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メタ認知で〈学ぶ力〉を高める:認知心理学が解き明かす効果的学習法

実践知 では、実践知 (エキスパートがもつ知性) を支えるスキルとして次の4つのスキルについて説明されている。

1. テクニカルスキル: 専門的能力
2. ヒューマンスキル: 対人関係能力
3. コンセプチュアルスキル: 概念化能力
4. メタ認知スキル

これらのうち、最初の3つはすぐに頭の中でイメージできたが、最後のメタ認知スキルというのが、次のような説明を読んでもあまりよく理解できなかった。

通常の知識よりも一段高いメタ水準から知識をコントロールする

そこでメタ認知と学習の関係を学ぶために本書を手にとって読んでみた。

本書の構成と対象読者

本書は学ぶことや教えることに関心をもつ人向けに書かれている。認知心理学をはじめとした心理学の知見には、学習に役立つものが多々あるという。これらの知見には自分自身が学習者として学ぶときに役立つことはもちろん、他者を自律的な学習者に育てるときの教育にも役立つという。

本書は第1部と第2部で構成されている。第1部では、メタ認知に関する基本的な内容を説明し、第2部ではメタ認知的知識を活かして学ぶことや教えることに役立つ身近な実践方法について紹介している。

本書は認知心理学のことを何も知らない私が読んでも苦もなく読み進められた。入門書としても優れている。認知心理学の知見が1ページ単位に紹介されており、要点を過去の研究や実験などから簡潔に説明している。私は認知心理学の研究者を目指しているわけではなく、研究や実験の詳細を知りたいわけではないので、著者が過去の研究や実験から得られた知見を一般人向けの説明にしてくれるのでとてもわかりやすい。

メタ認知とは

心理学で言うところの認知 (cognition) とは、見る、聞く、書く、読む、話す、記憶する、思い出す、理解する、考えるなど、頭を働かせること全般を指す。朝起きてから寝るまで、ほぼ一日中行っていることだという。
過去に cognition=認識という訳語を当てていたことから
認知心理学 (cognition psychology) を認識心理学と訳す場合もあるらしい。同様にメタ認知をメタ認識と訳す場合もあるそうだが、訳語の違いであって指している内容は同じと考えてよいそうだ。

メタ認知とは、ひとことで言うと次の定義になる。

認知についての認知

自分自身や他者の行う認知活動を意識化して、もう一段界上からとらえることを意味する。頭の中で冷静で客観的な判断を下すようなものだと言う。

メタ認知は2つに分類される。

・メタ認知的知識
・メタ認知的活動

そして、さらに細分化して分類していくと次の図のようになる。私は用語に慣れていないので最初は戸惑ったが、本書を読み進める上で1つずつ内容をみていけばそれほど難しい内容ではない。分類そのものも知っておいてよいものであるが、本書を理解する上ではそれほど重要でもないように思えた。

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メタ認知的知識とは、人間の認知特性、課題、方略についての知識であり、具体例はそれぞれ次のような知識になる。

・一度に多くのことを言われても覚えられない
・抽象的な議論は具体的な議論よりも論点が曖昧になりやすい
・ある事柄についての思考を深めるには文章化してみるとよい

メタ認知的活動とは、認知的な気づきや認知活動の目標設定など、知識ではない活動成分を指す。メタ認知的モニタリングとメタ認知的コントロールに分類できる。具体例はそれぞれ次のようになる。

・自分は課題の、この部分がよくわからない
・課題の全体のうち、簡単なところから始めよう

このように認知心理学の用語や知見を具体例を示しながら説明してくれるのでわかりやすい。

認知活動を振り返ることを省察 (reflection) と言う。「振り返り」と言い換えられているときもあるので日常的な言葉で説明するなら「振り返り」でもよいかもしれない。省察には2種類ある。

・事後的な振り返り (reflection on action): 将来に向けての事後的な振り返り
・活動中の振り返り (reflection in action): 遂行段階のメタ認知的活動に近い振り返り

