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cafe calm-不思議なひととき- Ep.1 「会いたかった」《連載短編小説》

cafe calm Ep.0「オープン」の続きです。
https://note.com/t_akagi2020/n/nb3796df538a1

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ようこそ、cafe calmへ

 ようこそ、cafe calmへ。

 当店は、18時開店の夜のカフェでございます。
 昼なら当たり前に開いているカフェも、夜の営業は珍しくないですが。

 当店の一押しは、香り高いサイフォンコーヒーと焼き立てパン。暖かみのある木のドアや内装で、ぬくもりを感じてもらえるお店を目指しております。

 実は、当店は『会いたい人に会える』と密かに噂になっているんです。
 夜の0時にサイフォンコーヒーを飲んで待っていると、必ず会いたい人に会えるとか...

 本当かどうか、あなたの目で耳で、五感で確かめてみませんか?

今日のお客様はとても不思議な境遇の...

 その日もお客様が来店されました。比較的お客様が少ない一日。三人目のお客様だが、もう23時を過ぎている。

「いらっしゃいませ。お席はご自由にどうぞ」

 来店したのは30代中盤くらいの男性。着衣はそれなりにきちんとした物を着ているが、髪や髭は整えられておらず、少し雑な性格なのかな、と勘繰ってしまうくらいには乱れていた。

 もちろん、お客様を見た目で選別することは一切ない。快くお迎えするのだ。

 初めての来店で、メニューを決めかねているのか、それとも別の目的なあるのか。一応いつもの調子でオススメしてみる。

「当店は、サイフォンコーヒーがおすすめです。焼き立てのパンもございますよ。」
『あ、じゃあ、コーヒーで。砂糖とミルクはいらないです...』
「承知しました。少しお時間いただきますね。」

 この男性、とても元気がない。覇気がゼロと言ってもいいほどだ。心配になってしまうレベルだ。そんな事を考えながらサイフォンに火を点ける。
 フラスコの底に当たった火が少しだけ横に広がり、全体を温めていく。この時、少し周囲が暖かくなる。これもサイフォンのいい所だ。店全体の暖かみとの調和がたまらない。

 男性は考え込んでいる、というよりは、落ち着きがない様子だ。もしかしたら...。

「お客様、当店来られるのは初めてで?」
『あ、はい。そうなんです。噂に聞いて...』

 あー、そういう事ね。噂の一言で全てを把握できた。でも、一応、話を聞いておきたい。

「噂?もしかして...」
『会いたい人がいまして...』

 そのまま話を聞いてみると、とても会いたい人がいるとのこと。

 男性は会いたいのは妻だと言う。背丈はちょうど店主と同じくらいだそうだ。

 2年前、ある日突然失踪したのだとか。前触れもなかった。少々強い雨の日、突如消えたのだ。
 もちろん捜索はしてもらったのだが見つからず、捜索は打ち切られ失踪の一言で片づけられてしまった。
 妻の友人関係も当たったが、結局失踪する理由が思い当たらなかった。

 それからは独り身。
 妻は何でもやってくれた。感謝の言葉を欠かしたりした事もなかったが、何も出来ない自分は愛想を尽かされたのかな、と最後は諦めてしまっていた。

 そんなある日、このカフェの噂を聞いたのだという。

【 会いたい人に会えるカフェ 】

 男性は、すがるような思いでcafe calmに訪れた。

 そんな話が一通り終わって、0時を回るころ、前触れも気配もなくドアの鈴が鳴った。

本当に会いたい人

 営業時間は夜中の1時までだ。0時を跨げば残り一時間。たまの来店はあるが、0時を跨ぐタイミングのお客様が、最後となる事が多い。
 その日は、ちょうど0時に入口のドアが開いた。

ー チリンチリン ー

 そこに入って来たのは、小柄な背丈の女性。

 少しではあるが、空気が止まったような時間が訪れた。もしかして...と店主の脳裏には先ほどの話がよぎる。

 そう、やはりその女性は男性の妻だった。
 お互いに目が合い気が付く。

『私も同じものお願いします。』

 女性はメニューも見ずにサイフォンコーヒーを注文。席に着いたは良いが、気まずい空気が流れ、サイフォンコーヒーがコポコポと音を立てる。

ー カツン ー

 数分ののち、淹れたてのコーヒーが女性の目の前に置かれた。脇に出された砂糖とミルクを入れ、一口飲んだ後、男性が切り出した。

『なぜ、居なくなったんだ。』

 コーヒーを飲む動きを止める女性。
 男性は覇気はないが、救いを求めるような目で女性を見つめる。

『...わ、わたし、わたしね…』

 女性はチラッと店主の方を見る。

 そうか、と察した店主は、少しコーヒー豆の在庫を確かめに行くと言い残し、急な階段を登って行った。

 再びの沈黙。

 しばらくの空白の時間。サイフォンの香りだけが漂う。意を決したかのように、女性が切り出す。

『わたし』

 なんなんだ、と言わんばかりの男性の眼光は女性に、妻に向けられている。
 そこに怒りはなく、哀しみに暮れていた一人の男の目。
 心の中はざわめいていた。内容がどうであれ、次の一言が全てを終わらせてしまう事は明白だった。

