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美しいと認識する力・6:東京バレエ団「ドン・キホーテ」

金曜日(2022/6/24)上野の東京文化会館に、東京バレエ団の「ドン・キホーテ」を見に行ってきた。

素晴らしい舞台だった。衣装も照明も舞台装置も華やかでやっぱり美しい。オーケストラの演奏もいい。それにドン・キ・ホーテは場面場面で舞台のメリハリが強くてストーリーもわかりやすい。

第一幕の第一場バルセルナの広場の場面は、街の娘たちと闘牛士たちの衣装やマントも赤やオレンジを基調として明るく華やかだ。入れ替わり立ち替わりに魅せる、彼女ら・彼らの踊りも華やかで派手でいい。ヒロインのキトリの踊りは躍動的で楽しい。大きく身体を反らせるジャンプも手足がのびて綺麗だし、回転もいい(*1)。ヒーローのバジルとの息のあった踊りもいいし、リフトも魅せる。この最初の一場面だけでも、息もつかせない技の連続で、十分に楽しい。

第二場は、一転、暗くて怪しい夜の森の中だ。ドン・キホーテ一行がジプシーと出会う場面では、ジプシーたちの踊りが見ものとなる。フラメンコの要素も感じさせるジプシーの女の踊りもあれば、ジプシーの男たちのモダンな要素を感じさせるキレのいい踊りもある。

この場の最後のパートが、ドン・キホーテが風車につっこんでいく有名な場面(*2)だ。ジプシーが見せる劇を真に受けたドン・キホーテは、風車を巨人と間違えて槍を構えて突撃するものの風車の羽根にひっかかり、地面にたたきつけられて気を失ってしまう。

気を失ったドン・キホーテが夢を見るのが次の第三場だ。そこは妖精の世界で、明るい白色の幻想的な光の中、衣装も白と青を基調に夢の場面が美しく演出されている。踊りはまた趣が大きくかわり、ゆったりとしたクラシックなバレエをたっぷり魅せるし、森の女王や妖精たち、キューピッドといった脇を固めるダンサーたちも優雅だ。女王と妖精たちが守るドゥルネシア姫はドン・キホーテが崇めるお姫さまである。そして、ドゥルネシア姫は、夢の世界の中でヒロイン・キトリの現身なのだ。

第二幕一場は街はずれの居酒屋で、準ヒロインの踊り子メルセデスと準ヒーローの闘牛士エスパーダの踊りも見ものだ。バジルが自殺を図り、ドン・キホーテが義憤にかられてキトリの父親を説得してキトリとバジルの結婚を認めさせ、そこでバジルが生き返る。もちろん、自殺は狂言だったのだ。

そして、最後の第二場、侯爵の館に招かれての盛大な祝いの場面。圧巻のグラン・パ・ド・ドゥ、キトリとバジルの大技が連なり飽きさせない。第一幕が1時間10分、第二幕が50分ほど、あっという間に時間が過ぎた。

バジルとエスパーダは、3人の男性ダンサー、柄本弾、秋元康臣、宮川新大が4日間の講演で日替わりで入れ替わりで演じる。私が行った24日はバジルが秋元、エスパーダが宮川だった。秋元は、カモシカのような足とはこのような足を言うのか、と美しい足さばき、宮川は一流闘牛士らしい堂々とした踊りで、それぞれが役にはまったいい組み合わせだったと思う。

キトリは、もともと沖香菜子の予定だったのがおめでたで出演を見合わせ、代役の涌田美紀だったが、こちらも役にピタッとはまった溌剌とした踊りで、急遽出演のはずが、パートナーとも周囲とも息がぴったりあっていた(*5)。

ドン・キホーテのとぼけた演技も見ものだが、従者となるサンチョ・パンサ、海田一成のコミカルながら随所にバレエダンサーならではの演技も素晴らしかった。

個人的に印象的だったのはキュービット役の工桃子(たくみももこ)だった。手足の動きもしなやか、仕草も表情も可愛らしく、美しく演じきっていた。惚れた。

やはり実公演を見るのはいい。DVD や YouTube のビデオばかり見ていると、見どころがクローズアップされて主役や個人技を堪能できて分かりやすいのはいいのだけれど、こうして実際に見てみると、やはりバレエは舞台全体で作られることがよくわかる(*3)。

魂は細部に宿る。


バレエを初めてちゃんと見たのは、去年の11月だった。そのときのことは、以前に書いた。

こうして、一回目二回目と舞台を見たのがドン・キホーテだったというのは私にとってはとてもよかったと思う。ストーリーも場面展開も、踊りも全てがバリエーション豊富で、私のようによくわかっていない初心者であっても、飽きさせない。

前回にしっかりと予習してあったので、内容や見どころは頭に残っている。こうして素晴らしい舞台を再度見ることで、より深く美しさを楽しめたと思う。

音楽にしろ、舞台にしろ、絵画、あるいはグルメやソムリエにしても、そして数学や理論物理でも、その世界をわかろうとしたときに、幅広くその世界の中を知ることも大変大事だが、最初は、これぞ、と思った一流のものを繰り返し徹底的に鑑賞することが大事なのではないか、と実感する。

