藤原定家所伝本『金槐和歌集』
■歌人・源実朝
鎌倉幕府第3代将軍・源実朝(鎌倉右大臣)は歌人としても知られる。
(1)『金槐和歌集』(きんかいわかしゅう)
源実朝の家集(歌集)。略称『金槐集』。別名『鎌倉右大臣家集』。
生前(源実朝22歳)の自撰本(663首掲載)と、死後の柳営亜槐撰の他撰本(719首掲載)がある。自撰本と他撰本では、収録歌数だけではなく、歌の配列が異なる。また、言い回しも微妙に異なる。
この記事は、前半(無料部分)が自撰「藤原定家所伝本」の翻刻に歌番号を加えたもので、後半(有料部分)では、和歌のみを抽出し、意味が分かりやすいように漢字を多用した。(自撰「藤原定家所伝本」には数文字の文字列の欠損が3箇所、1文字の欠損が数箇所あるので、他の写本で補った。)
・佐佐木信綱編『金槐和哥集』(岩波書店)※自撰本の影印(写真)
・久保田淳・山口明穂編『金槐和歌集 本文及び総索引』 ※自撰本の翻刻
(2)源実朝の和歌の支持者
松尾芭蕉、賀茂真淵、正岡子規、斉藤茂吉。
(3)必読書
①『金槐和歌集』
・斎藤茂吉校訂『金槐和歌集』(岩波文庫) ※他撰本の配列
・斎藤茂吉校訂『金槐和歌集』(日本古典全書) ※自撰本の配列
・樋口芳麻呂校註『金槐和歌集』(新潮日本古典集成)※自撰本の配列
②賀茂真淵、斉藤茂吉の『金槐和歌集』注釈書
・斎藤茂吉『金槐集私鈔』
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/954267
③評論等
・正岡子規『歌よみに与ふる書』
https://www.aozora.gr.jp/cards/000305/card46534.html
・太宰治『右大臣実朝』
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2255.html
・小林秀雄『実朝』
https://note.com/sz2020/n/n6bc2fcd44709
・吉本隆明 『源実朝』筑摩書房(ちくま文庫)
・鎌田五郎『金槐和歌集全評釈』
(4)参考記事
・「吉野秀雄著、「金槐集研究書目解題」を読む」
http://yanenonaihakubutukan.net/kinkaisyu.html
・「歌人・源実朝 」
https://note.com/sz2020/n/n26ef7f72b123
・三木麻子「源実朝の和歌活動」
https://www.shukugawa-c.ac.jp/wp-content/uploads/2021/05/ad3ddd42af181cccba4bec64f644f27b.pdf
・「鎌倉における源実朝の歌碑」
http://amigokamakura.sakura.ne.jp/ishibumi/103-yanagi-hara/103-sanetom-ishibumi.html
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春
正月一日よめる
001 けさ見れは山もかすみてひさかたの あまのはらよりはるはきにけり
立春の心をよめる
002 こゝのへのくもゐにはるそたちぬらし 大内山にかすみたなひく
故郷立春
003 あさかすみたてるを見れはみつのえの よしのゝ宮に春はきにけり
はるのはしめにゆきのふるをよめる
004 かきくらし猶ふる雪のさむけれは はるともしらぬたにのうくひす
005 春たゝはわかなつまむとしめをきし のへとも見えすゆきのふれゝは
はるのはしめのうた
006 うちなひきはるさりくれはひさきおふる かた山かけにうくひすそなく
007 山さとにいへゐはすへしうくひすの なくはつこゑのきかまほしさに
屏風のゑにかすかの山にゆきふれる所をよめる
008 松の葉のしろきを見れはかすか山 このめもはるのゆきそふるける
わかなつむところ
009 かすかのゝとふひのゝもりけふとてや むかしかたみにわかなつむらむ
雪中わかなといふことを
010 わかなつむころもてぬれてかたをかの あしたのはらにあはゆきそふる
むめのはなをよめる
011 むめかえにこほれるしもやとけぬらむ ほしあへぬつゆのはなにこほるゝ
屏風にむめの木にゆきふりかゝれる
012 むめの花いろはそれともわかぬまて かせにみたれてゆきはふりつゝ
むめのはなさける所をよめる
013 わかやとのむめのはつ花さきにけり まつうくひすはなとかきなかぬ
花あひたのうくひすといふことを
014 はるくれはまつさくやとのむめのはな かをなつかしみうくひすそなく
むめの花かせにゝほふといふことを人/\によませ侍しついてに
015 むめかゝをゆめのまくらにさそひきて さむるまちけるはるのやまかせ
016 このねぬるあさけのかせにかほるなり のきはのむめのはるのはつ花
梅香薫衣
017 むめかゝはわかころもてにゝほひきぬ 花よりすくるはるのはつかせ
むめのはなをよめる
018 はるかせはふけとふかねとむめのはな さけるあたりはしるくそありける
はるのうた
019 さわらひのもえいつるはるになりぬれは のへのかすみもたなひきにけり
かすみをよめる
020 みふゆつきはるしきぬれはあをやきの かつらきやまにかすみたなひく
021 おほかたにはるのきぬれは春かすみ よもの山へにたちみちにけり
022 をしなへて春はきにけりつくはねの このもとことにかすみたなひく
やなきをよめる
023 はるくれはなをいろまさる山しろの ときはのもりのあをやきのいと
あめの中やなきといふことを
024 あさみとりそめてかけたるあをやきの いとにたまぬく春さめそふる
025 水たまるいけのつゝみのさしやなき このはるさめにもえいてにけり
やなき
026 あをやきのいともてぬけるしらつゆの たまこきちらすはるのやまかせ
あめそほふれるあした勝長寿院のむめ所/\さきたるをみて花にむすひつけしうた
027 ふるてらのくち木のむめもはるさめに そほちて花そほころひにける
雨後うくひすといふことを
028 はるさめのつゆもまたひぬむめかえに うはけしほれてうくひすそなく
梅花厭雨
029 わかやとのむめのはなさけりはるさめは いたくなふりそちらまくもをし
故郷梅花
030 たれにかもむかしもとはむふるさとの のきはのむめは春をこそしれ
031 としふれはやとはあれにけりむめの花 花はむかしのかにゝほへとも
032 ふるさとにたれしのへとかむめのはな むかしわすれぬかにゝほふらむ
ふるさとの春の月といふことをよめる
033 ふるさとはみしこともあらすあれにけり かけそむかしの春のよの月
034 たれすみてたれなかむらむふるさとの よしのゝみやの春のよの月
春月
035 なかむれはころもてかすむひさかたの 月のみやこのはるのよのそら
梅花をよめる
036 わかやとのやへのこうはいさきにけり しるもしらぬもなへてとはなむ
037 うくひすはいたくなわひそむめのはな ことしのみちるならひならねは
038 さりともとおもひしほとにむめのはな ちりすくるまてきみかきまさぬ
039 わかそてにかをたにのこせむめのはな あかてちりぬるわすれかたみに
040 むめのはなさけるさかりをめのまへに すくせるやとははるそすくなき
よふことり
041 あをによしならの山なるよふことり いたくなゝきそ君もこなくに」8オ
すみれ
042 あさちはらゆくゑもしらぬのへにいてゝ ふるさと人はすみれつみけり
きゝす
043 たかまとのおのへのきゝすあさな/\ つまにこひつゝなくねかなしも
044 をのかつまこひわひにけりはるのゝに あさるきゝすのあさな/\なく
名所桜
045 をとにきくよしのゝさくらさきにけり 山のふもとにかゝるしらくも
とをき山のさくら
046 かつらきやたかまのさくらなかむれは ゆふゐるくもに春さめそふる
雨中桜
047 あめふるとたちかくるれは山さくら はなのしつくにそほちぬるかな
048 けふも又花にくらしつはるさめの つゆのやとりをわれにかさなん
山路夕花
049 みちとをみけふこえくれぬやまさくら はなのやとりをわれにかさなむ
春山月
050 かせさはくをちのとやまにそらはれて さくらにくもる春のよの月
屏風ゑにたひ人あまた花のしたにふせる所
051 このもとの花のしたふしよころへて わかころもてに月そなれぬる
052 このもとにやとりはすへしさくらはな ちらまくおしみたひならなくに
053 このもとにやとりをすれはかたしきの わかころもてにはなはちりつゝ
054 いましはと思しほとにさくらはな ちるこのもとにひかすへぬへし
山家見花ところ
055 時のまと思てこしをやまさとに はな見る/\となかゐしぬへし
花ちれる所にかりのとふを
056 かりかねのかへるつはさにかほるなり はなをうらむる春のやまかせ
