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宇佐信仰から八幡信仰へ

※「引用文が長くて分かりにくい」と言われたので、カットしてみました。 

1.宇佐信仰


 宇佐神宮(旧・宇佐八幡宮)について私が知っていることは、数多くあることから「稲荷、八幡、犬の糞」と言われた全国4万社の八幡宮/八幡神社の総本社であり、ご祭神は、

一之御殿:八幡大神=応神天皇
二之御殿:比売大神 =宗像三女神(多岐津姫命、市杵島姫命、多紀理姫命)
三之御殿:神功皇后 (息長足姫命)=応神天皇の母

の3柱であること。そして、参拝の作法が「二拝二拍手一拝」ではなく、出雲大社同様、「二拝四拍手一拝」だということ、あとは鳥居が「八幡鳥居」という特殊な形式だってことくらいです。(まぁ、普通はこれだけ知っていれば十分だとも言えますが;)

 ──もっと知りたい! 調べてみよう!

 宇佐神宮へ行って驚くのは、中央に配置されているのが、八幡大神を祀る一之御殿ではなく、比売大神を祀る二之御殿だということです。つまり、宇佐神宮は、本来は、宇佐の地主神・比売大神を祀る神社であり、後に祭神Xが祀られ、その正体が応神天皇だと解され、朝鮮との仲が悪くなると、「三韓征伐」を行った神功皇后が加えられたということを示しています。

 豊国宇佐に坐す宇佐神・比売大神の正体については、豊国の神・台与(卑弥呼の宗女。「宗女」とは「一族の女」の意。卑弥呼は未婚なので、娘も息子もいない)とも、宇佐の神・宇佐津姫(菟沙津姫。宇佐神宮境内社の宇佐祖神社に夫・菟沙津彦と共に祀られている)とも言われていますが、辛島氏が宇佐神=比売大神とし、宇佐氏が大和政権に従属して以降、次の2つの理由で、宇佐神=比売大神=宗像三女神(多岐津姫命、市杵島姫命、多紀理姫命)とし、現在もこの説が採用されています。

理由① 宇佐神宮奥宮・大元(おおもと)神社は、御許山(おもとさん)の山頂に鎮座する。御許山は、辛島氏によれば、比売大神が降臨した地だという。1個ではなく、3個の巨石からなる磐座は、比売大神こと宗像三女神(多岐津姫命、市杵島姫命、多紀理姫命)が降臨する依代である。

理由② 『日本書紀』(巻一第六段一書第三)に「宗像三女神は宇佐島に降臨し、今は北の海路の中に鎮まっている」とある。「宇佐島」は「沖ノ島」のことだとされるが、宇佐神宮では「辛島」(豊前国宇佐郡辛島郷。現在の大分県宇佐市辛島で、辛島氏の本貫地)とし、その後、沖ノ島に遷座して、今は沖ノ島に坐すと解する。

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