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波の数だけ


11月。

夏の喧騒とは裏腹に
その役目を終えた浜辺は人気もなく
とても穏やかで、
寄せる波音が心地よく身体に沁みていく。

貴方が好きだった、この浜辺に
幾度となく私は1人で訪れた。

吹き上げる潮風が冷たく肌を刺す。
ハマヒルガオの葉がたなびく浜辺に腰を下ろし
沖に浮かぶ烏帽子岩をぼんやりと眺めながら
貴方との時間を、巻き戻していた。


最初のデートが、
この場所だったこと

お気に入りのカフェの珈琲は
少し酸味の強いものが好きだったこと

いつも、くたびれた
おんなじトレンチコートばかり着てたこと

伸びた無精髭を申し訳なさそうに撫でること

大きな弧を描き、
江の島までずっと続くこの浜辺を、
ゆっくり、ゆっくり
手を繋ぎながら裸足で歩いたこと

海育ちなのにサーフィンを1度も
したことがないってこと

笑うと目尻にクシャっとシワが出来ること
でも、私はそれがとても好きだったこと


私の中で沸き上がるパノラマは
まるでこの打ち寄せる波のように
何度も何度もやってきて
泡沫となって消えていった。

貴方の声が聞きたいとか
貴方の匂いを感じたいとか
どうやっても叶わない事ばかりを
おまじないのように、心の中でつぶやいてた。

でも、今日は貴方にお別れを言いに来た。

貴方との想い出をいくら紐解いても
私はちっとも前に進めない。
そう、私は前に進まなくちゃならない。
だって、私は生きていくんだから。

私の胸の内で微笑む貴方は
あの時のまま。
私だけがどんどん歳をとっていく。
ずるい。ずるいよ。


これから先も
貴方と過ごした日々を忘れたりはしない。

ただ、色褪せてしまうかも知れない。

もう、ぽろぽろと
泣いたりしないかも知れない。

それでも、私は生きていく。

どれくらいの時間が経っただろう。
宵闇の中、灯台の灯がふんわりと、
海を照らしていた。
足元の砂を払い、
踵を返し、ゆっくりと歩き出す。


砂浜に足を取られながら
ゆっくり、ゆっくりと歩を進め
おもむろに、ふと立ち止まり、
空を見上げ、心の中でこう囁いた。

神様の悪戯があるとするならば、
最後に一言だけ、
私の声を届けて下さい。

「貴方のことが、好きです」




アーティスト『すいすい。』さんが
歌う【波の数だけ】はこちら↓

https://linkco.re/accqM4qm?lang=ja

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