前者の振り返りは、例えば、プロジェクトが終わった後にメンバーを集めて、良かったことや悪かったことを振り返るのと同じ。一般に振り返りというとこれをイメージする。

一方で後者の振り返りは、例えば、イベントに登壇して発表しているときに聴衆の反応をみて、ついてこれてないのでもう少し詳細に説明しようとか、ペースを落としてゆっくり話そうといった調整をすることを指す。

さらにメタ認知と記憶の関係、他者との関係や共同学習、意欲や感情との関係、メタ認知の問題点や留意点などもトピック単位で説明されている。読んでいて、知らないこともあれば、すでに経験していて実感しやすい内容もある。そういった経験を通して感覚的に理解していることを知識として理解し直すことも十分に役に立つと思われる。

メタ認知的知識の活かし方

第2部ではメタ認知的知識を活かす実践的な内容を紹介している。次の6つのセクションごとにトピックを切り出して説明している。

・Section 1 意識・注意・知覚編
・Section 2 知識獲得・理解編
・Section 3 思考・判断・問題解決編
・Section 4 意欲・感情編
・Section 5 他者との協働・コミュニケーション編
・Section 6 行動・環境・時間管理編

学習についてのメタ認知的スキルはよくあるハウツー本にあるようなプラクティスとは異なり、「なぜそうするとよいのか」を納得するための心理学的な根拠が必要になるという。プラクティスを学ぶことも大事だが、その背景や根拠も併せて理解することで、状況に応じたメタ認知的知識を有効に活用できるという。そのための第2部という構成になっている。

メタ認知的知識と課題管理システム

唐突だが、私がいま関心をもっていることに課題管理もしくは課題管理システムの使い方がある。本書を読みながらメタ認知的知識を学ぶ過程で、その知見のいくつかは課題管理や課題管理システムに通じるものがあった。

本書は学ぶ人や教える人向けに認知心理学やメタ認知の知見をまとめたものである。

課題管理システムは学習のためのシステムではないが、課題管理に含まれる概念の1つに本質的な課題を追求することがある。ここで「本質的な」というのはユーザーの要求をそのまま作るわけではなく、ビジネス上の問題を解決することを指している。多くのケースでユーザーの要求には現れない、その裏に隠れている制約やみえない背景がある。この隠れている制約や背景を掘り起こすことを本質的な課題を追求するという。そして、課題管理システムはそういった課題をメンバーで共有するためのシステムである。

本質的な課題を追求することは、最初はわからなかったものごとを学ぶ過程と捉えることもでき、課題をメンバーで共有することは他者との協働やコミュニケーション、教育にも関わっている。共通点を見い出せたとしてもそれほど不思議なことではないように思える。

記憶と課題管理システム

例えば、記憶と課題管理システムを考える。人間が一度に記憶できる範囲 (短期記憶の範囲) には厳しい限界がある。人に何かを伝える際にも情報過多にならないような配慮が必要となる。

短期記憶の段階で何度も繰り返したり、意味付けを行うことで長期記憶に定着する。一度、長期記憶に入ってしまうと忘れにくくなる。長期記憶に定着させるための行為をリハーサルと言う。そして、リハーサルには2つある。

・維持リハーサル (maintenance rehearsal): 単純な繰り返し
・精緻化リハーサル (elaborative rehearsal): 意味を自分なりに考えたり、情報同士を関連付けたりする

経験からも実感できるが、記憶の定着には後者の精緻化リハーサルの方が効果的である。

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課題管理システムに慣れた人は、日常的に課題を作成したり更新したりすることで言語化を行っている。これを思考の外化と呼び、考えたことを深めたり広めたりすることに役立つ。そして、作成した個々の課題を階層化したり関連付けたりする。こういった作業は最初からすべてわかっていて行うよりも、作業を進める過程で仮説と検証を繰り返しながら、徐々に自分自身でその課題の理解度が上がってきた段階で繰り返し行われることが多い。

この課題の階層化と関連付けは、まさに学習や記憶における精緻化リハーサルではないかと思えた。そして精緻化の1つに自分に関連付けると覚えやすいという効果がある。これを自己関連付け効果 (self-reference effect) と呼ぶ。課題管理システムで自分にアサインしたチケットの方が記憶しやすいのも同じであろう。