きさらきの廿日あまりのほとにやありけむきたむきのえんにたちいてゝゆふくれのそらをなかめて一人おるにかりのなくをきゝてよめる
057 なかめつゝおもふもかなしかへるかり ゆくらむかたのゆふくれのそら
ゆみあそひをせしによしの山のかたをつくりて山人のはなみたる所をよめる
058 みよしのゝやまの山もりはなをよみ なか/\し日をあかすもあるかな
059 みよしのゝ山にいりけむやま人と なりみてしかなはなにあくやと
屏風によしのやまかきたる所
060 みよしのゝやまにこもりし山人や 花をはやとのものと見るらん
古郷花
061 さとはあれぬしかの花その/\かみの むかしのはるやこひしかるらむ
062 たつねてもたれにかとはむふるさとの はなもむかしのあるしならねは
花をよめる
063 さくらはなちらまくをしみうちひさす みやちの人そまとゐせりける
064 さくら花ちらはおしけむたまほこの みちゆきふりにをりてかさゝむ
065 みちすからちりかふはなを雪とみて やすらふほとにこの日くらしつ
066 さけはかつうつろふ山のさくらはな 花のあたりにかせなふきそも
人のもとによみてつかはし侍し
067 はるはくれと人もすさめぬ山さくら かせのたよりにわれのみそとふ
山家見花といふことを人/\あまたつかうまつりしついてに
068 さくら花さきちるみれはやまさとに われそおほくのはるはへにける
屏風に山中にさくらさきたる所
069 山さくらちらはちらなむおしけなみ よしや人みす花のなたてに
はなをたつぬといふことを
070 はなを見むとしもおもはてこしわれそ ふかきやまちに日かすへにける
屏風のゑに
071 山かせのさくらふきまくをとすなり よしのゝたきのいはもとゝろに
072 たきのうへのみふねの山のやまさくら かせにうきてそはなもちりける
ちる花
073 はるくれはいとかのやまの山さくら かせにみたれて花そちりける
花かせをいとふ
074 さきにけりなからの山のさくらはな かせにしられて春もすきなん
花をよめる
075 みよしのゝやましたかけのさくらはな さきてたてりとかせにしらすな
名所ちる花
076 さくらはなうつろふ時はみよしのゝ やましたかせにゆきそふりける
花雪にゝたりいといふことを
077 かせふけは花はゆきとそちりまかふ よしのゝ山は春やなからむ
078 山ふかみたつねてきつるこのもとに ゆきと見るまてはなそちりける
079 春のきて雪はきえにしこのもとに しろくもはなのちりつもるかな
雨中夕花
080 山さくらいまはのころのはなのえに ゆふへのあめのつゆそこほるゝ
081 やまさくらあたにちりにし花のえに ゆふへのあめのつゆのゝこれる
落花をよめる
082 はるふかみあらしのやまのさくらはな さくと見しまにちりにけるかな
月のすゑつかた勝長寿院にまうてたりしにあるそう山かけにかくれをるを見てはなはとゝひしかはちりぬとなむこたへ侍しをきゝてよめる
083 ゆきて見むと思しほとにちりにけり あやなのはなやかせたゝぬまに
084 さくら花さくと見しまにちりにけり ゆめかうつゝか春のやまかせ
水辺落花といふ事を
085 さくらはなちりかひかすむはるのよの おほろ月よのかものかはかせ
086 ゆく水にかせふきいるゝさくらはな なかれてきえぬあはかともみゆ
087 山さくらきゝのこすゑにみしものを いはまのみつのあはとなりぬる
湖辺落花
088 やまかせのかすみふきまきちる花の みたれてみゆるしかのうらなみ
故郷惜花心を
089 さゝなみやしかのみやこのはなさかり かせよりさきにとはましものを
090 ちりぬれはとふ人もなしふるさとは 花そむかしのあるしなりける
091 ことしさへとはれてくれぬさくらはな はるもむなしきなにこそありけれ
花恨風
092 心うきかせにもあるかなさくらはな さくほともなくちりぬへらなる
春風をよめる
093 さくらはなさきてむなしくちりにけり よしのゝやまはたゝ春のかせ
さくらをよめる
094 さくらはなさけるやまちやとをからん すきかてにのみはるのくれぬる
095 はるふかみ花ちりかゝる山の井の ふるきしみつにかはつなくなり
河辺款冬
096 山ふきのはなのしつくにそてぬれて むかしおほゆるたまかはのさと
097 やまふきのはなのさかりになりぬれは 井てのわたりにゆかぬ日そなき
款冬を見てよめる
098 わかやとのやへの山ふきつゆをゝもみ うちはらふそてのそほちぬるかな
あめのふれる日山ふきをよめる
099 はるさめのつゆのやとりをふくかせに こほれてにほふ山ふきのはな
山ふきをゝりてよめる
100 いまいくか春しなけれははるさめに ぬるともおらむ山ふきのはな
山ふきに風のふくを見て
101 わか心いかにせよとかやまふきの うつろふはなにあらしたつらん
102 たちかへりみれともあかすやまふきの はなちるきしのはるのかはなみ
やまふきのはなをゝりて人のもとにつかはすとてよめる
103 をのつからあはれとも見よはるふかみ ちりゐるきしのやまふきのはな
104 ちりのこるきしの山ふきはるふかみ このひとえたをあはれといはなん
山ふきのちるを見て
105 たまもかる井てのかはかせふきにけり みなはにうかふ山ふきのは
106 たまもかる井てのしからみ春かけて さくやかはせの山ふきの花
まとゆみのふりうに大井かはをつくりてまつにふちかゝる所
107 たちかへりみてをわたらむ大井かは かはへのまつにかゝるふちなみ
屏風ゑにたこのうらにたひ人のふちのはなをゝりたる所
108 たこのうらのきしのふちなみたちかへり おらてはゆかしそてはぬるとも
いけのへんのふちのはな
109 ふるさとのいけのふちなみたれうへて むかしわすれぬかたみなるらん
110 いとはやもくれぬる春かわかやとの いけのふちなみうつろはぬまに
正月二ありしとし三月にほとゝきすなくをきゝてよめる
111 きかさりきやよひの山のほとゝきすはるくはゝれるとしはありしかと
春のくれをよめる
112 春ふかみあらしもいたくふくやとは ちりのこるへきはなもなきかな
113 なかめこしはなもむなしくちりはてゝ はかなくはるのくれにけるかな
114 いつかたにゆきかくるらむはるかすみ たちいてゝ山のはにも見えなて
115 ゆく春のかたみとおもふをあまつそら ありあけの月はかけもたえにき
三月尽
116 おしむともこよひあけなはあすよりは はなのたもとをぬきやかへてむ
夏
更衣をよめる
117 おしみこし花のたもともぬきかへつ 人の心そなつにはありける
夏のはしめのうた
118 なつころもたつたの山のほとゝきす いつしかなかむこゑをきかはや
119 春すきていくかもあらねとわかやとの いけのふちなみうつろひにけり
ほとゝきすをまつといふことをよめる
120 夏ころもたちし時よりあしひきの 山ほとゝきすまたぬ日そなき
121 ほとゝきすきくとはなしにたけくまの まつにそ夏のひかすへぬへき
122 はつこゑをきくとはなしにけふも又 やまほとゝきすまたすしもあらす
123 ほとゝきすかならすまつとなけれとも よな/\めをもさましつるかな
山家時鳥
124 やまちかくいゑゐしせれはほとゝきす なくはつこゑはわれのみそきく
ほとゝきす哥
125 あしひきのやまほとゝきすこかくれて めにこそ見えねおとのさやけさ
126 かつらきやたかまの山のほとゝきす くもゐのよそになきわたるなり
127 あしひきのやまほとゝきすみやまいてゝ よふかき月のかけになくなり
128 ありあけの月はいりぬるこのまより やまほとゝきすなきていつなり
129 みな人のなをしもよふかほとゝきす なくなるこゑのさとをとよむか
夕時鳥
130 ゆふやみのたつ/\しきにほとゝきす こゑうらかなしみちやまとへる
夏哥
131 さつきまつをたのますらおいとなみ せきいるゝみつにかはつなくなり
132 さみたれに水まさるらしあやめくさ うれはかくれてかる人のなき
五月あめふれるにあやめくさをみてよめる
133 そてぬれてけふゝくやとのあやめくさ いつれのぬまにたれかひきけむ
134 五月雨は心あらなむくもまより いてくる月をまてはくるしも
135 さみたれに夜のふけゆけはほとゝきす ひとりやまへをなきてすくなり
136 さみたれのつゆもまたひぬおくやまの まきのはかくれなくほとゝきす
137 五月雨のくものかゝれるまきもくの ひはらかみねになくほとゝきす
138 さ月山こたかきみねのほとゝきす たそかれ時のそらになくなり
故郷廬橘
139 いにしへをしのふとなしにふるさとの ゆふへのあめにゝほふたちはな
廬橘薫衣
140 うたゝねのよるころもにかほるなり ものおもふやとのゝきのたちはな
ほとゝきすをよめる
141 ほとゝきすきけともあかすたちはなの 花ちるさとのさみたれのころ
