敵を光の彼方に消し去る呪文

もし1つだけドラクエの魔法が使えるようになるとしたらどの呪文がいい?

これまでの人生、幾度となく繰り返してきた話題だ。小学生の頃はもとより、大人になってからも飲み会やらなんやらで飽きもせずこんな会話をしてきた。
僕の答えはその時の気分によってまちまちだ。なんだか疲れてる時は「ベホイミ」、どっかに旅行したい時は「ルーラ」、イライラしてる時は「ザラキ」や「イオナズン」…これは僕に限った話でなくだいたいみんな同じような答えになると思う。ここから特に会話が盛り上がったりすることもないのだが、それでも僕たちはなんでか定期的にこの問いを投げかけてしまう。もし1つだけドラクエの魔法が使えるようになるとしたらどの呪文がいい?

先ほどはこの問いへの答えはその時の気分によってまちまちだと書いたが、現時点での、いやここ数年ほどの僕の使いたい呪文は固定されている。
「ニフラム」である。
説明の必要があるかどうかはわからないがニフラムについて説明すると「敵を光の彼方に消し去る呪文」だそうだ。僕がドラクエをプレイしていた時には使う機会はほとんどなかった呪文である。
そんな使ったことがあるかなきかのマイナー呪文がここ数年の間、僕の中で「超使いたい呪文」として評価がうなぎのぼりになっている。
消し去りたいのだ。アイツラを。そう、「ドラクエ」を。

あれはたしか20歳くらいの時だったろうか。
その時、僕はクタクタに疲れ果てていた。何もかもにくたびれていた。
20歳という元気の盛りに何を情けないことを言ってるんだ、と思われるかもしれない。でも実際にそんなだったんだからしょうがない。なんならその前も同じように疲労困憊の極みにあったし、その疲れは今だって感じている。要するに、僕は生まれてこのかたずっとへとへとなまんま生きてきたのだ。
肉体的な疲れ、というのもあったろうがその他諸々いろんな要因によって僕は常に疲れていた。マッサージなんかに行ってもその疲れは取れない。ぐっすり眠るとかそういう手段でもダメだ。ていうか、疲れすぎていて眠れない、なんて状態だったからそもそもぐっすり眠れないという事情もあった。そういう八方塞がりな状況で、「あれ、これはいいんじゃないの?」という疲労回復の手段を20歳くらいの時に1つだけ見つけることができた。それが「サウナ」だったのだ。


それ以来、僕はサウナにずいぶんと通ってきた。サウナに行かないと疲れ死にしちゃう、という必要に迫られて行ったことももちろんあったが、そうして何度もサウナに行くうちに僕はサウナが大好きになっていったのだ。
嬉しい時、悲しい時、暇な時、忙しい時…どんな時でも僕はサウナに行った。
昔はサウナなんておっさんが行くもの、とされてきた。そんな中にまだ20歳のピチピチの若者たる僕が飛びこんでいくのは少し抵抗があったが、それは最初の数回だけだ。
「だって疲れ取れるんだもん」
この無敵論理の前に周りの目がどうこうなど太刀打ち出来ようはずもない。こちとら、疲れ果てているのだ。いくらおっさんくさいだなんだと誹謗中傷されたところで痛くも痒くもない。僕はサウナに通いまくった。


昔はサウナはよほどの繁盛店を除けばどこも常に閑散としていた。どことなくアングラな空気さえ漂わせているようなところもあった。
もう10年以上前の話になるが、新規開拓を目論んで僕が上野の街をフラついていた時のことだ。何の変哲もない住宅街にポツンと佇んでいるサウナを発見した。
「あら、こんなところに…」
と微笑みつつ僕はそのサウナへ突入した。そこは上野における僕の行動範囲にきっちり収まっていたのに、その時まで存在すら見落としていた。見落としてもおかしくないくらいにこぢんまりとした店だった。
お金を払い脱衣所へと向かう。意外なことに、けっこうな人数の裸体たちがひしめきあっていた。
「目立たないのに繁盛してるってことは…なんか良さげ設備が整っているのかも!」
と期待に胸を膨らませながら僕は服を脱ぎ、浴場へと向かった。しかし面妖なことに、脱衣所にはあんなに人がいたのに浴場には全然人がいない。おかしいな、と訝りながら身体を洗いお湯に浸かりサウナで汗をかくというルーティンをこなしたが、僕の周りに人が来ることはなかった。ついでに言うと、サウナはそんなに熱くなく水風呂はぬるかった。他に特筆すべき善き設備があるわけでもなかった。完全なハズレサウナである。
首をひねりながら身体を拭いて脱衣所に戻っていくと、やはり脱衣所はごった返していた。事ここに至って
「このサウナ、何なん…?」
と周囲をきちんと見てみると、周りの人たちは皆同じ方向を向いて佇んでいることに気がついた。そして彼らの様子を伺っていてようやくすべてを飲みこんだ。
このサウナ、脱衣所の窓やらなんやらが豪快に開け放ってあったのだ。その窓は壁面のかなり低い位置から天井近くにまで至る、けっこうな巨大窓だった。その窓が豪快に開いているということはつまり、脱衣所の様子は往来から丸見えなのだ。脱衣所にいる男たちはそのご自慢の裸体を合法的(?)に人々に見せびらかす露出場としてこのサウナを楽しんでいた。道理で誰も浴場に入ってこないわけだ。よくよく見れば、ずいぶんと元気な感じになっている人もいる。その事実に気づいて僕は「恥ずかちいよう」と顔を真っ赤にしながらそそくさと服を着てサウナを出た。外からそのサウナを見上げてみると(脱衣所は3階だった)なかなか壮観な光景を拝むことができた。僕もあの中の1人ではあったのだが。
そういう、訳のわからないサウナだって昔は存在を許されていた。その露出サウナは次に訪れた時には潰れていたのだが。