さらに自分で考え作り出した情報は、他者から与えられた情報よりも記憶に残りやすい。これを自己生成効果 (self-generation effect) と呼ぶ。自分が選んで覚えた内容は、そうでない内容よりも記憶に残りやすい。これを自己選択効果 (self-choice effect) と呼ぶ。「自分が」というところがポイントとなる。自分が関与することにより、課題についての精緻化が行われるため、効果的であると考えられる。

問題解決と課題管理システム

アイディアの量と質は比例すると説明されている。適切なアイディアかどうかの判断を先に延ばすと多くのよいアイディアを出すことができ、アイディアをたくさん出せば出すほど、よいアイディアが出てくる。つまり量を増やすことで質も高まると説明されている。

これはまさに課題管理システムにチケット (もしくはタスク) という形で起票することに似ている。一般論として、システムの初心者向けには何も起票しないよりは誤った内容を起票する方がよい行動だと説明し、起票するという行動を促すことが多い。

また「創造性は特殊な才能」という考えが創造的思考を邪魔するというトピックがある。創造性を才能と考えている人ほど、創造的に考えることに消極的であったり、粘り強く考えようとする態度が乏しい。自分は創造的だという自信をもっている人ほど創造的な人だという研究結果もある。

粘り強く考えると、よいアイディアが出る。よいアイディアを得るには、ある程度の時間をかける必要がある。頭にパッと浮かぶアイディアは誰もが思いつく平凡なものであり、そこで満足してやめてしまうとユニークなアイディアが出てこなくなる。

この考え方は課題管理システム上に課題を作って、時間をかけて本質的な課題を追求することと合致している。長い時間ずっと課題のことを考え続けているから課題の背景を掘り下げられ、適切な問題解決や品質の高い解決策のアイディアが出てくるのではないか。

またアイディアを外化する (話す・書く) ことが発想を促すことも出てくる。課題を作成すること自体が外化であり、それをメンバーで共有して意見やフィードバックを得ることは一種のブレインストーミングであると言えるのではないか。他者の考えに触れることで発想力が高まる場合もある。

意欲と課題管理システム

私はどんなプロジェクトであっても課題管理システムの利用を推進・啓蒙しているが、残念ながら、メンバーの全員が使ってくれるわけではない。

評価ばかりを気にすると学習における新たな挑戦意欲が低下するというトピックがある。学習目標は大きく2つに分けられる。

・習得目標 (learning goal): 新たな学びによって能力を伸ばすことを目標とする
・遂行目標 (performance goal): 自分の能力に対して高い評価を得ること、低い評価を避けることを目標とする

この2つの学習目標の背景には、異なる知能観があると考えられる。

・増大的知能観: 自分の能力は伸ばせると考え、他者からの評価よりも学ぶことそのものを重視する
・固定的知能観: 自分の能力は伸びないと考え、現在の能力をいかに他者へ高くみせるかを重視する

後者の知能観だと、評価に悪影響を及ぼしかねない、失敗する可能性のある難しい課題に挑戦したがらなくなる。逆に自分の能力を伸ばすことに関心をもつと挑戦意欲を高めてくれる。

課題管理システムを使いたがらない背景としてよく聞く話題の1つに、自分が知らないことを他人にみせたくない、もしくは失敗したことをみせたくないという理由がある。失敗は学ぶ過程において必然だが、固定的知能観だとそういう考え方にはならないのかもしれない。

まとめ

メタ認知的知識と課題管理システムとの関係は私が経験から勝手に類推したものであって本書とは何も関係がない。メタ認知や認知心理学の知見を身近な問題に結びつける事例の1つとして参考程度にしておいてほしい。

繰り返しになるが、本書では、学ぶ人や教える人向けにメタ認知や認知心理学の知見を説明している。どんな業界、業種、職業であっても学ぶことや教えることは日常であるので幅広く応用できるのではないかと私は考える。


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