社頭時鳥
142 さみたれをぬさにたむけてみくまのゝ 山ほとゝきすなきとよむなり
雨いたくふれるよひとりほとゝきすをきゝてよめる
143 ほとゝきすなくこゑあやなさ月やみ きく人なしみあめはふりつゝ
深夜郭公
144 さ月やみおほつかなきにほとゝきす ふかきみねよりなきていつなり
145 さつきやみかみなひやまのほとゝきす つまこひすらしなくねかなしも
蓮露似玉
146 さよふけてはすのうきはのつゆのうへに たまと見るまてやとる月かけ
河風似秋
147 いはくゝるみつにや秋のたつたかは かはかせすゝし夏のゆふくれ
蛍火乱飛秋已近といふ事を
148 かきつはたおふるさはへにとふほたる かすこそまされ秋やちかけむ
149 夏やまになくなるせみのこかくれて秋ちかしとやこゑもおしまぬ
みな月の廿日あまりのころ夕風すたれをうこかすをよめる
150 秋ちかくなるしるしにやたまたれの こすのもとをしかせのすゝしき
夜風冷衣といふことを
151 なつふかみ思もかけぬうたゝねの よるのころもにあきかせそふく
夏のくれによめる
152 昨日まて花のちるをそおしみこし ゆめかうつゝか夏もくれにけり
153 みそきするかはせにくれぬ夏の日の いりあひのかねのそのこゑにより
154 夏はたゝこよひはかりと思ねの ゆめちにすゝし秋のはつ風
秋
七月一日のあしたによめる
155 きのふこそ夏はくれしかあさといての ころもてさむし秋のはつかせ
海辺秋きたるといふ心を
156 きりたちてあきこそゝらにきにけらし ふきあけのはまのうらのしほかせ
157 うちはへて秋はきにけりきのくにや ゆらのみさきのあまのうけなは
寒蝉鳴
158 ふくかせのすゝしくもあるかをのつから 山のせみなきて秋はきにけり
秋のはしめのうた
159 すむ人もなきやとなれとおきのはの つゆをたつねてあきはきにけり
160 のとなりてあとはたえにしふかすさの つゆのやとりに秋はきにけり
白露
161 秋はゝやきにける物をおほかたの のにも山にもつゆそをくなる
秋風
162 ゆふされはころもてすゝしたかまとの おのへのみやの秋のはつ風
163 なかむれはころもてさむしゆふつくよ さほのかはらの秋のはつかせ
秋のはしめによめる
164 あまのかはみなはさかまきゆく水の はやくもあきのたちにけるかな
165 ひさかたのあまのかはらをうちなかめ いつかとまちし秋もきにけり
166 ひこほしのゆきあひをまつひさかたの あまのかはらに秋風そふく
167 ゆふされは秋かせすゝしたなはたの あまのはころもたちやかふらん
七夕
168 あまのかはきりたちわたるひこほしの つまむかへふねはやもこかなん
169 こひ/\てまれにあふよのあまのかは かはせのたつはなかすもあらなむ
170 たなはたのわかれをゝしみあまのかは やすのわたりにたつもなかなん
171 いまはしもわかれもすらしたなはたは あまのかはらにたつそなくなる
秋のはしめ月のあかゝりしよ
172 あまのはらくもなきよゐにひさかたの 月さえわたるかさゝきのはし
173 秋かせによのふけゆけはひさかたの あまのかはらに月かたふきぬ
七月十四日夜勝長寿院のらうに侍りて月のさしいりたりしをよめる
174 なかめやるのきのしのふのつゆのまに いたくなふけそ秋のよの月
あけほのににはのおきをみて
175 あさほらけおきのうへふく秋風に したはをしなみつゆそこほるゝ
秋のゝにおくしらつゆはたまなれやといふことを人/\におほせてつかうまつらせし時よめる
176 さゝかにのたまぬくいとのをゝよはみ かせにみたれてつゆそこほるゝ
秋哥
177 花にをくつゆをしつけみしらすけの まのゝはきはらしほれあひにけり
路頭萩
178 みちのへのおのゝゆふきりたちかへり 見てこそゆかめ秋はきのはな
草花をよめる
179 のへにいてゝそひちにけりなからころも きつゝわけゆく花のしつくに
180 ふちはかまきてぬきかけしぬしやたれ とへとこたへすのへの秋風
とかりしにとかみかはらといふ所にいて侍し時あれたるいほりのまへにらんさけるをみてよめる
181 秋かせになにゝほふらむふちはかまぬしはふりにしやとゝしらすや
故郷萩
182 ふるさとのもとあらのこはきいたつらに 見る人なしみさきかちりなん
にはのはきをよめる
183 秋風はいたくなふきそわかやとの もとあらのこはきちらまくもおし
夕秋風といふことを
184 秋ならてたゝおほかたのかせのをとも ゆふへはことにかなしきものを
ゆふへの心をよめる
185 おほかたにもの思としもなかりけり たゝわかための秋のゆふくれ
186 たそかれにもの思をれはわかやとの おきのはそよき秋かせそふく
187 われのみやわひしとはおもふはなすゝき ほにいつるやとの秋のゆふくれ
にはのはきわつかにのこれるを月さしいてゝのち見るにちりにたるにや花のみえさりしかは
188 はきのはなくれ/\まてもありつるか 月いてゝ見るになきかはかなさ
秋をよめる
189 秋はきのしたはもいまたうつろはぬに けさふくかせはたもとさむしも
あさかほ
190 かせをまつくさのはにをくつゆよりも あたなる物はあさかほの花
のへのかるかやをよめる
191 ゆふされはのちのかるかやうちなひき みたれてのみそつゆもをきける
秋哥
192 あさな/\つゆにおれふす秋はきの はなふみしたきしかそなくなる
193 はきか花うつろひゆけはたかさこの おのへのしかのなかぬひそなき
194 さをしかのをのかすむのゝをみなへし はなにあかすとねをやなくらむ
195 よそに見ておらてはすきしをみなへし なをむつましみつゆにぬるとも
196 秋かせはあやなゝふきそしらつゆの あたなるのへのくすのはのうへに
197 しらつゆのあたにもをくかくすのはに たまれはきえぬかせたゝぬまに
198 きり/\すなくゆふくれの秋かせに われさへあやなものそかなしき
山家晩望といふことを
199 くれかゝるゆふへのそらをなかむれは こたかき山に秋かせそふく
200 秋をへてしのひもかねにものそ思 をのゝやまへのゆふくれのそら
201 こゑたかみはやしにさけふさるよりも われそものおもふ秋のゆふへは
秋のうた
202 たまたれのこすのひまもる秋かせに いもこひしらに身にそしみける
203 あきかせはやゝはたさむくなりにけり ひとりやねなむなかきこのよを
204 かりなきて秋風さむくなりにけり ひとりやねなんよるのころもうすし
205 をさゝはら夜はにつゆふく秋風を やゝさむしとやむしのわふらむ
206 秋ふかみつゆさむき夜のきり/\す たゝいたつらにねをのみそなく
207 にはくさにつゆのかすそふむらさめに よふかきむしのこゑそかなしき
208 あさちはらつゆしけきにはのきり/\す 秋ふかきよの月になくなり
209 あきのよの月のみやこのきり/\す なくはむかしのかけやこひしき
210 あまのはらふりさけ見れは月きよみ 秋のよいたくふけにけるかな
月をよめる
211 われなからおほえすをくかそてのつゆ 月にもの思よころへぬれは
八月十五夜
212 ひさかたの月のひかりしきよけれは 秋のなかはをそらにしるかな
海辺月
213 たまさかに見るものにもかいせのうみの きよきなぎさの秋のよの月
214 いせのうみやなみにかけたる秋のよの ありあけの月にまつかせそふく
215 すまのあまのそてふきかへす秋かせに うらみてふくる秋のよの月
216 しほかまのうらふくかせにあきたけて まかきのしまに月かたふきぬ
月前雁
217 あまのはらふりさけ見れはますかゝみ きよき月よにかりなきわたる
218 むはたまの夜はふけぬらしかりかねの きこゆるそらに月かたふきぬ
219 なきわたるかりのはかせにくもきえて よふかきそらにすめる月かけ
220 こゝのへのくもゐをわけてひさかたの 月のみやこにかりそなくなる
221 あまのとをあけかたのそらになくかりの つはさのつゆにやとる月かけ
海のほとりをすくとてよめる
222 わたのはらやへのしほちにとふかりの つはさのなみにあきかせそふく
223 なかめやる心もたえぬわたのはら やへのしほちの秋のゆふくれ
雁を
224 秋風に山とひこめるはつかりの つはさにわくるみねのしらくも
225 あしひきのやまとひこゆる秋のかり いくへのきりをしのきゝぬらむ
226 かりかねはともまとはせりしからきや まきのそま山きりたゝるらし
夕雁
227 ゆふされはいなはのなひくあきかせに そらとふかりのこゑもかなしや
田家夕雁
228 かりのゐるかとたのいなはうちそよき たそかれ時に秋かせそふく
野辺露
229 ひさかたのあまとふかりのなみたかも おほあらきのゝさゝかうへのつゆ
田家露
230 秋たもるいほにかたしくわかそてに きえあへぬつゆのいくへをきけむ
田家夕
