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「差別はない」という差別

ここのところ目に余るアイヌ差別がTwitterで続いている。そのなかで気になっているものがある。それは「アイヌ差別はない」とするものだ。

「差別がない」は差別を助長するものとして批判される。それはなぜか。ほとんどの場合「差別はない」は、反差別言説に対抗して向けられる。それは、差別に反対することは無意味だと示すことになる。差別があるので差別に反対しているのに、それが無意味なものと矮小化されてしまったら、反対すべき差別はそのまま維持されることになる。つまり「差別はない」は差別を温存し差別を続ける働きにのみ資する。だからこの言葉は批判されるのだ。
「アイヌ差別はない」をツイートした者は、自分が札幌で生活するなかでそれを見たことがない、だから差別などない。そしてそれを批判されると「個人の感想だから差別ではない」と強弁している。個人の体験は限られており、それがゆえ無知が即ち罪になることはない。だとしても、これは度し難い言説だ。アイヌ差別は「ある」ことが一般的な常識として社会に共有されており、それを前提として行政は差別解消の取り組みをしている。多くの啓発を行っている。札幌に住みながらこの啓発を目にしたことがないのだろうか。啓発を目にしたときに、自分が知らないだけでアイヌ差別があるんだなと思わないのだろうか。「差別がない」というちゃぶ台返しは、実際には差別をしたい連中の難癖だ。前提から説明をしたところで差別者はそれを素直に聞くわけではない。また矛先を変えて差別を続けるだけだ。それでもときにはまともに相手をして説明を加えてやらねばならない。難癖は難癖に過ぎないと、傍観するひとにも認識を共有する必要があるからだ。そんな動機でこの記事を残しておく。

問題のツイートがこちら。アイヌであるひと(マユンさん)が差別について「あるものはある」と書いたツイートに、ネトウヨが「証拠を提示しろ!」と嫌がらせをしている。このあとに多くのアカウントが「証拠を提示」したが、この差別野郎はそれを無視し「証拠を提示しろ」と「個人の感想は差別ではない」を繰り返している。文脈をみれば紛れもなくこれは差別に基づく嫌がらせ、レイシャル・ハラスメントだ。
■ マユン(マユンキキ)さんはマレウレウやアペトゥンペの活動で知られる方。アイヌの音楽と言葉を紡ぎ続けている方だ。

https://twitter.com/kitano_tobi/status/1680967798410076160?s=20
https://twitter.com/kitano_tobi/status/1684556312833855489?s=20

もちろんこれは「個人の感想」で済む話ではない。もし本当に無知であれば、示された「差別の証拠」から学べばよい。だがこの差別野郎は延々と強弁と続けている。「証拠」など一顧だにするつもりがない。この態度をみれば最初から差別のために嫌がらせをしたことは明かだろう。詳しくしりたい方はこの差別アカウントのタイムラインをたどってみればよい。幼稚な強弁が繰り返されている(また、どうしようもないツイ廃であることも理解できるはず)。これも差別のひとつのパターンなのだ。そして社会一般でそれが通用することはない。幼稚な強弁に過ぎない。

この連中の主張のなかに、反差別は左翼勢力の「利権」のためにされているという誤った認識がある。「差別ビジネス」を続けるために差別を無くすわけにはいかないというデマである。これももうステレオタイプな陰謀論に過ぎないので注釈は加えないが、まぁ社会認識がどうかしているのだこの連中は。

https://twitter.com/dMUAYFRBv6GsJZx/status/1685848709945511936?s=20

こうやって「差別の事例を示せ」といえば、事例がみつからず差別に反対する者が窮すると考えるのは無知蒙昧の証しだ。まぁいい。示してやろうということで、この記事を書くに至った。
愚かな話だ。「差別はない、証拠を示せ」という言葉がそのまま差別であり、差別が実際にあることの証明になっているのだ。

アイヌ差別の解消は行政課題である。国も自治体もそれに取り組むことを明記している。これは差別があることを前提としたもので、「アイヌ差別がない」という疑義が差し挟まれる余地はない。この一般常識が前提とされたものだ。

【行政の取り組み・差別の証拠】

まず意識調査
「国民のアイヌに対する理解度についての意識調査」報告書
内閣官房アイヌ総合政策室
 2016
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/pdf/rikaido_houkoku160322.pdf

この内閣府官房の行った調査で、アイヌ差別の存在は証明されている
4〜5頁に明記されているが、この意識調査の回答者の90.4%が北海道在住者である。そのうちアイヌへの「差別や偏見があると思うか」に「ある」と答えているのは72.1%となっている。「ないと思う」は19.1%、「わからない」が8.8%。大多数が差別や偏見を認識している。つまりアイヌ差別の存在は社会一般に共有されている問題ということだ。
この報告書では、誰が差別を受けているかなどを重ねて質問している。注目したいのは8頁。「アイヌが差別を受けているという具体的な話を聞いたことがある」としたひとは、20歳代でも57.1%に、30歳代でも49/2%にのぼっている。過去の話ではないことがここから理解できるだろう。
ページを追ってみれば実際の差別の状況が大まかにでも理解できる。どのような場面で差別があるか。学校、就職、結婚・交際、近所づきあいなどでそれがあらわれていることが分かる。学業や職業に関わることから、経済的に弱い立場につながっていくことが理解できるだろう。また、身体的特徴から差別を受けることも明記されていることに注目しておきたい。