話が横道に逸れてしまったが、今現在のサウナの話である。
昔のような、訳のわからないサウナはもう(あまり)ない。綺麗で設備も良い素晴らしいサウナばかりになった。しかしそのことで問題が発生した。
「ドラクエ」の出没である。
集団でサウナに現れ、集団で湯船に浸かり集団でサウナに闖入し集団でゾロゾロ出ていく、主体性の欠片もない群れのことだ。こいつ等のサウナ内での振る舞いがまるでドラクエの主人公御一行が常に連れ立って歩いているかのようだ、ということで彼らは「ドラクエ」という蔑称が付けられている。
一時の「サウナブーム」とかいうのもようやく落ち着きが見せたというのに、この「ドラクエ」はいまだにサウナには発生しているのだ。
過去に何度も僕はこのドラクエたちをnoteで悪しざまに罵ってきた。僕はこいつ等が大嫌いなのだ。世間でももちろん忌み嫌われている。なのにこいつ等は滅びない。なんでか、僕が行くサウナには決まって1つや2つはドラクエパーティーがやってくる。
腹が立って仕方がない。彼らは当たり前のようにサウナ内でかしましく喋り散らかす。湯船に浸かっている最中もピーチクパーチクさえずりまくる。静かに1人の時間を過ごしたい、そんな切なる願望を抱いてノコノコとやってきた僕は自分の粉々に砕かれた願望を抱きしめながら嗚咽号泣する。その一方でドラクエたちは泣きじゃくる僕を尻目に高らかに賑やかに高歌放吟し、何が楽しいのかゲラゲラと馬鹿笑いをしている。
理不尽である。不条理である。こんなことが許されていいはずがない。ではどうしたらいいと言うのだろう。そう、その答えが「ニフラム」なのだ。
ザラキなら奴らはめでたく死ぬがその死体はそこに残る。これはめでたくない。
イオナズンでも奴らはめでたく死ぬ。しかしそれを使用すればサウナごと吹き飛ぶ。これもめでたくない。他の攻撃呪文でも事情は同じだ。
ルーラ。この呪文で僕はめでたく奴らがいない他のサウナに行けるかもしれない。だが奴らは死なない。万死に値する罪を犯しているというのに何の報いを受けることもない。やっぱりめでたくない。理不尽さがつきまとう。
ニフラムなら、奴らはめでたく死ぬ。完全に消滅する。僕は微笑む。幸せになる。いいことづくめだ。やはり今の僕に必要なのはニフラムなのだ。

この文章を書いているのが5月27日、なんと奇しくもこの日は「ドラクエの日」だそうだ。
1回だ。1回だけでいい。何かの間違いでニフラムを使えるようにならないものか。ドラクエの日なんだし。そんなことばかり考えてしまう。
とはいえ、僕にはもはやニフラムを使う機会さえない。金欠すぎてサウナに行けないのだ。
ということで皆さん、どうか私にお金を恵んでください。サウナに行くお金をください。僕はサウナに行きたいの。もし僕にお金を恵んでくれる人がいたら僕はアイツラを消し去ります。もちろんニフラムは使えないから消し去れないわけだけど、なんかのまぐれで1回くらい使えたりするんじゃないかな、という可能性だってないわけじゃないかもしれないような気がしないこともなくはないこともないのです。ですからどうか、どうか僕にサウナ代を恵んでください。下のサポートというところからお願いいたします。

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