231 かくて猶たえてしあらはいかゝせん 山たもるいほの秋のゆふくれ
田家秋といふ事を
232 からころもいなはのつゆにそてぬれて ものもへともなれるわか身か
233 山たもるいほにしをれはあさな/\ たえすきゝつるさをしかのこゑ
夕鹿
234 なくしかのこゑよりそてにをくかつゆ もの思ころの秋のゆふくれ
しかをよめる
235 つまこふるしかそなくなるをくらやま やまのゆふきりたちにけむかも
236 ゆふされはきりたちくらしをくら山 山のとかけにしかそなくなる
237 くものゐるこすゑはるかにきりこめて たかしのやまにしかそなくなる
238 さよふくるまゝにとやまのこのまより さそふか月をひとりなくしか
239 月をのみあはれと思をさよふけて みやまかくれにしかそなくなる
閑居望月
240 こけのいほにひとりなかめてとしもへぬ ともなき山の秋のよの月
名所秋月
241 月みれはころもてさむしさらしなや をはすてやまのみねの秋かせ
242 山さむみ衣てうすしさらしなや をはすての月に秋ふけしかは
243 さゝなみやひらのやまかせさよふけて 月かけさむしゝかのからさき
秋哥
244 月きよみ秋のよいたくふけにけり さほのかはらにちとりしはなく
月前擣衣
245 あきたけてよふかき月のかけ見れは あれたるやとにころもうつなる
246 さよふけてなかはたけゆく月かけに あかてや人のころもうつらむ
247 よをなかみねさめてきけはなか月の ありあけの月に衣うつなり
擣衣をよめる
248 ひとりぬるねさめにきくそあはれなる ふしみのさとにころもうつこゑ
249 みよしのゝやましたかせのさむきよを たれふるさとにころもうつらむ
秋哥
250 むかし思あきねのさめのとこのうへを ほのかにかよふみねのまつかせ
251 見る人もなくてちりにきしくれのみ ふりにしさとの秋はきのはな
252 秋はきのむかしのつゆにそてぬれて ふるきまかきにしかそなくなる
253 あさまたきをのゝつゆしもさむけれは 秋をつらしとしかそなくなる
254 あきはきのしたはのもみちうつろひぬ なか月のよのかせのさむさに
あめのふれるよにはのきくをみてよめる
255 つゆをゝもみまかきのきくのほしもあへす はるれはくもるよゐのむらさめ
月夜きくの花をゝるとてよめる
256 ぬれておるそての月かけふけにけり まかきのきくのはなのうへのつゆ
あるそうにころもをたまふとて
257 のへ見れはつゆしもさむききり/\す よるのころものうすくやあるらん
なか月のよきり/\すのなくをきゝてよめる
258 きり/\すよはのころものうすきうへに いたくはしものをかすもあらなむ
九月霜降秋早寒といふ心を
259 むしのねもほのかになりぬはなすゝき あきのすゑはにしもやをくらむ
秋のすゑによめる
260 かりなきてふくかせさむみたかまとの のへのあさちはいろつきにけり
261 かりなきてさむきあさけのつゆしもに やのゝかみ山いろつきにけり
名所紅葉
262 はつかりのはかせのさむくなるまゝに さほのやまへはいろつきにけり
263 かりなきてさむきあらしのふくなへに たつたのやまはいろつきにけり
かりのなくをきゝてよめる
264 けさきなくかりかねさむみから衣 たつたのやまはもみちしぬらん
265 神な月またてしくれやふりにけむ みやまにふかきもみちしにけり
さほやまのはゝそのもみちしくれに ぬるといふことを人/\によませし
ついてによめる
266 さほやまのはゝそのもみちちゝのいろに うつろふ秋はしくれふりけり
秋哥
267 このはちる秋のやまへはうかりけり たへてやしかのひとりなくらん
268 もみち葉ゝみちもなきまてちりしきぬ わかやとをとふ人しなけれは
水上落葉
269 なかれゆくこのはのよとむえにしあれは くれてのゝちも秋のひさしき
270 くれてゆく秋のみなとにうかふこのは あまのつりするふねかともみゆ
秋のすゑによめる
271 はかなくてくれぬと思をゝのつから ありあけの月にあきそのこれる
秋をゝしむといふことを
272 なか月のありあけの月のつきすのみ くるあきことにおしきけふかな
273 としことの秋のわかれはあまたあれと けふのくるゝそわひしかりける
九月しんの心を人/\におほせてつかうまつらせしついてによめる
274 はつせ山けふをかきりとなかめつる いりあひのかねに秋そくれぬる
冬
十月一日よめる
275 秋はいぬかせにこのはゝちりはてゝ 山さひしかるふゆはきにけり
まつかせしくれにゝたり
276 ふらぬよもふるよもまかふしくれかな このはのゝちのみねのまつかせ
277 神な月このはふりにし山さとは しくれにまかふまつのかせかな
冬のうた
278 このはちり秋もくれにしかたをかの さひしきもりに冬はきにけり
279 はつしくれふりにし日より神なひの もりのこすゑそいろまさりゆく
280 神な月しくれふるらしをく山は とやまのもみちいまさかりなり
冬のはしめの哥
281 神な月しくれふれはかならやまの ならのはかしはかてにうつろふ
282 したもみちかつはうつろふはゝそはら 神な月してしくれふれりてへ
283 みむろ山もみちゝるらし神な月 たつたのかはににしきをりかく
284 よしのかはもみちはなかるたきのうへの みふねのやまにあらしふくらし
285 ちりつもるこのはくちにしたにみつも こほりにとつる冬はきにけり
286 ゆふつくよさはへにたてるあしたつの なくねかなしき冬はきにけり
野霜といふことを
287 はなすゝきかれたるのへにをくしもの むすほゝれつゝふゆはきにけり
しもをよめる
288 あつまちのみちのふゆくさかれにけり よな/\しもやをきまさるらむ
289 おほさはのいけのみつくさかれにけり なかきよすからしもやをくらむ
月かけしもにゝたりといふことをよめる
290 月かけのしろきを見れはかさゝきの わたせるはしにしもそをきにける
冬哥
291 ゆふつくよさほのかはかせ身にしみて そてよりすくるちとりなくなり
河辺冬月
292 ちとりなくさほのかはらの月きよみ ころもてさむしよやふけにけむ
月前松風
293 あまのはらそらをさむけみむはたまの よわたる月にまつかせそふく
うみのへんのちとりといふことを人/\あまたつかうまつりしついてに
294 よをさむみうらのまつかせふきむせひ むしあけのなみにちとりなくなり
295 ゆふつくよみつしほあひのかたをなみ なみたしほれてなくちとりかな
296 月きよみさよふけゆけはいせしまや いちしのうらにちとりなくなり
名所ちとり
297 衣にてうらのまつかせさえわひて ふきあけの月にちとりなくなり
寒夜千鳥
298 かせさむみよのふけゆけはいもかしま かたみのうらにちとりなくなり
ふかきよのしも
299 むはたまのいもかくろかみうちなひき ふゆふかきよにしもそをきにける
冬哥
300 かたしきのそてこそしもにむすひけれ まつよふけぬるうちのはしひめ
301 かたしきのそてもこほりぬふゆのよの あめふりすさむあか月のそら
302 夜をさむみかはせにうかふみつのあはの きえあへぬほとにこほりしにけり
氷をよめる
303 をとはやま山おろしふきてあふさかの せきのをかはゝこほりわたれり
月前嵐
304 ふけにけりとやまのあらしさえ/\て とをちのさとにすめる月かけ
湖上冬月といふ事を
305 ひらのやま山かせさむみからさきのにほのみつうみに月そこほれる
池上冬月
306 はらのいけのあしまのつらゝしけゝれと たえ/\月のかけはすみけり
冬哥
307 あしのはゝさはへもさやにをくしもの さむきよな/\こほりしにけり
308 なにはかたあしのはしろくをくしもの さえたるよはにたつそなくなる
よふけて月をみてよめる
309 さよふけてくもまの月のかけ見れは そてにしられぬしもそをきける
社頭霜
310 さよふけていなりのみやのすきのはに しろくもしものをきにけるかな
屏風にみわのやまに雪のふれる所
311 ふゆこもりそれとも見えすみわの山 すきのはしろくゆきのふれゝは
社頭雪
312 みくまのゝなきのはしたりふるゆきは 神のかけたるしてにそあるらし
鶴岡別当僧都許に雪のふれりしあしたよみてつかはすうた
313 つるのをかあふきて見れはみねのまつ こすゑはるかに雪そつもれる
314 やはた山こたかきまつにゐるたつの はねしろたへにみゆきふるらし
海辺鶴
315 なにはかたしほひにたてるあしたつの はねしろたへにゆきはふりつゝ
冬哥
316 ふりつもるゆきふむいそのはまちとり なみにしほれてよはになくなり
317 みさこゐるいそへにたてるむろの木の えたもとおゝにゆきそつもれる
318 ゆふされはしほかせさむしなみまより 見ゆるこしまに雪はふりつゝ
319 たちのほるけふりはなをそつれもなき ゆきのあしたのしほかまのうら
