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モネの描く絵は、サビ抜きの寿司である。

 きっと誰もがそうであるように、幼い頃は、寿司はサビ抜きが当たり前だった。わさびは刺激が強すぎたし、魚と酢飯の素朴な味で十分だった。

 絵画に明るくなかった幼い頃から、なぜかクロード・モネだけは知っていて、なんとなく好きだった。ぼんやりしていてよく分からないけれど、明るくて華やかな画面は、好きになるには十分だった。

 いつの間にやら、わさびなしでは物足りなくなった。魚と酢飯の味だけでは些か甘すぎて、アクセントが欲しくなる。でも、出されたままだと多すぎて、鼻の頭がつーんと痛くなるので気持ちこそげる。大雑把に除いて、シャリにこびりついた量がちょうどいい。

 いつの間にやら、モネの絵にぴんと来なくなった。ぼやけすぎて、美しすぎて、何かが足りなかった。代わりに心惹かれたのは、ギュスターヴ・モローやオーブリー・ビアズリーが描いたサロメだった。美しくありながら、毒々しい。繊細なベールで飾り立てられた狂気が、クセになった。

 もう幾年か経て、わさびを少しこそげた寿司に慣れたら、今度はそれが、物足りなくなるのだろうか。わさび多めの寿司を自然に受け入れ、ゴヤが描くサトゥルヌスのようなストレートな戦慄を求めるようになるのだろうか。だとしたらそれは、内なる闇ではなかろうか。 

 その境地へ至りかねない自分が、少し怖い。


 モネの描く絵は、サビ抜きの寿司である。
 モローやビアズリーの描く絵は、サビ少なめの寿司である。
 ゴヤの描く絵は、サビ多めの寿司である。

 あなたは、どれが好きですか?


クロード・モネ「散歩、日傘をさす女性」
ギュスターヴ・モロー「出現」
オーブリー・ビアズリー
『サロメ』(オスカー・ワイルド)挿絵
(岩波書店『サロメ』)
フランシスコ・デ・ゴヤ「我が子を食らうサトゥルヌス」


※心の清い人には、見出し画像が睡蓮に載った寿司に見えるはずです。題して「印象・お寿司」

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