住居侵入、迷惑防止条例違反

罪名は「住居侵入」。被告人は42歳の男性だった。起訴状の職業欄には会社員と書いてあるが、発公判の段階でその会社は退職し無職になったということだ。
彼が侵入したのは、同じ会社に務める女性の住居だ。被害者が目を離した隙にカバンを漁ってその中に入っていたカギの番号と運転免許証をスマホで撮影、その情報をもとに合鍵を作成した。合鍵を作成したのは令和5年10月、彼が逮捕されたのは令和6年3月21日。住居に侵入している被告人を被害者が発見、その場での現行犯逮捕だった。その後、防犯カメラ映像から3月19日にも被害者宅へ侵入していたことが判明し、その時の犯行についても起訴されることになった。起訴されたのは3月19日と21日の2回の犯行についてのみだったが、何度も何度も繰り返していたのは間違いないだろう。
犯行動機は「被害者宅で自慰をしたい」というものだった。被害者宅へ侵入してから被告人は部屋を物色して下着などを探しだして自慰行為をしていた。被告人のスマートフォンからは被害者の物と見られる下着を撮影した画像が多数保存されていた。
3月21日、被害者が帰宅した際、家に入る前から異変を感じていたという。電気を消してから家を出たはずなのに家から灯りが洩れている…。訝しみながらも玄関を開けると、明らかに荒らされているのがわかった。恐る恐る家に入っていくと、そこには会社で何度か会ったことのある男がいた。
どうしてここにいるのか、ここで何をしているのか、問い詰めても男は
「申し訳ありません、許してください」
と繰り返すばかり。埒が明かない、そう判断し警察を呼んだ…これが現行犯逮捕のあらましである。
「犯人は別の部署にいる人で、人当たりも良くていい人だと思っていた。もう人間不信になりそう…。何事もなく捕まえることができたが、後になって考えると何をされていてもおかしくはなかったと思う。今後、また一人暮らしをできるかどうか不安…」
と警察に供述している。
その日、被告人は
「今日は時間に余裕があるから部屋に行こう」
と軽い気持ちで犯行に及んでいたようだ。
被告人は大学卒業後に犯行当時勤めていた会社に就職、その後17年間、勤務をしていた。しかしその会社は前述の通り退職を余儀なくされている。妻との2人暮らし、前科前歴はない。


罪名は「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」、いわゆる迷惑防止条例違反だった。こちらの被告人は大学院を中退後に会社員として稼働していた30歳の男性。川崎市内で一人暮らしをしている。
店名までは詳らかにしない。都内のコーヒーチェーン店の女性用トイレに小型カメラを設置し中の様子を盗撮した、という犯行態様だった。
前科は3犯。いずれも女性用トイレの盗撮で、今回は執行猶予中の犯行だった。
犯行現場となった店は以前に交際していた女性と何度か訪れたことがあり、その際に「盗撮がしやすそう」と目をつけていたそうだ。
令和5年2月14日、彼はこのお店に行きトイレにほど近い場所にある席に着いた。それからトイレに侵入し、あらかじめ用意していた小型カメラを設置した。そして何食わぬ顔で自席に戻り、トイレに出入りする女性を確認していた。後に回収されたカメラには3人の女性の姿態が撮影されていた。だがここで異変が起こる。店舗従業員がトイレに向かい、ゴミ箱を回収し始めたのだ。
「…バレたかもしれない」
彼はすぐに店を飛び出した。カメラの回収はできていない。だがもしバレていたなら捕まってしまう。咄嗟にそう考えての行動だった。
しばらく店の外で思案に暮れた。だがそうしていても仕方がない。カメラは証拠になる。前科もある彼は警察署で指紋も取られている。これをなんとかして回収しなくてはいけない。意を決して店に戻ったが、トイレには「使用中止」の貼り紙が貼られていた。
「バレた」
そう確信した彼はその後、弁護士に相談をした後に警察署に自首をした。
彼が盗撮を始めたのは平成26年頃だという。まだ20歳になるかならないかの頃だ。その時は駅のエスカレーターなどでスマートフォンで盗撮をしていた。はじめはそれで満足していたが、やがて物足りなくなった。
「下着では興奮しない。よりプライベートなところを見たい」
そうして彼はトイレの盗撮という沼に足を踏み入れた。
今回の犯行に関しては
「もう盗撮はしない、と捕まってからは決めてました。でも『1回だけならバレないかも…』と思ってしまいました」
「犯行の前日にアダルトサイトで盗撮動画を観て『自分も撮りたい』と思ってしまいました」
「女性の用便の音、姿で興奮してしまいます。『自分にはその姿を覗く権利がある』とか『バレさえしなければ被害者はいない』とか、そういう風に考えてしまいました」
と供述をしている。