雪をよめる
320 なかむれはさひしくもあるかけふりたつ むろのやしまのゆきのしたもえ
冬哥
321 ゆふされはうらかせさむしあまを舟 とませの山にみゆきふるらし
322 まきもくのひはらのあらしさえ/\て ゆつきかたけにゆきふりにけり
323 みやまにはしら雪ふれりしからきの まきのそま人みちたとるらし
324 はらへたゝゆきわけころもぬきをうすみ つもれはさむし山おろしのかせ
325 まきのとをあさあけのくもの衣てに ゆきをふきまく山おろしのかせ
326 やまさとは冬こそことにわひしけれ ゆきふみわけてとふ人もなし
327 わかいほはよしのゝおくのふゆこもり 雪ふりつみてとふ人もなし」56オ
328 おく山のいはねにおふるすかのねの ねもころ/\にふれるしらゆき
329 をのつからさひしくもあるかやまふかみ こけのいほりのゆきのゆふくれ
寺辺夕雪
330 うちつけに物そかなしきはつせ山 おのへのかねのゆきのゆふくれ
331 ふるさとはうらさひしともなきものをよしのゝおくのゆきのゆふくれ
冬哥
332 ゆふされはすゝふくあらし身にしみて よしのゝたけにみゆきふるらし
333 やまたかみあけはなれゆくよこくもの たえまに見ゆるみねのしらゆき
334 見わたせはくもゐはるかに雪しろし ふしのたかねのあけほのゝそら
335 さゝのはゝみやまもそよにあられふり さむきしもよをひとりかもねむ
山辺霰
336 くもふかきみやまのあらしさえ/\て いこまのたけにあられふるらし
雪をよめる
337 はしたかもけふやしらふにかはるらん とかへる山にゆきのふれゝは
冬哥
338 ゆきふりてけふともしらぬおく山に すみやくおきなあはれはかなみ
339 すみかまのけふりもさひしおほはらや ふりにしさとのゆきのゆふくれ
340 わかゝとのいた井のしみつふゆふかみ かけこそみえねこほりすらしも
341 ふゆふかみこほりやいたくとちつらし かけこそ見えね山の井のみつ
342 冬ふかみこほりにとつるやまかはの くむ人なしみとしやくれなむ
343 ものゝふのやそうちかはをゆく水の なかれてはやきとしのくれかな
344 しらゆきのふるのやまなるすきむらの すくるほとなきとしのくれかな
345 かつらきや山をこたかみゆきしろし あはれとそ思としのくれぬる
仏名心をよめる
346 身につもるつみやいかなるつみならん けふゝるゆきとゝもにけなゝむ
歳暮
347 おいらくのかしらのゆきをとゝめをきて はかなのとしやくれてゆくらむ
348 とりもあへすはかなくゝれてゆくとしを しはしとゝめむせきもりもかな
349 ちふさすふまたいとけなきみとりこと ともになきぬるとしのくれかな
350 ちりをたにすゑしとやおもふゆくとしの あとなきにはをはらふまつかせ
351 うはたまのこのよなあけそしは/\も またふるとしのうちそとおもはん
352 はかなくてこよひあけなはゆくとしの おもひいてもなき春にやあはなむ
賀
353 ちゝのはるよろつの秋になからへて 花と月とをきみそ見るへき
354 おとこ山神にそぬさをたむけつる やをよろつよもきみかまに/\
まつによするといふことをよめる
355 やはた山こたかきまつのたねしあらは ちとせのゝちもたえしとそ思
356 くらゐやまこたかくならむまつにのみ やをよろつよと春風そふく
357 ゆくすゑもかきりはしらすゝみよしの まつにいくよのとしかへぬらむ
358 すみよしのおふてふまつのえたしけみ はことにちよのかすそこもれる
359 きみかよは猶しもつきしすみよしの まつはもゝたひおひかはるとも
祝の心を
360 たつのゐるなからのはまのはまかせに よろつよかけてなみそよすなる
361 ひめしまのこまつかうれにゐるたつの ちとせふれともとしおひすけり
大甞会の年の哥
362 くろもきて君かつくれるやとなれは よろつよふともふりすもありなむ
むめの花をかめにさせるを見てよめる
363 たまたれのこかめにさせるむめの花 よろつよふへきかさしなりけり
花のさけるを見て
364 やとにあるさくらのはなはさきにけり ちとせのはるもつねかくし見む
こけによするいはひといふことを
365 いはにむすこけのみとりのふかきいろを いくちよまてとたれかそめけむ
二所詣し侍し時
366 ちはやふるいつのを山のたまつはき やをよろつよもいろはかはらし
月によするいはひ
367 よろつよに見るともあかしなか月の ありあけの月のあらむかきりは
河辺月
368 ちはやふるみたらしかはのそこきよみ のとかに月のかけはすみけり
いはひのうた
369 きみかよもわか世もつきしいしかはや せみのをかはのたえしとおもへは
370 朝にありてわかよはつきしあまのとや いつる月日のてらむかきりは
恋
初恋の心をよめる
371 はるかすみたつたの山のさくらはな おほつかなきをしる人のなさ
寄鹿恋
372 秋のゝのあさきりかくれなくしかの ほのかにのみやきゝわたりなん
恋哥
373 あしひきのやまのをかへにかるかやの つかのまもなしみたれてそ思
374 わここひははつ山あゐのすりころも 人こそしらねみたれてそ思
375 こかくれてものをおもへはうつせみの はにをくつゆのきえやかへらむ
376 かさゝきのはにをくつゆのまろ木はし ふみゝぬさきにきえやわたらむ
377 月かけのそれかあらぬかゝけろふの ほのかに見えてくもかくれにき
378 くもかくれなきてゆくなるはつかりの はつかに見てそ人はこひしき
くさによせてしのふるこひ
379 秋かせになひくすゝきのほにはいてす 心みたれてものを思かな
風によするこひ
380 あたしのゝくすのうらふく秋かせの めにし見えねはしる人もなし
381 秋はきの花のゝすゝきつゆをゝもみ をのれしほれてほにやいてなむ
ある人のもとにつかはし侍し
382 なにはかたみきはのあしのいつまてか ほにいてすしも秋をしのはむ
383 かりのゐるはかせにさはく秋のたの おもひみたれてほにそいてぬる
こひの心をよめる
384 さよふけてかりのつはさにをくつゆの きえてもゝのはおもふかきりを
しのふるこひ
385 しくれふるおほあらきのゝをさゝはら ぬれはひつともいろにいてめや
神な月のころ人のもとに
386 しくれのみふるの神すきふりぬれと いかにせよとかいろのつれなき
こひの哥
387 よをさむみかものはかひにをくしもの たとひけぬともいろにいてめやま
388 あしかものさはくいりえのうきくさの うきてやものを思わたらん
うみのへんのこひ
389 うきなみのをしまのあまのぬれ衣 ぬるとないひそくちはゝつとも
390 いせしまやいちしのあまのすてころも あふことなみにくちやはてなむ
391 あはちしまかよふちとりのしは/\も はねかくまなくこひやわたらむ
こひのうた
392 とよくにのきくのなかはまゆめにたに またみぬ人にこひやわたらむ
393 すまのうらにあまのともせるいさり火の ほのかに人を見るよしもかな
394 あしのやのなたのしほやきわれなれや よるはすからにくゆりわふらむ
ぬまによせてしのふるこひ
395 かくれぬのしたはふあしのみこもりに われそもの思ゆくゑしらねは
水へんのこひ
396 まこもおふるよとのさは水みくさゐて かけし見えねはとふ人もなし
397 みしまえやたまえのまこもみかくれて めにしみえねはかる人もなし
あめによするこひ
398 ほとゝきすなくやさ月のさみたれの はれす物思ころにもあるかな
399 ほとゝきすまつよなからのさみたれに しけきあやめのねにそなきぬる
400 ほとゝきすきなくさ月のうの花の うきことのはのしけきころかな
なつのこひといふことを
401 さ月やまこのしたやみのくらけれは をのれまとひてなくほとゝきす
こひのうた
402 おくやまのたつきもしらぬきみにより わか心からまとふへらなる
403 をく山のこけふみならすさをしかも ふかき心のほとはしらなむ
404 あまのはらかせにうきたるうきくもの ゆくゑさためぬこひもするかな
くもによするこひ
405 しらくものきえはきえなてなにしかも たつたのやまのなみのたつらむ
ころもによするこひ
406 わすらるゝ身はうらふれぬから衣 さてもたちにしなこそおしけれ
こひの心をよめる
407 きみにこひうらふれをれは秋風に なひくあさちのつゆそけぬへき
408 ものおもはぬのへのくさ木のはにたにも 秋のゆふへはつゆそをきける
409 あきのゝの花のちくさにものそ思 つゆよりしけきいろは見えねと
つゆによするこひ
410 わかそてのなみたにもあらぬつゆにたに はきのしたはゝいろにいてにけり
こひのうた
411 山しろのいはたのもりのいはすとも 秋のこすゑはしるくやあるらむ
山家のちのあした
412 きえなましけさたつねすは山しろの 人こぬやとのみちしはのつゆ
