SIX WORDS の楽しみ (2)
不定期連載「SIX WORDS の楽しみ」第2回です。10年前に書いたものに少し加筆して再構成しています。第1回はこちら。
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Need to quit being Jiminy Cricket.
Jiminy Cricket は、ディズニー映画〈ピノキオ〉などに登場するコオロギです。原作ではあまり目立つ存在ではありませんでしたが、1940年に公開された映画では、ピノキオに善悪を説き聞かせるしつけ役となり、その後のディズニー映画でも似た役まわりでしばしば登場します。ディズニーランドなどでよくかかる名曲〈星に願いを〉(When You Wish Upon A Star)は、映画〈ピノキオ〉のなかでジミニー・クリケットが歌ったのが最初です。
余談ですが、驚いたときに "Jesus Christ!" と叫ぶのはいささか不謹慎なので、代用として頭文字の同じJiminy Cricket を使うことがあります。ただし、やや古めかしい感じがする言いまわしですね。
さて、この six words は40歳代の女性が作ったものです。母親なのか、教師なのか、くわしい事情はわかりませんが、Jiminy Cricket であることをやめるというのは、指導者やお目付役の立場を捨てることを暗示しています。"Need to ~" ではじまっているということは、逆にまだ捨てきれずに迷っているのでしょうか。「ジミニー・クリケットの役はもうやめなきゃね」とでも訳しておきましょう。
Searching Facebook, wondering 'Is that him?'
映画〈ソーシャル・ネットワーク〉はもうご覧になりましたか? 大流行のFacebook がどう生まれたかを小気味よいテンポで描いた作品で、濃密な台詞のやりとりが実に巧みでした。
これの訳文をツイッターで募集したところ、Facebook への興味からか、驚くほど多くの投稿がありました。「Facebook でカレを検索。え、キャラ変わってる」「あれははたしてあいつのことなのか、気になってフェイスブックを探しまわる」「Facebookを探しちゃうの、もしかしたらいるかもしれないって」などなど。もちろん、年齢や驚き具合によって、さまざまな訳が考えられます。
これはSMITHTEENSというティーンエイジャー専用のサイトに投稿されたもので、作者はおそらく女の子です。わたしの作った訳は「フェイスブックを検索。ひょっとして、これ、彼?」。
wonder を「疑問」寄りにするか「驚き」寄りにするか、そして him をどう訳すかだけで印象が大きく変わるところがおもしろいですね。
Wife calming: It's thunder, not mortars.
mortar の意味は、ここでは「迫撃砲」。訳をつければ「妻がなだめる――雷よ、迫撃砲じゃないの」とでもなるでしょう。では、この人の奥さんは、なぜこんなふうになだめているのでしょうか?
これは、SMITH Magazine のサイトに以前あった six words for IAVA という特設コーナーに投稿されていたものです。IAVA とは、Iraq and Afghanistan Veterans of America の頭字語。つまり、これはイラクかアフガニスタンの帰還兵の作った six words です。
そのことを頭に入れて、もう一度これを読んでみてください。圧倒的なことばの重み、体験の重みが感じられますね。
Still eye candy after ten years.
eye candy というのは、目で見てキャンディーのように感じられるもの、つまり視覚的な魅力のある人間や事物のことです。「眼福」とか「目の保養」あたりの日本語が近いと言えるでしょう。
しかし、たとえば『ジーニアス英和大辞典』には、「(1)娯楽的であるが内容に深みのない映像作品。(2)見て楽しいもの、目の保養になるもの。」とあり、よい意味と悪い意味の両方があるのがわかります。『英辞郎』には「見かけ倒し」という訳語が載っています。
これはふたつの意味があるというより、文脈や発言者によって、素直なほめことばにも辛辣な皮肉にも解釈できるということでしょう。日本語で「グラビアアイドルみたいな女の子」と言ったとき、文脈しだいでよい意味にも悪い意味にもなりうるのと同じです。
この six words ですが、素直に読めば、配偶者や恋人のことを「10年たっても最高」とほめちぎっているように感じられますが、自分のことを「10年たっても中身のない、容姿だけの人間」と卑下しているように読めなくもありません。何通りにも読めるのが six words のおもしろさですから、決めつけないことにしましょう。とりあえず、わたしの訳は「10年たっても、目の保養」にしておきます。
なお、ear candy (耳に心地よい音楽)という言いまわしもあるようです。これも両側の意味が考えられますね。また、nose candy というのは、通常はコカインを指します。
emoticons save crappy one liners. LOL.
emoticon は emotion と icon を組み合わせてできた単語で、感情を表すアイコン(記号)、すなわち、ネットやメールでおなじみの「顔文字」です。
one liner は1行で表された短いジョーク。新聞の1行見出しという意味もありますが、crappy(くだらない)がついているので、ここはジョークのほうでしょう。
最後のLOLは laugh out loud の略語で、これもネットの掲示板などで頻繁に見かけます。小文字で lol と書かれることのほうがむしろ多いですね。日本で言えば(笑)が近いでしょうか。
全体の意味は「顔文字がくだらないジョークを救う」か、あるいは「顔文字があればくだらないジョークなど不要だ」か。大差はないので、どちらでもいいと思います。
ふだんのわたしは顔文字や絵文字を使いませんが、ここでは LOL を顔文字に変えて「顔文字のおかげでジョークが滑っても平気(^o^)」と訳してみました。ちょっと恥ずかしいけど。
Became a volcano, silent then violent.
以前『SIX-WORDS たった6語の物語』の刊行記念のトークイベントを開催したとき、事前課題として、参加者にこれを訳してきてもらいました。意味は簡単ですが、「黙っているかと思ったら急にわめきだして、彼女は怒り狂った」のように、なぜか女性に決めつけて訳したものもあり、おもしろく感じました。訳者はおそらく男性で、無意識に実体験が反映されたのでしょうね。
これも "Wife calming: It's thunder, not mortars." と同じく、six words for IAVA (Iraq and Afghanistan Veterans of America) のコーナーにあったもので、作者は帰還兵です。そのことを頭に入れて読み返すと、第一印象とはまったくちがう光景が見えてくるはずです。
ところで、後半の silent とviolent の語尾がそろっていて、韻を踏んでいるのにお気づきでしょうか。このような脚韻や、逆に語頭をそろえた頭韻も、six words ではしばしば見られます。
わたしの訳は、脚韻を意識して「火山と化す。鎮火ののち噴火」。厳密には火山について「鎮火」という語は使えないのですが、どうか大目に見てください。
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書籍『SIX-WORDS たった6語の物語』は、残念ながら現在では入手困難の状態です。ツイッターでは @sixwordsjp のアカウントで1日ひとつを紹介しているので、よかったらご覧ください。
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