この内閣府が挙げた資料をみれば、差別が「ある」ことはあきらかであり、疑う余地などないといえる。
アイヌ差別に反対することで左翼の利権が生まれるなどと勘ぐるような連中が、これをどう考えるかは正直知ったことではない。勘ぐれるならなんにでも勘ぐりを入れることはできるが、それは一般常識とはかけ離れた態度に過ぎない。

アイヌ政策をめぐる最近の動き
2007年9月 国連総会で「先住民族の権利に関する国際連合宣言」採択
2008年6月 衆参両院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」採択
2009年7月 「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」報告書提出 
2009年12月 「アイヌ政策推進会議」発足
2014年6月 「アイヌ文化の復興等を促進するための「民族共生の象徴となる空間」の整備及び管理運営に関する基本方針」閣議決定( 平成29(2017) 年6月一部変更)
2019年5月 「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」施行
2019年9月 「アイヌ施策の総合的かつ効果的な推進を図るための基本的な方針」閣議決定

出典 東京都総務局人権部 東京都の人権課題 6アイヌの人々の人権問題https://www.soumu.metro.tokyo.lg.jp/10jinken/minna/kadai_6/

行政の取り組みが差別解消のために足りているとは言えないが、重要課題として掲げていることなので以下に例示しておく。

「アイヌの人々に対する偏見や差別をなくそう」法務省 
啓発動画あり
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken05_00004.html

「アイヌがアイヌとして生きていける社会へ」東京都人権啓発センター 2014、2022更新
道外のアイヌの状況についても触れられている
https://www.tokyo-jinken.or.jp/site/tokyojinken/tj-63-feature.html


【個人の差別体験・差別の証拠】
とはいえ、個人の差別体験を知るには上記だけでは十分ではないだろう。その手がかりとなるものをいくつか示しておく。個人への聞き取りでは、差別の表象がパターンとなってあらわれる様子と、個々の生活状況で違ってあらわれることの双方が理解できる。アイヌの実態も様々なのだ。少しの例を一般化して考えないよう、丁寧に読むことが必要と考える。

写真集
池田宏『現代アイヌの肖像』東京都人権プラザ企画展
東京都人権啓発センター 2022 
写真家池田宏のアイヌのポートレイトで編んだ写真集。展覧会の図録のため、現在は手に入れにくいかもしれないがネトウヨはどこかでアクセスしてこれを読むべき。これには被写体となったアイヌの生活史が語られており、そこにそれぞれの差別体験も具体的に語られている。これで差別が「ある」ことが理解できないなら、ちょっとお手上げだろう。
企画展にあわせた池田宏へのインタビュー
https://www.youtube.com/watch?v=yDdynQka-TI

Web記事
佐々木千夏「アイヌ差別の現状――民族への差別と民族の内なる差別」
シノドス 2018
https://synodos.jp/opinion/society/21668/

論文
佐々木千夏「現代におけるアイヌ差別」
『調査と社会理論』研究報告書35(北海道大学大学院教育学研究科教育社会学研究室) 35 45-70 2016年3月
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/61393

佐々木千夏さんは旭川市立大学 幼児教育学科の准教授。他にもアイヌ差別についての調査に基づいた論文がある。
■ 同名の差別発言杉並区議とは別人なので要注意。
https://researchmap.jp/sasaki-chi

【捕捉】
行政が文化振興につとめたからといって差別がなくなるわけではない。そこには施策によってステレオタイプを生むなどのジレンマもある。関心を持ったひとにはそのような状況についても知ってほしい。以下を取り急ぎ参考文献として挙げます。

リチャード・シドル『アイヌ通史 「蝦夷」から先住民族へ』マーク・ウィンチェスター訳 岩波書店 2021
小笠原信之『アイヌ差別問題読本―シサムになるために』緑風出版; 増補改訂版 2004

アイヌ差別がどのように捏造されてきたかは、こちらの論文に詳しい。
稲垣克彦「DNA解析と「アイヌ民族否定論」:歴史修正主義者による先住民族史への干渉」
解放社会学研究 Vol.35, (2022. 3) ,p.7- 32
https://amcor.asahikawa-med.ac.jp/modules/xoonips/detail.php?id=2022060201
補遺
https://note.com/ji3xok/n/nf1aef059e36c


【追記】
「差別はない」は差別の助長となり、ヘイトスピーチとなる。これまでもそのような差別発言は繰り返されてきており、その度に問題となっている。実際にその発言が問題視され、謝罪撤回に至った事例として曹洞宗町田発言を挙げておく。1979年、当時の全日本仏教会理事長・曹洞宗宗務総長、町田宗男が宗教者の国際会議で「部落差別はもう日本にはない」という主旨の発言をしたことが糾弾されたものだ。仏教は少なくとも近世以降、部落差別を温存する仕組みのひとつとして機能してきたため、なおさらこの町田発言は責任を問われるものとなった。
https://www.sotozen-net.or.jp/activity/jinken/torikumi

最後に繰り返すが、実際にあるのに「差別はない」と発言すればヘイトスピーチになりますよ。警告しておきます。

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