くさによせてしのふるこひ
413 なてしこの花におきゐるあさつゆの たまさかにたに心へたつな
なてしこによするこひ
414 わかこひは夏のゝすゝきしけゝれと ほにしあらねはとふ人もなし
あひてあはぬこひ
415 いまさらになにをかしのふはなすゝき ほにいてし秋もたれならなくに
すゝきによするこひ
416 まつ人はこぬものゆへに花すゝき ほにいてゝねたきこひもするかな
たのめたる人のもとに
417 をさゝはらをくつゆさむみ秋されは まつむしのねになかぬよそなき
418 まつよゐのふけゆくたにもあるものを 月さへあやなかたふきにけり
419 まてとしもたのめぬ山も月はいてぬ いひしはかりのゆふくれのそら
月によするこひ
420 かすならぬ身はうきくものよそなから あはれとそ思秋のよの月
421 月かけもさやには見えすかきくらす 心のやみのはれしやらねは
月のまへこひ
422 わかそてにおほえす月そやとりける とふ人あらはいかゝこたへむ」71ウ
秋ころいひなれにし人のものへまかれりしにたよりにつけてふみなとつかはすとて
423 うはのそらに見しおもかけをおもひいてゝ 月になれにし秋そこひしき
424 あふことをくもゐのよそにゆくかりの とをさかれはやこゑもきこえぬ
とをきくにへまかれりし人八月はかりにかへりまいるへきよしを申て九月まて見えさりしかはかの人のもとにつかはし侍しうた
425 こむとしもたのめぬうはのそらにたに 秋かせふけはかりはきにけり
426 いまこむとたのめし人は見えなくに あきかせさむみかりはきにけり
かりによするこひ
427 しのひあまりこひしき時はあまのはら そらとふかりのねになきぬへし
こひのうた
428 あまころもたみのゝしまになくたつの こゑきゝしよりわすれかねつも
429 なにはかたうらよりをちになくたつの よそにきゝつゝこひやわたらむ
430 人しれすおもへはくるしたけくまの まつとはまたしまてはすへなし
431 わかこひはみやまのまつにはふつたの しけきを人のとはすそありける
432 山しけみこのしたかくれゆくみつの をときゝしよりわれやわするゝ
433 神山のやましたみつのわきかへり いはてもの思われそかなしき
434 こけふかきいしまをつたふ山水の をとこそたてねとしはへにけり
435 あつまちのみちのおくなるしらかはの せきあへぬそてをもるなみたかな
436 しのふ山したゆくみつのとしをへて わきこそかへれあふよしをなみ
437 もらしわひぬしのふのおくのやまふかみ こかくれてゆくたにかはの水
438 心をしゝのふのさとにをきたらは あふくまかはゝみまくちかけん
439 としふともをとにはたてしをとはかは したゆくみつのしたのおもひを
440 いその神ふるのたかはしふりぬとも もとつ人にはこひやわたらむ
441 ひろせかはそてつくはかりあさけれと われはふかめて思そめてき
442 あふさかのせきやもいつらやましなの をとはのたきのをとにきゝつゝ
443 いしはしる山したゝきつ山かはの 心くたけてこひやわたらむ
444 やまかはのせゝのいはなみわきかへり をのれひとりや身をくたくらむ
445 うきしつみはてはあはとそなりぬへき せゝのいはなみ身をくたきつゝ
こひ
446 しら山にふりてつもれる雪なれは したこそきゆれうへはつれなし
447 くものゐるよしのゝたけにふるゆきの つもり/\てはるにあひにけり
448 春ふかみゝねのあらしにちる花の さためなきよにこひつゝそふる
月によせてしのふるこひ
449 はるやあらぬ月はみしよのそらなから なれしむかしのかけそこひしき
450 思きやありしむかしの月かけを いまはくもゐのよそに見むとは
まつこひの心をよめる
451 さむしろにひとりむなしくとしもへぬ よるのころものすそあはすして
452 さむしろにいくよの秋をしのひきぬ いまはたおなしうちのはしひめ
453 こぬ人をかならすまつとなけれとも あか月かたになりやしぬらむ
あか月のこひ
454 さむしろにつゆのはかなくおきていなは あか月ことにきえやわたらむ
あか月のこひといふことを
455 あか月のつゆやいかなるつゆならん おきてしゆけはわひしかりけり
456 あか月のしきのはねかきしけゝれと なとあふことのまとをなるらん
人をまつ心をよめる
457 みちのくのまのゝかやはらかりにたに こぬ人をのみまつかくるしさ
458 まてとしもたのめぬ人のくすのはも あたなるかせをうらみやはせぬ
こひの心をよめる
459 秋ふかみすそのゝまくすかれ/\に うらむるかせのおとのみそする
460 あきのゝにをくしらつゆのあさな/\ はなかくてのみきえやかへらむ
461 かせをまついまはたおなしみやきのゝ もとあらのはきのはなのうへのつゆ
きくによするこひ
462 きえかへりあるかなきかにものそ思 うつろふ秋のはなのうへのしも
463 花により人の心ははつしもの をきあへすいろのかはるなりけり
ひさしきこひの心を
464 わかこひはあはてふるのゝをさゝはら いくよまてとかしものをくらむ
古郷こひ
465 くさふかみさしもあれたるやとなるを つゆをかたみにたつねこしかな
466 さとはあれてやとはくちにしあとなれや あさちかつゆにまつむしのなく
467 あれにけりたのめしやとはくさのはら つゆのゝきはにまつむしのなく
468 しのふくさしのひ/\にをくつゆを 人とこそとはねやとはふりにき
469 やとはあれてふるきみやまのまつにのみ とふへきものとかせのふくらむ
としをへてまつこひといふことを人/\ におほせてつかうまつらせしついてに
470 ふるさとのあさちかつゆにむすほゝれ ひとりなくむしの人をうらむる
ものかたりによするこひ
471 わかれにしむかしはつゆかあさちはら あとなきのへに秋かせそふく
冬のこひ
472 あさちはらあとなきのへにをくしもの むすほゝれつゝきえやわたらむ
473 あさちはらあたなるしものむすほゝれ 日かけをまつにきえやわたらん
474 にはのおもにしけりにけらしやへむくら とはていくよの秋かへぬらむ
古郷こひ
475 ふるさとのすきのいたやのひまをあらみ 雪あはてのみとしのへぬらん
すたれによするこひ
476 つのくにのこやのまろやのあしすたれ まとをになりぬゆきあはすして
こひの哥
477 すみよしのまつとせしまにとしもへぬ ちきのかたそきゆきあはすして
478 すみのえのまつことひさになりにけり こむとたのめてとしのへぬれは
479 おもひたえわひにしものをいまさらに のなかのみつのわれをたのむる
480 をしかふすなつのゝくさのつゆよりも しらしなしけき思ありとは
481 きかてたゝあらまし物をゆふつくよ 人たのめなるおきのうはかせ
たなはたによするこひ
482 たなはたにあらぬわか身のなそもかく としにまれなる人をまつらむ
こひのうた
483 わかこひはあまのはらとふあしたつの くもゐにのみやなきわたりなむ
484 ひさかたのあまのかはらにすむたつも 心にもあらぬねをやなくらむ
485 ひさかたのあまとふくものかせをいたみ われはしか思いもにしあはねは
486 わかこひはかこのわたりのつなてなは たゆたふ心やむ時もなし
こかねによするこひ
487 こかねほるみちのくやまにたつたみの いのちもしらぬこひもするかも
488 あふことのなきなをたつのいちにうる かねてもの思わか身なりけり
雪中まつ人といふことを
489 けふも又ひとりなかめてくれにけり たのめぬやとのにはのしらゆき
こひのうた
490 おくやまのいはかきぬにこのはおちて しつめる心人しるらめや
491 おく山のすゑのたつきもいさしらす いもにあはすてとしのへゆけは
492 ふしのねのけふりもそらにたつものを なとかおもひのしたにもゆらむ
493 おもひのみふかきみやまのほとゝきす 人こそしらねゝをのみそなく
494 名にしおはゝその神山のあふひくさ かけてむかしを思いてなむ
495 なつふかきもりのうつせみをのれのみ むなしきこひに身をくたくらむ
496 おほあらきのうきたのもりにひくしめの うちはへてのみこひやわたらむ
497 それをたにおもふことゝてちはやふる 神のやしろにねかぬ日はなし
498 ちはやふるかものかはなみいくそたひ たちかへるらむかきりしらすも
499 なみたこそゆくゑもしらねみわのさき さのゝわたりのあめのゆふくれ
500 しらまゆみいそへの山のまつのはの 時はにものを思ころかな
501 しらなみのいそらかちなるのとせかは のちもあひ見む身をしたへすは
502 わたつうみになかれいてたるしかまかは しかもたへすやこひわたりなむ
503 きみによりわれとはなしにすまのうらに もしをたれつゝとしのへぬらむ
