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Reco's Eye:上総広常暗殺の理由

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「Reco説「神は遺体」「御霊の起源は荒魂」」
https://note.com/sz2020/n/n0a2c208d735e
にも書きましたが、上総広常の暗殺理由が分かりません。その理由は『吾妻鏡』に答えが書かれていないからです。

ずっと考えてるけど、分からない。

多分、以下のようかな?

 「富士川の戦い」後、上洛しようとした源頼朝を、御家人たちは引き止めた(飢饉(兵糧不足)や領地から離れる不安を理由に上洛を拒否した)が、第16回では、源義経&源範頼が、御家人を引き連れて上洛し、木曽義仲と平家を討っている。
━━前回と今回でどこが違うのか? 
それは、
①「寿永2年10月宣旨」の存在
②上総広常の粛清
であろう。

 ①御家人は、「朝廷は平家の味方だ」と思っていたが、「寿永2年10月宣旨」により、源頼朝の味方であり、自分たちが官軍である(大義名分がある)ことがはっきりしたので、源頼朝に従った。

 ②とはいえ、近くでの戦いならいいが、遠くまで行かなければならないとなると、特に弱小な御家人は、困ったり、反対したりしたであろう。とはいえ、弱小であるから、源頼朝に異議を申し出ても却下されるであろう。
 ━━ではどうするか?
親分肌の有力御家人に「源頼朝に遠征を中止するよう頼んで」と頼むしかない。そうして御家人たちから頼まれ、期待されたのが上総広常であり、源頼朝に東国の御家人代表として諌言したので殺され、御家人たちは、「こうなっては源頼朝には逆らえない。言う通りに遠征するしかない」と諦めたのであろう。深読みすれば、上総広常に苦情を申し出た御家人達に対し、源頼朝は、「命は助けてやる。そのかわり、遠征せよ」と言ったのもしれない。(上総広常は、2万人の兵を連れて参陣した人物である。源頼朝は、その2万人を上洛軍として使おうとしたのではないだろうか?)だとしたら、素晴らしい策である。遠征には莫大な費用が必要で、費用を使うことで勢力が弱まり、ますます源頼朝に反抗できなくなるからである。(上総広常の粛清は、たとえば、増税に苦しむ村民たちに頼まれ、村の代表として、お代官様に直訴した村長を、お代官様は、首謀者として無礼うちし、発起人である村民たちを助けて恩をきせて年貢を納ませ、恐怖で支配するようなものか?)

 凄いと思うのは、北条時政である。源頼朝に言いたい事を言うと、さっと伊豆に帰った。鎌倉に残っていたら、御家人代表として源頼朝に諌言するはめになり、上総広常のかわりに見せしめとして粛清されていたであろう。(上総広常は、鎌倉殿と御家人の橋渡し、今で言う中間管理職にはなれなかった。というか、当時は「執権」というポストがなかった。2人の実力者が役割分担して、将軍と執権(今で言えば社長と専務)となるのは、もう少し先の話である。)

━━最も頼りになる者は、最も恐ろしい。

上総広常の死後、この言葉が当てはまるようになったのは、源義経である。
死亡フラグが立った。


<お勧め記事>

・近藤正高「『鎌倉殿の13人』15話 は神回!上総広常(佐藤浩市)はなぜ斬られたのか?じっくり考察する」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8a56849500c846111794df825178c3401d2d05d1

・こさ「鎌倉殿の13人のおかげで上総広常の墓までタクシーで行った」
https://note.com/warotan/n/n87a0cd8dc2a0

・Yusuke Santama Yamanaka 「『見せしめ』は比企能員で良くないですか? 」
https://note.com/santama0202/n/nb4ffb3d22583


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