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SIX WORDS の楽しみ (4)

 不定期連載「SIX WORDS の楽しみ」第4回です。10年前に書いたものに少し加筆して再構成しています。第1回第2回第3回もどうぞ。
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  I was there. Won't celebrate death. 

 これはSMITH Magazine のサイトで2011年5月2日のSix-Word Memoir of the Day(最優秀作品)に選ばれたものです。作者はニューヨーク市民で、サイトにはさまざまな立場からのコメントがついていて、ビン=ラディンの死去に対するアメリカ人の複雑な思いが非常によくわかりました。「あのとき、わたしは近くにいた。死を祝うことなんかできない」。

  Childhood Tooth Fairy had hairy arms. 

 欧米には、抜けた乳歯を枕の下に入れて眠ると、寝ているあいだに歯の妖精がコインと交換してくれる、という言い伝えがあり、幼い子供の多くはそう信じています。サンタクロースと同じですね。
 この作者は、歯の妖精の正体が毛深い手の人物、つまり父親だと見抜いていたわけです。わたしの訳は「子供のころ来た歯の妖精の手は毛むくじゃら」。Fairy と hairy が韻を踏んでいますが、残念ながら訳文には織りこめませんでした。

  Bursting joy. Guilt and pain. Distance. 

 第1印象としては、男女の関係の変遷を表しているように感じられますね。distance の意味はいくつか考えられますが、喜びから苦痛へと感情が激しく上下したあとですから、やはり関係が疎遠になったと解釈するのが自然でしょう。
 これは Six-Word Momoirs というコーナーに掲載されていたものです。Momoirs は mom と memoir を合わせて作ったことばで、motherhood をテーマにした six words が並んでいます。
 この作品が「母親としての自分」について語ったものなのか、「自分の母親」について語ったものなのかはわかりません。ただ、どちらの立場にせよ、子に対する母親の愛情の浮沈を苦々しく振り返っているのはまちがいなさそうです。
 かつて神童と呼ばれた子供がいて、親も子も得意の絶頂だったのが、月日が流れて子はただの人、期待をかけすぎる親との確執が生じ、かわいさ余って憎さ百倍……という物語をわたしは想像しましたが、大はずれかもしれません。訳は「あふれる歓喜。後悔と苦痛。疎遠」。状況はどうあれ、心に重く響くsix wordsです。

  On the "quiet" traincar to NYC. 

 この "quiet" traincar は「静かな車両」ではなく、「"お静かに"の車両」です。
 2010年の秋、ニューヨークへの通勤客が多く利用するニュージャージーの電鉄会社が Quiet Commute Program というものを試験的に導入しました。一部の車両において、携帯電話の使用禁止をはじめ、ヘッドホンの音量をしぼったり、会話も小声でおこなったりを強く呼びかけるという試みで、車両の壁全体に Quiet という語が並んでいます。
 日本でも電車内でのマナーについてはたびたび問題になっていますが、それはどこも変わらないようです。試行後、利用客のあいだでいくつかのトラブルがあったものの、このプログラムはおおむね好評で、適用される本数や区間が増したそうです。静かなのはうれしいですが、よけいなお世話だと感じる人もいるかもしれませんね。わたしの訳は「"お静かに"の車両に乗ってニューヨーク・シティへ」。

  Pregnancy is poetry. Parenting is prose. 

 意味については解説不要でしょう。pregnancy は単に「妊娠」でもいいし、もっと広い意味で「子作り」としてもかまいません。ただ、対句が使われていると同時に、4つのPが頭韻を踏んでいて、それを生かした訳文を作ろうとすると、けっこうむずかしい。翻訳者冥利に尽きるとも、翻訳者泣かせとも言えます。
 ここでは、わたしの訳を3つ紹介します。
子作りは韻文。子育ては散文」――これがいちばん無難な訳です。意味と響きの両方に同じくらい気を配りました。
子作りは幸福。子育ては混濁」――意味より押韻にこだわった訳です。後半は「困惑」も考えましたが、あまりに子育てが悲惨に感じられるので、やめました。
子作りはルンルン。子育ては淡々」――これは少し遊びっぽい語を使ってみました。後半は「悶々」も考えましたが、やはり悲惨すぎるので却下。

  Fake alligator bag. Real crocodile tears. 

 alligator も crocodile もワニですが、crocodile のほうが大きいものを指します。フロリダなどでよく見られる体長1メートル程度のものは alligator。以前、オーランドのディズニーワールドへ行ったときには、ごくふつうの道路脇を alligator がのんびり歩いているのを何度も見かけました。
 さて、alligator bag は文字どおりワニ革のバッグですが、crocodile tears とはなんでしょうか。ある程度くわしい辞書には「偽りの涙」などと出ていますが、これは、ワニが泣いているふりをして獲物を誘う、あるいは謝罪の涙を流しながら獲物を食べるという俗信に基づくものです。いわゆる「嘘泣き」ですね。
 いつもと同じく、この作品もいろいろな背景が考えられ、ひとつの意味に特定するのはむずかしそうです。偽物のワニ革のバッグをプレゼントされたので、「本物の」嘘泣きで仕返しをした、という女性の辛辣なひとりごとをわたしは想像したのですが、ほかの読み方もできるかもしれません。訳は「偽物のワニ革バッグ。ワニのふりして本物の嘘泣き」とでもしておきましょう。
 余談ですが、英米の小説に "See you later, alligator." という言いまわしが出てくることがたまにあります。これは later と alligator に韻を踏ませたことば遊びのようなもので、特にワニの話をしたいわけではありません。これに対しては、同じように韻を踏んで"After a while, crocodile." と返事をすることになっています。

  sgniht ta dekool I woh degnahc

 最初にこれを見たときには、一瞬何がなんだかわかりませんでしたが、後ろから読んでみてください。"changed how I looked at things"。順序を逆転させると印象が変わることをみずから実証したというわけです。
 これは、悩みをかかえた人たちを励ます作品として投稿されていました。ちょっとした工夫で物の見え方は変わるんだから、くよくよするなというメッセージがこめられているのでしょうか。
 訳文は、ひらがな、カタカナ、漢字、かな+漢字など、どれでもかまいませんが、わたしの訳は「たみてえかをたかみののも」。同じひらがなの重複が多くてめまいがしそうな感じが、原文の奇妙な字面に似た印象をなんとなく醸し出している気がします。
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 書籍『SIX-WORDS たった6語の物語』は、残念ながら現在では入手困難です。ツイッターでは @sixwordsjp のアカウントで1日ひとつを紹介しているので、よかったらご覧ください。

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