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『枕草子』にみる「五節の舞」

■第94段「宮の五節出だせたまふに」

 宮の五節いださせたまふに、かしづき十二人、こと所には女御御息所の御方の人いだすをば、わるきことにすると聞くを、いかにおぼすにか、宮の御方を十人はいださせ給ふ。いまふたりは、女院、淑景舎(しげいさ)の人、やがてはらからどちなり。
 辰の日の夜、青摺(あをずり)の唐衣、汗衫(かざみ)をみな着せさせ給へり。女房にだに、かねてさもしらせず、殿人には、ましていみじう隠して、みな装束したちて、くらうなりにたるほどに持てきて着、赤紐をかしうむすびさげて、いみじうやうじたるしろき衣、かた木のかたは絵にかきたり。織物の唐衣どものうへに着たるは、まことにめづらしきなかに、童(わらは)はまいてすこしなまめきたり。下仕まで出でゐたるに、殿上人、上達部おどろき興じて、小忌(をみ)の女房とつけて、小忌の君達は外にゐて物などいふ。「五節の局を、日も暮れぬほどに、みなこぼちすかして、ただあやしうてあらする、いとことやうなることなり。その夜までは、なほうるはしながらこそあらめ」とのたまはせて、さもまどはさず。木帳どものほころび結ひつつ、こぼれ出でたり。
 小兵衛といふが赤紐のとけたるを、「これ結ばばや」といへば、実方の中将、よりてつくろふに、ただならず。
  足引の山井の水はこほれるを いかなるひものとくるなるらむ
といひかく。年若き人の、さる顕証(けそう)のほどなれば、いひにくきにや、返しもせず。そのかたはらなる人どもも、ただうちすごしつつ、ともかくもいはぬを、宮司(みやづかさ)などは耳とどめて聞きけるに、ひさしうなりげなるかたはらいたさに、ことかたより入りて、女房のもとによりて、「などかうはおはするぞ」などぞささめくなり。四人ばかりをへだててゐたれば、よう思ひ得たらむにてもいひにくし。まいて歌よむとしりたる人のは、おぼろげならざらむは、いかでか。つつましきこそはわろけれ。よむ人はさやはある。いとめでたからねど、ふとこそうちいへ。つまはじきをしありくがいとほしければ、
  うはごほりあはにむすべるひもなれば かざす日影にゆるぶばかりを
と、弁のおもとといふに伝へさすれば、消え入りつつ、えもいひやらねば、「なにとか、なにとか」と、耳をかたぶけて問ふに、すこしことどもりする人の、いみじうつくろひ、めでたしと聞かせむと思ひければ、え聞きつけずなりぬるこそ、なかなか恥隠るる心地してよかりしか。
 のぼるをくりなどに、なやましといひていかぬ人をも、のたまはせしかば、あるかぎりつれたちて、ことにもにず、あまりこそうるさげなれ。舞姫は、相尹(すけまさ)の馬の頭の女(むすめ)、染殿の式部卿の宮の上の御おとうとの四の君の御腹、十二にていとをかしげなりき。
 はての夜も、おひかづきいでもさわがず。やがて仁寿(じじう)殿より通りて、清涼殿の御前の東(ひんがし)の簀子(すのこ)より、舞姫をさきにて上の御局に参りしほども、をかしかりき。

■第95段「細太刀の平緒つけて清げなる男」

 細太刀に平緒つけて、きよげなる男の持てわたるもなまめかし。

■第96段「内裏は五節のころこそ」

 内裏は五節のころこそ、すずろにただ、なべて見ゆる人もをかしうおぼゆれ。主殿司(とものづかさ)などの、色々のさいでを、物忌みのやうにて、釵子(さいし)につけたるなども、めづらしう見ゆ。宣耀殿(せんようでん)の反橋に、元結のむら濃いとけざやかにて出でゐたるも、さまざまにつけてをかしうのみぞある。上の雑仕わらはべも、いみじき色ふしと思ひたる、ことわりなり。山藍、日かげなど、柳筥(やなひばこ)に入れて、かうぶりしたる男など持てありくなど、いとをかしう見ゆ。殿上人の、直衣ぬぎたれて、扇やなにやと拍子にして、「つかさまさりと、しきなみぞ立つ」といふ歌をうたひ、局どもの前わたる、いみじうたちなれたらむ心地もさわぎぬべしかし。まひて、さと、ひとたびにうちわらひなどしたるほど、いとおそろし。行事の蔵人の、掻練襲(かいねりがさね)、ものよりことにきよらに見ゆ。褥(しとね)など敷きたれど、なかなかえものぼりゐず、女房のゐたるさまほめそしり、この頃はこと事もなかめり。
 帳台の夜、行事の蔵人の、いときびしうもてなしてかひつくろひ、ふたりの童よりほかにはすべて入るまじと、戸をおさへておもにくきまでいへば、殿上人なども、「なほこれ一人は」などのたまふを、「うらやみありて、いかでか」など、かたくいふに、宮の女房の二十人ばかり、蔵人をなにともせず、戸をおしあけてさめき入りては、あきれて、「いと、こはずちなき世かな」とて、立てるもをかし。それにつけてぞ、かしづきどももみな入るけしき、いとねたげなり。上もおはしまして、をかしと御覧じおはしますらむかし。灯台にむかひてねたる顔どもも、らうたげなり。

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