504 おきつなみうちいてのはまのはまひさき しほれてのみやとしのへぬらん
505 かくてのみありそのうみのありつゝも あふよもあらはなにかうら見む
506 みくまのゝうらのはまゆふいはすとも おもふ心のかすをしらなむ
507 わかこひはもゝしまめくるはまちとり ゆくゑもしらぬかたになくなり
508 おきつしまうのすむいしによるなみの まなくもの思われそかなしき
509 たこのうらのあらいそのたまもなみのうへに うきてたゆたふこひもするかな
510 かもめゐるあらいそのすさきしほみちて かくろひゆけはまさるわかこひ
511 むこのうらのいりえのすとりあさな/\ つねに見まくのほしきゝみかも
旅
512 たまほこのみちはとをくもあらなくに たひとしおもへはわひしかりけり
513 くさまくらたひにしあれはかりこもの 思みたれていこそねられね
514 たひころもたもとかたしきこよひもや くさのまくらにわかひとりねむ
羇中夕露
515 つゆしけみならはぬのへのかりころも ころしもかなし秋のゆふくれ
516 のへわけぬそてたにつゆはをくものを たゝこのころの秋のゆふくれ
517 たひ衣うらかなしかるゆふくれの すそのゝつゆに秋かせそふく」86オ
羇中鹿
518 たひころもすそのゝつゆにうらふれて ひもゆふかせにしかそなくなる
519 秋もはやすゑのはらのになくしかの こゑきく時そたひはかなしき
520 ひとりふすくさのまくらのよるのつゆは ともなきしかのなみたなりけり
旅宿月
521 ひとりふすくさのまくらのつゆのうへに しらぬのはらの月をみるかな
522 いはかねのこけのまくらにつゆをきて いくよみやまの月にねぬらむ
旅宿霜
523 そてまくらしもをくとこのこけのうへに あかすはかりのさよの中山
524 しなかとりゐなのゝはらのさゝまくら まくらのしもやゝとる月かけ
旅哥
525 たひねするいせのはまをきつゆなから むすふまくらにやとる月かけ
旅宿時雨
526 たひのそらなれぬはにふのよるのとに わひしきまてにもるしくれかな
屏風のゑに山家にまつかける所にたひ人あまたあるをよめる
527 まれにきてきくたにかなし山かつの こけのいほりのにはのまつかせ
528 まれにきてまれにやとかる人もあらし あはれとおもへにはのまつかせ
ゆきふれる山の中にたひ人したる所
529 かたしきのころもていたくさえわひぬ ゆきふかきよのみねのまつかせ
530 あか月のゆめのまくらにゆきつもり わかねさめとふみねのまつかせ
羇中雪
531 たひころもよはのかたしきさえ/\て のなかのいほに雪ふりにけり
532 あふさかのせきのやまみちこえわひぬ きのふもけふもゆきしつもれは
533 雪ふりてあとはゝかなくたえぬとも こしのやまみちやますかよはむ
二所へまうてたりし下向にはるさめいたくふれりしかはよめる
534 はるさめはいたくなふりそたひ人の みちゆき衣ぬれもこそすれ
535 春さめにうちそほちつゝあしひきの 山ちゆくらむやま人やたれ
雑
海辺立春といふ事をよめる
536 しほかまのうらのまつかせかすむなり やそしまかけてはるやたつらむ
子日
537 いかにしてのなかのまつのふりぬらん むかしの人はひかすやありけむ
残雪
538 はるきては花とか見らむをのつから くちきのそまにふれるしらゆき
鴬
539 ふかくさのたにのうくひす春ことに あはれむかしとねをのみそなく
540 くさふかきかすみのたにゝはくゝもる うくひすのみやむかしこふらし
海辺春月
541 すみよしのまつのこかくれゆく月の おほろにかすむはるのよのそら
屏風にかもへまうてたる所
542 たちよれはころもてすゝしみたらしや かけみるきしのはるのかはなみ
海辺春望
543 なにはかたこきいつるふねのめもはるに かすみにきえてかへるかりかね
関路花
544 名にしおはゝいさたつねみんあふさかの せきちにゝほふ花はありやと
545 たつね見るかひはまとにあふさかの 山ちにゝほふはなにそありける
546 あふさかのあらしのかせにちるはなを しはしとゝむるせきもりそなき
547 あふさかのせきのせきやのいたひさし まはらなれはやはなのもるらん
桜
548 いにしへのくちきのさくら春ことに あはれむかしと思かひなし
549 うつせみのよはゆめなれやさくらはな さきてはちりぬあはれいつまて
屏風に春のゑかきたる所を夏見てよめる
550 みてのみそおとろかれぬるぬはたまの ゆめかと思し春のゝこれる
なてしこ
551 ゆかしくはゆきても見ませゆきしまの いはほにおふるなてしこのはな
552 わかやとのませのはたてにはふうりの なりもならすもふたりねまほし
祓哥
553 わかくにの山としまねの神たちを けふのみそきにたむけつるかな
554 あた人のあたにある身のあたことを けふみな月のはらへすてつといふ
山家思秋
555 ことしけき世をのかれにし山さとに いかにたつねて秋のきつらん
556 ひとりゆくそてよりをくかおくやまの こけのとほそのみちのゆふつゆ
故郷虫
557 たのめこし人たにとはぬふるさとに たれまつむしのよはになくらむ
故郷の心を
558 うつらなくふりにしさとのあさちふにいくよの秋のつゆかをきけむ
ちきりむなしくなれる心をよめる
559 ちきりけむこれやむかしのやとならん あさちかはらにうつらなくなり
あれたるやとの月といふ心を
560 あさちはらぬしなきやとのにはのおもに あはれいくよの月かすみけむ
月をよめる
561 思いてゝむかしをしのふそてのうへに ありしにもあらぬ月そやとれる
故郷月
562 ゆきめくり又もきて見むふるさとの やともる月はわれをわするな
563 おほはらやおほろのし水さとゝをみ 人こそくまね月はすみけり
水辺月
564 わくらはにゆきても見しかさめかゐの ふるきしみつにやとる月かけ
まないたといふものゝうへにかりをあらぬさまにしておきたるを見てよめる
565 あはれなりくもゐのよそにゆくかりも かゝるすかたになりぬとおもへは
こゑうちそふるおきつしらなみといふことを人/\あまたつかうまつりしついてに
566 すみのえのきしのまつふく秋かせを たのめてなみのよるをまちける
月前千鳥
567 たまつしまわかのまつはらゆめにたに また見ぬ月にちとりなくなり
冬初によめる
568 はるといひ夏とすくして秋かせの ふきあけのはまにふゆはきにけり
はまへいてたりしにあまのもしほ火をみて
569 いつもかくさひしきものかあしのやに たきすさひたるあまのもしほ火
570 みつとりのかものうきねのうきなから たまものとこにいくよへぬらん
松問雪
571 たかさこのおのへのまつにふるゆきの ふりていくよのとしかつもれる
572 ゆきつもるわかのまつはらふりにけり いくよへぬらむたまつしまもり
海辺冬月
573 月のすむいそのまつかせさえ/\て しろくそ見ゆる雪のしらはま
屏風になちのみやまかきたる所
574 冬こもりなちのあらしのさむけれは こけのころものうすくやあるらむ
深山にすみやくを見てよめる
575 すみをやく人の心もあはれなり さてもこのよをすくるならひは
あしにわつらふことありていりこもれりし人のもとにゆきふりし日よみてつかはす哥
576 ふるゆきをいかにあはれとなかむらん 心はおもふともあしたゝすして
老人寒をいとふといふ事を
577 としふれはさむきしもよそさえけらし かうへは山の雪ならなくに
雪
578 我のみそかなしとは思なみのよる やまのひたいにゆきのふれゝは
579 としつもるこしのしら山しらすとも かしらのゆきをあはれとは見よ
老人隣歳暮
580 おいぬれはとしのくれゆくたひことに わか身ひとつとおもほゆるかな
581 しらかといひおひぬるけにやことしあれは としのはやくもおもほゆるかな
582 うちわすれはかなくてのみすくしきぬ あはれともおもへ身につもるとし
583 あしひきのやまよりおくにやともかな としのくましきかくれかにせむ
としのはてのうた
584 ゆくとしのゆくへをとへはよのなかの ひとこそひとつまうくへらなれ
雑
585 春秋かはりゆけともわたつうみの なかなるしまのまつそひさしき
みさきといふ所へまかれりしみちにいそへのまつとしふりにけるを見て
よめる
586 いそのまついくひさゝにかなりぬらん いたくこたかきかせのをとかな
ものまうてし侍し時いそのほとりにまつ一本ありしを見てよめる
587 あつさゆみいそへにたてるひとつまつ あなつれ/\けともなしにして
屏風哥
588 としふれはおひそたうれてくちぬへき 身はすみのえのまつならなくに
589 すみのえのきしのひめまつふりにけり いつれのよにかたねはまきけむ
590 とよくにのきくのそまゝつおいにけり しらすいくよのとしかへにけむ
屏風ゑにのゝ中にまつ三本おひたる所をきぬかふれる女一人とほりたる