だから、よき出会いが大事で、よき出会いを導くよき友人と、ほどよい出会いの場が大事なのだと思う(*4)。

終演後にちょいと二人で飲みに行った、シノバズブルワリ。
エール・エール( Yale Ale -しゃれてるネーミング、柑橘系のホップの香がいいIPA)などのクラフトビールも美味いし、羊の料理も美味い。写真はラムカツサンド。

さて、未来はわからない。にもかかわらず、経営者やマネージャ、そして私たち凡人一人ひとりだって、わからない未来に向かって決断をくださなければならない。そして、その決断に、自分だけではなく周囲の人がついてこなければならない。

世界はこのようにあると現在を分析し理解する論理的な思考、それによって予測できる未来とそこから逆算して管理すべき現在、それだけでは人は動かない。そこには夢がない。

世界はこうあるべきだと未来を描き夢想する目的論的な思考、それによってわかる現在とのギャップとそこから決断される実行すべき変革、それだけでは人は動かない。そこにはロジックがない。

そこで必要なのはなんだろうか。それは共感であり感動であり、共感と感動を支えるのは、カント流に言うのであれば判断力、つまりは美しいと認識する力だ。

なぜ一流の経営者や世界のエリートが「美しいかどうか」を大事にするのか、アートを学ぶのか、美意識を鍛えることが大事だというのか、考えてみれば当たり前のことなのである。



■ 注記

(*1) 当日の映像を共有できると一番いいのだけれども、実際に見た私たちの頭のなかにしか残っていない。とはいえ、YouTube で、Kitri Variation というキーワードで検索するといろいろ出てくる。


ヌニェスもいいし、手足が長いザハロアもいいが、私のイチオシはナターリャ・オシポワ。

"The Flames of Paris" (パリの炎)、DVDを買ってしまった。男性のイワン・ヴァシリエフもすごい。ジャンプの高さや回転のスピードが尋常ではない。ジャンプはまさに空中浮遊だ。

(*2) ドン・キホーテといえば、自分は力のある正義の騎士だと勘違いした人を揶揄するように覚えている人が多いかもしれない。自分が到底かなわない相手に対して無謀にも戦いを挑み、しかも、間違った相手に対して正面から戦いを挑み、当然の結末のように敗れる。

バレエの中でも滑稽ではあるが、そうして気を失って見た夢の世界で、ドルネシア姫に会うことができ、森で狩りを楽しんでいた伯爵一行がドン・キホーテを助けることで、最後の場面につながる重要なポイントだ。そしてキトリとバジルの悲恋をハッピーエンドに結びつけるのは、その勘違い系のドン・キホーテなのだ。

勘違い系・暴走系・うっとうしい系の人だって組織・社会やコミュニティの中で思わぬ重要な役割を果たしていることもあるのだから馬鹿にしてはいけない。

ところで、実際のところ、ドン・キホーテの原作を読んでないのであまりよく知らない。去年の10月にバレエを見に行く前に読んでおこうと思ったら、なんと岩波文庫で全6冊の長編だったので断念した。

風車に突っ込むドン・キホーテ。それはドン・キホーテのほんの一部でしかないのだろう。


(*3) さも自分がわかっているかのようにように書いているが、実際、私の視力と認識力でとらえることができるのは、全体のほんのごく一部でしかない。全体を俯瞰しながら細部の素晴らしさを堪能しようと思ったら、類まれな動体視力と注意力、そして、なによりバレエの美しさをわかる認識の枠組みがなければならない。実際に自分でそこまでの運動も体験もないなかで理解できることは限られている。

普遍的な美しさや、数学的実体、あるいは道徳、そういった普遍的な何かを私たちが等しくアプリオリに持っていたとしても、それらを共有できるためには、そのためにふさわしい身体能力と概念と信仰を育くむ必要があるのだ。

わかる人は幸せである。わかった気になれる人も幸せである。わからない人も、その気になればわかる能力は持っているはずなので、気にする必要はない。人はみな、自分が生きられるように生きているだけなのだから。

(*4)  今回バレエを見に行ったのは、11月に舞台に立った友人・・妻のいとこさんの娘さんで、東京でIT業界の会社で仕事に奮闘しながらバレエを習っている黒木瞳似の美人さんだ。

私は、さすがにGパンにTシャツではまずいだろう、と、皺だらけの紺の麻混ジャケットに灰色のスラックス、ボタンダウンのストライプのシャツにちょっとカジュアルなネクタイ、なんともまぁバラバラだ。いかにも久しぶりにお客さんの前に出された研究開発系技術者という感じのいで立ちとなった。

つり合いがとれないのは仕方がない。でも、まぁ、こうして自分を笑うことが出来る程度には自分のことを見ることが出来るとは思っている。

(*5) 東京バレエ団のプロモーション動画


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