信し続けている。


 昨今はタイのBLドラマが日本国内で爆発的に人気になっている。英語字幕が標準で付与されている、GMMを代表とするインターネットテレビで配信するドラマが多い、無料で視聴できるものが多いということが背景であると考えられる。タイ国内では日本のそれと比べ、BLドラマはその他のジャンルと並ぶ普通の作品、すなわち「色物」ではない作品として流通している。多くのドラマにはカミングアウトを巡る葛藤や、それについてのカップル間の価値観の違いなどが描かれている。これはBL(ゲイ)に限った波及ではあるが、日本でもLGBTに関する理解が深まってきていると言えるだろう。日本で主に活動しているタレントである大島薫が、これらドラマで描かれるよりも「複雑な」SOGIや性嗜好のあり方を提示することで、本人の意思とその人がありのまま生きることへの理解が深まるのではないかと思う。


 ジェンダーステレオタイプに関して、例えばトランスセクシャルの人々は、自らのジェンダーアイデンティティについて、生まれ持った性別とは異なる性別を自ら選び、それを時間をかけて「勝ち取った」という点で、ステレオタイプな女性性および男性性を表現することに強くこだわることがある。また、実生活で不都合を被らないためにも、少なくとも「肉体的性別とは異なる性として見られたい存在」として扱われねばならないという点で、LGBTへの理解なしに一足飛びにジェンダーステレオタイプを無くそうとすることはそれらの人々をより生きづらくすることにも繋がる。そこで、男の娘AV女優としての引退ブログには、「僕を見て、様々なことを思う方がいます。良いことも、悪いことも。大切なのは、僕が正しく理解されることではなく、僕を見て、誰かが何かを考えるというプロセスです。」とあるように、あくまでもタレント個人の在り方であり、「こういう人もいる」とジェンダーの理解に拒否反応がある人が黙殺できる範囲でジェンダー規範への疑問提起を行っている大島薫の存在は特筆すべきであると考える。

参考

大島薫 公式Twitter
https://twitter.com/OshimaKaoru


元男の娘AV女優 大島薫インタビュー「僕のは『女装』じゃない。もう装ってはいないから」
https://kai-you.net/article/18047


パンセクシュアルとは?【バイセクシュアル・ポリセクシュアルとどう違う?】
https://jobrainbow.jp/magazine/pansexual


意外すぎるアジアBL事情!神奈川大学で開催の国際シンポジウムに行ってきた
https://www.chil-chil.net/compNewsDetail/k/blnews/no/15477/


大島薫 オフィシャルブログ「AV引退と今後について」
https://www.diamondblog.jp/official/kaoru_oshima/2015/06/01/44259819/

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