591 をのつから我をたつぬる人もあらは のなかのまつよ見きとかたるな
かち人のはしわたりたる所
592 かち人のわたれはゆるくかつしかの まゝのつきはしくちやしぬらん
故郷の心を
593 いにしへをしのふとなしにいその神 ふりにしさとにわれはきにけり
594 いその神ふるきみやこは神さひて たゝるにしあれや人もかよはぬ
相州の土屋といふ所にとし九十にあまれるくちほうしありをのつからきたるむかしかたりなとせしついてに身のたちゐにたへすなんなりぬることをなく/\申ていてぬ時にといふことを人/\におほせてつかうまつらせしついてによみ侍哥
595 我いくそみしよのことを思いてつ あくるほとなきよるのねさめに
596 思いてゝよるはすからにねをそなく ありしむかしのよゝのふること
597 中/\においはほれてもわすれなて なとかむかしをいとしのふらむ
598 みちとをしこしはふたへにかゝまれり つゑにすかりてそこゝまてもくる
599 さりともとおもふものから日をへては したい/\によはるかなしさ
雑哥
600 いつくにてよをはつくさむすかはらや ふしみのさともあれぬといふものを
601 なけきわひよをそむくへきかたしらす よしのゝおくもすみうしといへり
602 よにふれはうきことのはのかすことに たえすなみたのつゆそをきける
あし
603 なにはかたうきふしゝけきあしのはに おきたるつゆのあはれよの中
舟
604 世中はつねにもかもなゝきさこく あまのをふねのつなてかなしも
ちとり
605 あさほらけあとなきなみになくちとり あなこと/\しあはれいつまて
つる
606 さはへよりくもゐにかよふあしたつも うきことあれやねのみなくらむ
慈悲の心を
607 ものいはぬよものけたものすらたにも あはれなるかなやおやのこを思
みちのほとりにおさなきわらはのはゝをたつねていたくなくをそのあたりの人にたつねしかはちゝはゝなむ身まかりにしとこたへ侍しをきゝてよめる
608 いとおしや見るになみたもとゝまらす おやもなきこのはゝをたつぬる
無常を
609 かくてのみありてはかなき世中を うしとやいはむあはれとやいはん
610 うつゝともゆめともしらぬ世にしあれは ありとてありとたのむへき身か
わひ人のよにたちめくるを見てよめる
611 とにかくにあれはありけるよにしあれは なしとてもなきよをもふるかも
ひころやまうすともきかさりし人あか月はかなくなりにけるときゝてよめる
612 きゝてしもおとろくへきにあらねとも はかなきゆめのよにこそありけれ
世中つねならすといふことを人も とによみてつかはし侍し
613 よの中にかしこきこともはかなきも 思しとけはやめにそありける
大乗作中道観哥
614 世中はかゝみにうつるかけにあれや あるにもあらすなきにもあらす
思罪業哥
615 ほのをのみ虚空に見てるあひちこく ゆくゑもなしといふもはかなし
懺悔哥
616 たうをくみたうをつくるも人のなけき 懺悔にまさる功徳やはある
得功徳哥
617 大日種子よりいてゝさまや形 さまやきやう又尊形となる
心の心をよめる
618 神といひ仏といふもよの中の 人の心のほかのものかは
建暦元年七月洪水漫天土民愁歎せむことを思て一人奉向本尊聊致祈念云
619 時によりすくれはたみのなけきなり 八大龍王雨やめたまへ
人心不常といふ事をよめる
620 とにかくにあなさためなの世中や よろこふものあれはわふるものあり
黒
621 うはたまやゝみのくらきにあまくもの やへくもかくれかりそなくなる
白
622 かもめゐるおきのしらすにふるゆきの はれゆくそらの月のさやけさ
ある人みやこのかたへのほり侍しにたよりにつけてよみてつかはすうた
623 夜をさむみひとりねさめのとこさえて わかころもてにしもそおきける
624 かゝるおりもありけるものをたまくらの ひまもるかせをなにいとひけむ
625 いはねふみいくへのみねをこえぬとも おもひもいては心へたつな
626 みやこよりふきこんかせのきみならは わするなとたにいはましものを
627 うちたえておもふはかりはいはねとも たよりにつけてたつぬはかりそ
628 宮こへにゆめにもゆかむたよりあらは うつの山かせふきもつたへよ
五月のころ睦奥へまかれりし人のもとにあふきなとあまたつかはし侍し中にほとゝきすかきたるあふきにかきつけ侍しうた
629 たちわかれいなはの山のほとゝきす まつとつけこせかへるくるかに
ちかうめしつかう女はうとをきくにゝまからんといとま申侍しかは
630 山とをみくもゐにかりのこえていなは われのみひとりねにやなきなむ
とをきくにへまかれりし人のもとより見せはやそてのなと申をこせたりしかへりことに
631 われゆへにぬるゝにはあらしから衣 やまちのこけのつゆにそありけむ
しのひていひわたる人ありきはるかなるかたへゆかむといひ侍りしかは
632 ゆひそめてなれしたふさのこむらさき おもはすいまもあさかりきとは
やまのはに日のいるを見てよめる
633 くれなゐのちしほのまふりやまのはに 日のいる時のそらにそありける
二所詣下向にはまへの宿のまへにまへかはといふかはありあめふりてみつまさりにしかはひくれてわたり侍し時よめる
634 はまへなるまへのかはせをゆくみつの はやくもけふのくれにけるかな
相模河といふかはあり月さしいてゝのちふねにのりてわたるとてよめる
635 ゆふつくよさすやかはせのみなれさを なれてもうときなみのおとかな
二所詣下向後朝にさふらひとも見えさりしかは
636 たひをゆきしあとのやともりをの/\に わたくしあれやけさはいまたこぬ
たみのかまとよりけふりのたつをみてよめる
637 みちのくにこゝにやいつくしほかまの うらとはなしにけふりたつみゆ
又のとし二所へまいりたりし時はこねのみうみを見てよみ侍哥
638 たまくしけはこねのみうみけゝれあれや ふたくにかけてなかにたゆたふ
はこねのやまをうちいてゝみれはなみのよるこしまありともの物このうみのなはしるやとたつねしかはいつのうみとなむ申とこたへ侍しをきゝて
639 はこねちをわれこえくれはいつのうみや おきのこしまになみのよるみゆ
あさほらけやへのしほちかすみわたりてそらもひとつに見え侍しかはよめる
640 そらやうみうみやそらともえそわかぬ かすみもなみもたちみちにつゝ
あらいそになみのよるを見てよめる
641 おほうみのいそもとゝろによするなみ われてくたけてさけてちるかも
走湯山に参詣之時哥
642 わたつうみの中にむかひていつるゆの いつのをやまとむへもいひけり
643 いつのくにやまのみなみにいつるゆの はやきは神のしるしなりけり
644 はしるゆの神とはむへそいひけらし はやきしるしのあれはなりけり
神祇哥
645 みつかきのひさしきよゝりゆふたすき かけし心は神そしるらん
646 さとみこかみゆたてさゝのそよ/\に なひきおきふしよしやよの中
647 かみつけのせたのあかきのからやしろ 山とにいかてあとをたれけむ
法眼定忍にあひて侍し時大峯の物かたりなとせしをきゝてのちによめる
648 いくかへりゆきゝのみねのそみかくた すゝかけころもきつゝなれけん
649 すゝかけのこけおりきぬのふるころも おてもこのもにきつゝなれけむ
650 をく山のこけのころもにをくつゆは なみたのあめのしつくなりけり
那智滝のありさまかたりしを
651 みくまのゝなちのを山にひくしめの うちはへてのみおつるたきかな
みわのやしろを
652 いまつくるみわのはうりかすきやしろ すきにしことはとはすともよし
賀茂祭哥
653 あふひくさかつらにかけてちはやふる かものまつりをねるやたかこそ
社頭松風
654 ふりにけるあけのたまかき神さひて やれたるみすにまつかせそふく
社頭月
655 月のすむきたのゝ宮のこまつはら いくよをへてか神さひにけむ
神
656 月さゆるみもすそかはのそこきよみ いつれのよにかすみはしめけむ
657 いにしへの神世のかけそのこりける あまのいはせのあけかたの月
658 やをよろつよもの神たちあつまれり たかまのはらにきゝたかくして
伊勢御遷宮のとしのうた
659 神かせやあさ日の宮のみやうつし かけのとかなるよにこそありけれ
述懐哥
660 きみかよになをなからへて月きよみ 秋のみそらのかけをまたなむ
太上天皇御書下預時哥
661 おほきみの勅をかしこみちゝわくに 心はわくとも人にいはめやも
662 ひんかしのくにゝわかおれはあさ日さす はこやの山のかけとなりにき
663 山はさけうみはあせなむ世なりとも 君にふた心わかあらめやも
建暦三年十二月十八日
かまくらの右大臣家集
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