最近傍聴した2件の裁判である。いずれも「性犯罪」とカテゴライズされる事件だ。「侵入」と「窃視」、どちらも直接的な犯行ではなく被害者のプライバシーに踏みこむという犯行態様である。
犯行のきっかけとなったのが性欲であることは間違いないと思う。だが、これが単純に性欲だけを問題として語っていいとは思えない。
彼らは女性のプライバシーに踏みこむことで何を得たのだろう。
彼らはどういう経緯でそれを欲し、実際に手に入れようと犯行に至ってしまったのだろう。
二人目の盗撮犯の言葉がとても印象深い。
「自分には覗く権利がある」
一人目の侵入犯にしても、被害者宅で思いのままに振る舞っていた。それこそ、そうする「権利」があるかのような振る舞いだ。
彼らの中に芽生えたこの「権利」の意識、それはどこから生まれどのように育まれたものなのだろう。
「女性」という存在を彼らはどのように捉えていたのだろう。
その歪んだ権利意識とは裏腹に、彼らは法律やルールに対しては驚くほど従順になる。侵入犯は犯行発覚時、情けないほど平謝りに謝った。盗撮犯は犯行が発覚したと悟ればすぐに自首している。この従順さと尊大さは彼らの中で矛盾なく同居している。
マンスプレイニング。一言で言えばそうなる。まず国家や法律という大きな規範がありその下に自分がいて、そして自分の下に「女性」がいる、そういう序列や秩序が確固として彼らの中には内在しているように見える。だが現実的にはそんなに単純な世界など存在しない。自分が思うままに女性を支配下に置くことなどできないし、そうしようと行動を起こすことだって許されるものではない。内在化された世界と現実とのギャップ、その齟齬が彼らを異常な行動に駆り立てた、そういう見方だってありうる。

冒頭で紹介したような、犯罪行為にまで至る者はそうそう多くないだろう。だが、だからといって彼らと同じような認識を持つ者がいない、とは思えない。それこそツイッターや何かで「マンスプレイニング」と検索をかければ至るところに(犯罪には至らないにせよ)女性を1人の人格として扱わない男性がそこかしこに存在していることに気がつく。
そういう男性たちの古色蒼然とした価値観を批判するのは簡単ではあるが、ここでももう一度立ち止まりたい。彼らが夢想してやまない世界、なぜそんな世界を求めてしまうのか。なぜ彼らは誰か特定の人を支配下に置きたいと望むのか。彼らは一体、何を恐れて何に怯えているのか。

裁判所に行く。公判予定を見る。
そこに性犯罪が載っていない日はほとんどない。罪名だけで明確に性犯罪とわからないものだってたくさんある。冒頭の公判は「住居侵入罪」と書いてあっただけだし、「窃盗」の法廷に行って下着泥棒だったりすることもよくある。
性犯罪者。そのフレーズがもたらす嫌悪感は著しいものがある。私自身もそのような類の犯罪を犯した者の公判を冷静な気持ちで傍聴できないことは多々ある。しかし、私自身も男性であり、彼らと同じ(もしくは近い)認識を共有している、そう感じる時もある。そういう時、怒りという感情を彼らにぶつけることで自分自身に内在化している歪みから目を背けることがある。同じように歪んだ世界で生きているのだ、私だけがその歪みから逃れられるなど傲慢にも過ぎる。多分、私も彼らと同じなのだ。だから激しく拒絶反応を示すのだ。感情のベクトルが何かの拍子に逆になれば、私が法廷のバーの向こう側に行くこともあるのかもしれない。

だから真剣に問う。「彼ら」はどこから生まれてくるのか。「彼ら」の歪みをもたらせたものは何なのか。性犯罪を犯す者、ましてや被告人として起訴される者は稀だろう。でも私は知っている。「彼ら」はどこにでもいる。



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