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キノコと、愛車ワインレッドの悲劇

 とあるキノコは、怒り狂っていた。

 某市に住む某キノコは、普段は自転車で高速突破する帰路を、激おこぷんぷん丸で歩いていた。相棒のワインレッドを、放置自転車として市に撤去されたのだ。某チェーンカフェ店の駐輪スペースがいっぱいだったので、限りなく駐輪スペースに近い歩道、いや、見方によっては駐輪スペースと歩道の境目に、致し方なくワインレッドを停め、店内に入った。その結果が、前述のとおりである。

「許容範囲内でしょ!」

「情けをかけてもいいくらい遠慮がちな停め方だったでしょう!!」

「お金(撤去・保管代3,500円)がそんなに欲しいのか!!」

 こんなかんじの屁理屈を脳内で繰り返しながら、キノコは自宅への道を急いだ。市に問い合わせ、ワインレッドの所在を確認したところ、保管所が閉まる21時までには到着するだろう、とのことだった。
 頃合いを見てワインレッド救出に向かったキノコだったが、大いに拗ねていたので、ズルをして市営バスには同居人の定期を使って乗った。しかも、急げば21時の十分前には保管所に着くことができたが、わざとゆっくり歩いて閉門ギリギリに入った。窓口の人には思い切り不貞腐れて応対し、書類の住所と氏名はできるだけ汚い字で書いた。感謝の言葉も謝罪の言葉も、一切発してやるものかと、心に決めていた。
 しかし。相手が、あまりにも物腰が柔らかかった。帰り際に放たれた、

「この時間、運転荒い人多いですから気をつけてお帰りくださいね」

この言葉に、情けないことにキノコは、

「ありがとうございます」

と答えてしまった。キノコは悔しかった。

 支払った額は3,500円。内500円は、ワインレッドが少しだけはみ出ていたのは事実と認め、おとなしく負けることにした。残りの3,000円を、どうにかして取り戻そうとキノコは考えを巡らせた。市営バスに乗らず、移動はできるだけ徒歩か自転車にしてやろうかと、初めは考えた。しかし、普段から交通費をケチりがちなキノコなのであまり影響がないのみならず、そのおかげで自身が健康になってしまうではないかと気がついたので、採用しなかった。
 そして次にひらめいた。キノコは、スポーツをするのに、定期的に市立の施設を使用している。使用料は一回につきおよそ500円。キノコはもちろん毎回支払っていたが、支払わなくても99.9%誰にも気づかれないくらいのゆるゆる施設だ。その500円を、3,000円分すなわち6回分、支払わないことを誓った。そこでようやく溜飲が下がりきった。キノコは全てを許した。

 その後、キノコは誓った事柄を、同居人に話して聞かせた。さらに、事の顛末を書き記した。下がりきっていた溜飲が、さらに下がる思いがした。

 溜飲を下げて下げて、また下げて、ゼロを下回った時に何が起こるか。それは、笑いである。怒りを笑いに昇華することができたキノコは、ご満悦である。

 おしまい。
 
 この物語はフィクションです。


 最後に。物語に登場するキノコが、いくつかの社会規範に反している(または、これから反する)ことを鑑み、筆者はひとつだけ嘘をついた。お分かりだろうか。


(追記)
 ワインレッドを撤去されたと知ったその瞬間から思う存分拗ね倒し、数時間でスッキリしてしまった上で数日を経た結果、怒りを忘れどうでもよくなっていたキノコは、不正は良くないと思い普通にスポーツ施設の使用料を支払った。

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