 そして…

『私、この世にはもういないんだ…』

 女性の目に光が宿る。
 男性に向き直って続けた。

『あなたの声が聴けると思ってなかった。
 あなたの顔を見られると思ってなかった。
 でも、もしかしたら、ここに来れば...。そう思って通ってたの。』

 男性は額に手を当て、悩んでいるかのようなポーズをとる。しかし、すぐに下ろし、妻に視線を向け、顔を向け、最後は、我慢できずに駆け寄った。
 次の瞬間、二人は重なり合う。
 二人はお互いの背中に腕を回し、少しの間、時間を止めた。

『会いたかった。』

 男性が素直な言葉を口にした。
 哀しみをどうにか押し潰そうとしているかのように、決して叶わない夢が叶ったような口振りで。

『今まで大変だったんだ。お前をいなくなって、どうなったかもわからず、見捨てられたのかと不安に思いながら、でもいつ帰って来てもいいようにと思って…。』

 それを聞いた女性は目を潤ませながら、言葉に感情を込めて、一言一言を大切に扱うかのように伝えようとする。

『ありがとう…私のために…ずっとずっと…ごめんね。
 私ね、あの日、どこに行ったか覚えてなかったの。いつの間にか、この世の人ではないと意識が芽生えてたような感じだった。
 なぜそうなったのか。それを思い出したら、もしかしたらここにも来れなくなるんじゃないかって思って。』

 なぜ、そうなったのか思い出せなかったと言った。でも、自分自身の命の火だけで存在しているという事はわかっていた。
 そんな事はもういいよ、と言わんばかりに、愛情に溢れる心地よい包容力を感じながら、二人だけの空間に愛情が溢れ出した。

『お前がいなきゃダメなんだ…
 帰ろう。』

 至近距離の妻を見つめる。嬉しい。とても嬉しかった。
 しかし、嬉しさを滲ませながらも、それが叶わない事を彼女は知っていた。

『うん。
 一緒に帰ろっか。』

 男性もその表情から出来得る限りの事を感じ取り、今この時間を大切にしようと決心。

ー トントントン ー

 店主が階段から降りてくる音を聞いて、我に返る二人。
 二人は少し恥じらいながらも、もう一度席に付き、コーヒーに口をつける。

 店主でもわかるほど、さっきと見違えるように柔和な雰囲気になっていた。察した店主は二人に声をかける。

「焼きたてのパンはいかが?」

 そう。cafe calmの名物は焼きたてパン。

 あなたに香りの良いコーヒーと、焼きたてのパンを。

 二人は顔を見合せ、

『『焼き立てパンひとつずつ!!』』

エピローグ

「ありがとうございました!また来てくださいね♪」

ー バタン ー

 手を繋ぎながら出ていった二人は、確かにおしどり夫婦だった。

 後日、夫が一人で来店した。お礼を伝えに来たとのことだった。

 事の経緯だが、妻は二年前の失踪当日、とても大切な書類届けるため、夫の職場に向かってる途中、川に転落。
 雨で川の水位が増していた事から、下流に流され亡くなったとの事だった。
 遺体はあがっていないのだが、彼女がそう言ったそうだ。
 落ちたと思われる場所から、ぼろぼろになった妻のポーチが見つかった。

 なぜ、魂だけがここに向かっていたのか。
 もしかしたら、夫に大切な書類を届けたい一心で向かっている最中に起こった事故だっただけに、魂だけが夫を追い続けたのかもしれない。

 とても不思議な体験だったが、夫は晴れやかな笑顔でこう言った。

『このカフェに来たお陰で妻に会えた。それに、美味しいコーヒーとパン。
 最後に妻と一緒に居られた時間が、こんな素敵な店だなんて。
 ありがとう。』

 そう言って、店を後にした。


 cafe calmの店主は、とても不思議な体質だ。
 目の前にいる人が、会いたい人に会わせてあげられる。
 願いが強ければ強いほど。
 もう会えない人にだって、会えることがある。
 もちろん、相手も会いたいと思ってなきゃ叶わないけどね。

 またのご来店をお待ちしております。

著 T-Akagi

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